670.本当に勇気があるのは誰か part1
「こんにちは、みんな元気ー?」
「おっ、あんちゃん!」
「バカッ!失礼でしょ!」
「あはは、良いって。子どもがそんなに畏まらないでよ」
翻訳機片手に例の4人の様子を見に行ったら、ちゃんとした病室で保護されていた。
アシャア君の腕も専用の治癒能力持ちに治して貰えたし、“不可踏域”滞在による肉体への影響も、検査で特に見つからなかったみたいだ。
これにて一安心、といったところだろう。
「あ、あの!ススムさん!ありがとうございました!」
「あれ、名前……」
「ヘイタイさんから聞いたんです」
「なるほど」
男子3人が俺への接し方に戸惑う一方、サラーサちゃんは行儀良くテキパキと応対している。この年齢にしては、ちょっとしっかりし過ぎなくらいだ。
最初に話した時から思ってたけど、どうやら彼女がグループのトップみたいだ。
代表で俺と交渉したり、総意を述べたりするし、他の子への接し方からは、姉御肌が見て取れる。
単純な話をすればこの中で一番「弱い」筈の彼女が、リーダー役をやれている事実から、力の強さによる上下関係ではなく、絆のような関係性と信頼があることが分かる。
「あの時の話、アタイたちをナットクさせるために、わざとコワい人のフリをしたんですか?」
「うーん、そこまで立派な人間じゃないのは確かだし、『怖い人』なのは間違ってないんじゃないかな?」
「そんなことないです!ススムさん、あんなにすっごく強いのに、アタイたちのこと守って、心配してくれるくらい、やさしくて……」
「あー!サラーサがテレてんぜ!」
「ひょっとするとひょっとするか!」
「へへへっ、見たことないカオしてらー」
男子3人に拳骨が落ちた。
文句を言おうと彼女に顔を向けた彼らは、口を噤んで視線を逸らしてしまう。
分かる、分かるぞー諸君。殺気が溢れるニッコリ笑顔ほど怖いものはないもんなー?
「仲良し4人組だね」
「『アタイと3人の子分』です!アタイがこのバカどものメンドー見てやってるんですよ!ふふん!」
「よくゆーぜ!オレたちがいないとシんじまうクセに!」
「やーいマリョクオモラシ!」
「うっさいわねワヘド!あんたなんかつい1ヶ月前にオネショしてたじゃない!」
「その話はやめろよー!」
「少しはハンセイしろよ!あれゴマカすのタイヘンだったんだからな!」
彼らは今までも、こうやって身を寄せ合って、生きてきたのだろう。
彼女は自らの非力に負けず、同年代を引っ張って、精神的支柱で有り続けたのだろう。
強い子達だ。
ここまで強くならなくちゃいけなかったというのも、一つの悲劇と言えてしまうけれど、あまり勝手に憐れみたくはない。
ただ、尊敬する。
俺が彼女のように、この地で罹患者になっていたとして、こうはなれないような気がする。
割と恵まれた環境でも、それなりの期間ウジウジしていた俺だ。
彼らのように、友達と支え合える関係には、自分の力だけではなれなかった。
心が折れず、笑顔を見せられる彼らは、俺には眩しいくらいだった。
「サラーサちゃん」
やっぱり、この話はした方がいいだろう。
彼女には、それを決断できるくらいには、生きて戦おうという意思がある。
「ちょっと、これから君に、失礼なことを聞くかもしれないけど、いいかな?」
「な、なんですか……?コワいですけど、アタイ、ススムさんなら良いですよ!気になる男の子とかいません!」
「うん……?ごめん、俺が聞きたいのはそういう話じゃなくて……」
「ハハッ、フラれてやんの!」
「もう一発くらいたい?」
急転直下でドスが効いた声と共に、ギロリと睨まれたイスナーン君は、口笛を吹きながらソロソロと離れていった。
なんなら俺もちょっとビビッてしまった。
こっちに向き直った時にはキラキラした表情に戻った彼女の、その変わり身の早さが、更に恐怖を加速させた。
反射的に敬語とか使いそうだった。危ない危ない。
「お、おほん……サラーサちゃんは、漏魔症……あー、魔力を溜められないんだよね?」
彼女の顔が、少しだけ曇る。
「おい、にいちゃん、サラーサはバケモンになんか——」
「アシャア、みんなも、まって、大丈夫だから」
すぐに庇おうとした彼らを、サラーサちゃんは引き留める。
うん、やっぱり、彼らは凄い。
実力差がハッキリしてる相手にも、友達の為なら臆することなく立ち塞がる。
「ケンサの人から、聞いたんですか?それとも、その、わかる、んですか……?」
「魔力に敏感な事情があるんだ」
彼女の体質については、初対面の時から気付いていた。
そんな彼女が、この地で逞しく生きて、最後まで抗おうとする、その凄まじさも。
「もし……、可能性の話で、簡単じゃあないけど、もし君が、その魔力を操れるようになるって言われたら、どうする?」
「え……?」
流石に今度は大きく表情が乱れ、友人達の方を振り向いた。
他の3人も、ポカンとしながら互いの反応を見て、今の言葉が全員に聞こえた、幻聴などでない本物だったことを確かめる。
「あ、あんちゃん、さすがにそれは、ジョーダンならオコるぜ?」
「勿論、こんなこと冗談じゃ言わない。大マジの大真面目で聞いてるんだ」
彼らの目の中に、不安そうな色が浮かぶ。
それは、俺を胡散臭がっているって言うより、期待することを恐れているみたいだった。
希望を見せられてから、壊されたり、騙されたりで、突き落とされる。それに反射的に備えてしまう、防衛反応。
「で、でも、このビョーキは、そんなの、ムリだって……」
「不可能だって思い込みを、人類全体が作ったから、出来なくなってた……と言うか、出来なくさせられてたんだよ」
「オモイコミって……それだけで……」
魔学と精神とは深く結びついている、っていう前提を、彼らはたぶん教えられていない。精々が「気合を出せば魔法が強くなるから、ビビるな」、程度のことしか言われてないのだろう。
ここらへんについての教育が行き届いてない相手に、どう言えば分かりやすいだろうか。




