670.本当に勇気があるのは誰か part2
「魔力無しの人間が100mを走るのに、最速で何秒くらい掛かると思う?」
「????」
「……10秒くらい、ですか……?」
「うん、だいたいそのくらい。今の世界記録は9秒と幾つ、とかだね」
ところがかつて、魔力無しの100m走では9秒台は不可能、そう言い切られていた時代もあった。
しかし、最初の「10秒の壁」突破者が出ると——
「8年間で10人くらい、それまで『人間には絶対に無理』だって言われてた9秒台記録保持者が、立て続けに現れた」
靴の進化によるものかもしれないし、新たな攻略法が見つかったからかもしれない。
だけど、こうも考えられる。
「人間は10秒を破れる」、その発想、確信が、走行能力を底上げしたんじゃないかって。
「ある人間が出来ることを証明したら、『あっ俺もできた』、みたいなのが立て続けに現れる。よくある話なんだよね。
なんでもかんでも可能になるわけじゃないけど、『出来ない』って心がブレーキになって、体が能力をセーブすることって、実は割とあるんだ」
「アタイのこれも、『できない』って言われつづけたから、体がやろうとしない、んですか?」
「『それを可能にした例もある』、っていう事実で、症状が好転するかもしれない」
両手をまじまじと見る彼女と、それを横から心配そうに見る3人。
「あんちゃん、でも、それってマジ話なのか?」
「できるできる、って言ったって、ジッカンがないとなー……」
「少なくとも、君達はその実例を一つ、見てるんだよね」
「え?」
「魔力を使う罹患者が、ここに居るんだ、一人」
胸を叩いて見せると、今度という今度は混乱がピークに達したようで、目を回してぶっ倒れるんじゃないかと言うほど、目に見えてワタワタし始めた。
「えっ……えっ!?」
「あ、あんちゃん……!?」
「サラーサちゃんと同じく、魔力が溜められない体質なんだ」
「え、でもじゃあ体がめちゃツヨなのは?」
「魔力を使った身体強化だね」
「見た目がかわってたのは?」
「それも魔力」
「ボカンッ!ってバクハツしてたのは?」
「魔力」
「なんか見えないケンが」
「魔力」
「「「「????????」」」」
どうやら演出は成功して、それなりの衝撃が与えられたみたいだ。
これなら、彼女達の価値観を、派手に破壊することが出来ただろう。
「さっきも言ったように、簡単なことじゃない。でも、可能性はゼロじゃない。俺だけじゃなく、君達より小さい子が魔力を操った例もある」
「な、なんかやり方とかっ!」
ワヘド君が思わずといった様子で口を開き、他のみんなも食いついてくる。
「コツとかないのかよっ!」
「『出来る』って信じることと、魔力を感じること、だけど、なかなか難しいよね」
「マリョク!マリョクだぜサラーサ!」
「わ、分かんないわよそんなこと言ったって……!」
そりゃそうだろう。
そうなると思って、外からの助けを、背中への一押しをちゃんと用意している。
「さっき言った子が、使えるようになった、そのきっかけらしき“おまじない”があるんだけど、やる?」
それを聞いた男子達は、バッとサラーサちゃんの方を見た。
彼女はきっと、「これで駄目だったら本当に終わり」、という恐怖と心内で戦って、
「や、やり、ます……!」
打ち克った。
「アタイ、やってみたい、チョウセン、してみたいです……!」
「うん。サラーサちゃんは、そう言うと思ってたよ」
俺は彼女に、両手を差し出すように言って、その掌の上に自分の手を重ねる。
ただし、触らないように。
「目を瞑って、掌の感触に集中して」
「はい……!」
俺も細心の注意を払い、短時間だけ魔力操作を最高精度に引き上げる。
「ぴ、ぃぃぃいいいいいい……っ!」
それら小さな魔力で彼女に触れて、
「ひょ、おおおぉぉぉぉぉぉ……っ!」
魔学的孔を探し出し、その中にほんの小さな力を通す。
「きゃ……っ」
「さ、サラーサ?」
「しっ、今は集中させてあげて」
全員で口を塞ぐ素直さを微笑ましく思いながら、彼女の中の回路全体を巡らせ、その全貌を感覚的に捉えさせる。
「どう?感じた?」
「今の、アタイの中の……?」
「目を開けてみて」
恐る恐る目蓋を上げたサラーサちゃんは、痒みか擽ったさか、意識上にまで昇った違和感へと目を向けて、
「なに、これ……?」
どうやら、見えたみたいだ。
「この、黄色いの、アタイの……?」
「そう、君の魔力」
よしよし、こんなに早く魔力が見えるようになるのは、嬉しい誤算だ。
彼女に才能があるのか、俺が明確に魔力を意識させるよう調整できていたからかは分からないけれど、重要なのは、今のが手法としてかなり有効だと分かったこと。
そして、彼女も時間と労力を掛ければ、魔力操作に到達できる、その希望が大きくなったことだ。
「そこまで漕ぎつけたんなら、完全に物にするまで1年掛からないかもね。まあそれでも、君達には悠長過ぎる話かもしれないけど……」
「ううん……ううん!」
サラーサちゃんは首をぶんぶんと振って、ニッカリ満面の笑みを見せた。
「ありがとう!ススムさん!アタイ、これでまだがんばれる!たたかえる!」
彼女からは、俺も大事なモチベーションを貰えた。
勇気。
これからも、一歩前に進める俺でありたい。
そう思わせてくれた。
見事に触発された形だ。
彼女達と、それがくれた意志の熱に報いる為にも、俺がやるべきこと、やりたいことと向き合い、終わらせよう。
子どもに負けていられない。
その決意を胸に、来客が待っているらしいテントへと向かう。
俺はこの基地に来たばっかりなのに、どうして訪問できたのかは分からないが、まあ本人に聞けば分かる事だ。
「すいません、お待たせしました」
とにかく今はなんでもバリバリやったるモードなのだ!
と、背中を押された勢いで上機嫌になりながら中に入った俺は、
「ススム君、久しぶり!元気だった?」
優しげに目を細める彼女を見て一歩後退から面舵一杯に回頭して——
「ぐえっ!?」
首根っこを掴まれた。
「あれ~?ススム君?どこ行くのかな~?それとも、私のこと忘れちゃった~?」
「あ、アハハハハハ……、み、ミヨちゃんおひさー……、髪伸びてて編み込みとか増えてるから気付かなかったかも、みたいなー……?い、いえーい、げんきぃー?」
「もーススム君?その冗談全っっっ然面白くないよ?それと、ススム君が無事でいるか、心配でたまらなかったのは私の方なんだからね?ウフフフフ……」
「そ、ソウダヨネー……ウン………」
ごめんなさいデカい口叩きました。
逃げたい。
今すぐここから。




