673.出発進行!
“聖聲屡転”さんが持ってきてくれていたアーマーに着替える。
救世教が抱える戦力、“御手”と呼ばれる潜行者集団に支給されるものだ。
全体的に白い金属製アーマーに、貫頭衣や外套が被せられていて、酸素ボンベみたいな生命維持用装置を背負っている。
キラキラと光沢のある刺繍が施されており、たぶん編み込まれている繊維は、どれもコア由来の一級品だろう。
つまり、外付けの布部分は、使い捨てに近い魔具だ。
鼻の上から頭の前半分を覆うヘッドセットといい、俺は動きやすさ魔力の出しやすさ重視で、幾つか装甲を簡略化させて貰った。シールドとボディースーツ、後は自前の魔力防御さえあれば、戦う上では困らない。
と言うか、幾ら伸縮の融通が利くとは言え、一世一代の大勝負に、ゴワゴワした慣れない服を着ていきたくない。
慣らす時間も無いので、極限の軽装にさせて貰った。
他のみんなは、ある程度は装備の完熟訓練を済ませているらしく、フルアーマーだ。
ただ自前の装備に拘る人もそれなりに居て、三つ揃えスタイルを崩さない吾妻さん、ステルス機能の強い黒衣装束の睦月さん、如月さん、自分が隅々まで熟知している道具を信頼するガネッシュさん、元々良い防具を貰っていたらしいニークト先輩や八守君は格好を変えなかった。
あと、装甲を簡略化って話をするなら、リーゼロッテさんに言及しないわけにはいかない。
彼女の薄着ぶりと言ったら、ヘソ周りの素肌が出るレベルだ。
かと言って装甲が付いている部分は分厚いから、別に防御を捨てているわけでもないみたい。
彼女の魔法の効き的には、肌を出した方がいいらしいのだが、“提婆”のローカルの影響下では、紫外線とか大丈夫かと心配にならないでもない。
シールドとか“聖聲屡転”さんの魔法とかがなんとかしてくれるらしいけど……
「体は大事にしてよにぇー?ガヴリールぅ?」
そのリーゼロッテさんはと言えば、むしろ“聖聲屡転”さんの方を心配しているようだった。
「「我々には覚悟があります。ご心配には及びません」」
「そーは言ってもさあ、“聖別能徒”は今やシンコクな人手不足でぇ、結構キチョーなんだからさあ、ガンガン消費するのはやめなねえ?折角神様から貰った体が、勿体ないよぉ~?」
「「肝に銘じます」」
前から思っていたけど、リーゼロッテさんはまるで、教会の天使のお母さんみたいな感じである。
不思議と言うか微笑ましいと言うか。
でも精神が続いている期間で言えば、“聖聲屡転”さんの方が全然年上だろうに、どういう逆転現象だろうか?それだけ強力な母性をリーゼロッテさんが備えている、のか?ほんとか?全然そんな感じしないぞ?
彼女達もそうだけど、他のメンバーもあまり気負い過ぎてはいないようだ。
と言うか、のほほんとし過ぎてる感じの人も混ざってる。
特にガネッシュさんは、遠足前日の小学生みたいだ。
永級1号に自分の足で踏み入れられると、今からテンション爆上げ状態らしい。
鼻歌を奏でながら荷物を整理していた。
「ススム君!」
修道服みたいな恰好に着替えたミヨちゃんが手を振って走ってくる。
後ろに見えるサーコート付き騎士装束のニークト・トロワ両先輩と共に、ファンタジー的聖女の巡礼みたいで様になっていた。
「いつの間にか、世界最強を倒す希望だね?」
「あはは……。まあ色々と偶然が重なり続けた結果だな」
「そんなことないよ。頑張って、諦めないで、やり続けてきたから、報われてるんだよ」
「本当にそうなんだとしたら、嬉しい話だなあ」
思えばいつの間にか、随分と遠いところに居る。物理的にも、成長度合い的にも。
“提婆”って言う、illの最高峰。
永級1号って言う、ダンジョンの最難関。
なんにも出来なかった、浅級の上層でヒイヒイ言ってた俺は、今やそんなものに挑もうとしている。
ふと、「これが最後なのか?」と、そんな考えが浮かぶ。
ill最強を殺して、全力のぶつかり合いで俺より強い奴は居ないって証明されて、それで?その後はどうするんだろう?
安定した生活が戻ってくるんだろうか。
それともまた、別のトラブルが舞い込んでくるんだろうか。
どちらにせよ、その時カンナはどう思うんだろうか。
波風が立たなくなったら、“提婆”を超えるトラブルが存在し得ないってなってしまったら、彼女はその時、「つまらない」って、そう思うのだろうか。
だとしたら、これが最後になる。
彼女の期待通り、どんな奴よりも強くなって、そうして終わりを迎えるのだ。
“提婆”を倒したら、それまでになってしまうのだ。
倒して、いいのだろうか?
彼女の予想を超えないまま、恩にだけ報いて終わり、そんなのでいいのか?
俺はそれで満足なのか?
その時、俺は後悔しないのだろうか?
迷いを振り払う。
余計な思考を切り落とす。
倒したくないからなんだ?
だったら、手を抜くのか?
それこそ論外だ。
期待すら裏切る愚行だ。
そもそもまだ、“提婆”に勝てると決まったわけじゃない。
あいつは強い。一秒一瞬の間違いが命取りになる。
変に躊躇していると、簡単に死ぬ。
欲張るのは良い。
だけど欲しがり方を間違えるな。
“提婆”を誰もが思ってもなかったくらい、ボッコボコのボコにして、カンナ含めて全員をびっくりさせてやるとか、そのくらいの勢いで行け。
今の自分に、不可能を可能にする力が無い気がする、だから先延ばしにしたい、そんな後ろ向きな想いで、彼女を楽しませることなんてできない。
やるからには徹底しろ。
勝て。
それが前提。話はそれからだ。
「ススムさーん!」
俺が葛藤から抜けようとしていると、サラーサちゃん達4人組が走ってきた。
「ススムさん!アタイ達、はなれなきゃいけなくなって……、ススムさんも、どっか行っちゃうって……」
「うん。ちょっとアブない奴を殴りに行ってくる」
死ぬような体験の中で生き延びてきた彼らのことだ。今この基地を包む異様な熱気を、感じ取っているのだろう。
「わるもの、たおすのか……?」
「かてる……?」
「当然。潜行者ってそういう仕事だしね」
不安げな彼らに、俺の一番の強がりを見せる。
力を入れず、当たり前みたいに、軽い調子で宣言する。
「ま、結果的には特に何事もなく、みたいな感じになるだろうから、心配しないでいいよ」
「う、うん……」
一人ずつ順番に撫でていったら、サラーサちゃんの方から頭を胸に擦り付けてきた。
IUSSMの人がそのあたりを見計らって、彼らを引き取っていった。
ぶんぶんと精一杯に手を振る子ども達に、俺も「また会おう」と意思表示。
「約束しちゃったし、うかうか死んでられないな」
言いながらミヨちゃんに向き直ると、なんか冷たくてジトッとした半目で睨まれていた。
「………」
「………あの……?」
「………スケコマシ………」
「どういう言い掛かり!?」
えっ、なに?今の俺、サラーサちゃんを誑し込むロリコンみたいに見えてた!?
どのへん!?どこらへんがただならぬ雰囲気に見えたんだ!?
「お待たせしました!こちらは準備完了です!」
そこに機銃や満載の弾薬、魔具を載せた車列が到着し、先頭のジープの助手席からジャバリ少尉がご挨拶。
『何人になったのです?』
「私を含めて31名ですね」
「俺達も含めて、デカめの小隊規模ってとこかー?まー上々だな」
「死地に突っ込むのにそれだけの道連れが名乗りを上げるのだから、極まった人間の数としては多過ぎるくらいね。気に入ったわ」
「テメエらはナチュラルな上から目線をやめとけ」
だいたい50人。
車は10台強。
ただチャンピオンが4名に、頼れる先輩方や探偵さん、そして俺が含まれている。
よし、全然勝てるな!
今からパッと永級1号まで行って、“提婆”をぶちのめして、核ミサイルの発射も止める!
それで万事解決だ!
簡単だな!
「「出発します。皆様乗り込んでください」」
「席順決めてる時間も惜しいからな!自由席だ!」
手近な車両にそれぞれ飛び乗り、砂漠地帯へのゲートを開けさせる。
エンジンが吹かされ、4輪が石を砕いて轍を掘る。
待ってろ“環境保全”!
今からお前らを皆殺しに行くぞ!
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検疫線を守るIUSSMの前哨基地。
そのすぐ近く、建物の隅にとまった一羽の鳩。
その眼を通して、彼らの出発は直ちに“提婆”の知るところとなった。
“鳳凰”がピックアップした、特に注意すべきメンバーは、以下の通り。
チャンピオン3位、姿なき父の代弁者、“聖聲屡転”。
チャンピオン4位、“全人未到”、ガネッシュ・チャールハート。
チャンピオン5位、“徴崚抜湖”、吾妻漆。
チャンピオン6位、“全仇冬結”、リーゼロッテ・アレクセヴナ・ロマノーリ。
グランドマスター、“回収屋”、六波羅空也。
ランク9、“楽園追放”、ニークト=悟迅・ルカイオス。
ランク8、“騒思躁愛”、詠訵三四。
ランク8、“克士無双”、ジュリー・ド・トロワ。
ランク8、“金戒諏歴”、乗研竜二。
そして、マイナスランク、“日進月歩”、日魅在進。




