666.学ぼうとする意思 part1
「だいたい、“嚆矢叫炎”による完全変身形態は100秒間の持続によって脳の負荷が振り切れて破綻しますから99.9秒で止めてくださいと、そう口を酸っぱくして申し上げた筈ですぞ!」
「あの、違うんですよ……、まだ100秒は経ってなくて、ただ……」
「ただ?」
「この前思い付いた“あれ”を使ってみたんですけど……」
「“辺獄侵害現界”を!?成功したのですか!?」
よし、食いついた!
メモ帳を取り出して傾聴姿勢だ。
好奇心で釣ってしまえばこっちのもんだぜ。
「どどどどうでした!?どんな感覚でしたか!?どうやって……いや、理論よりも今は忘れないうちに、何が見えました!?聞こえました!?感じましたか!?味や匂いは!?」
「……あの、ガネッシュさん、一応時間も限られるんで、手短に行きますよ?」
彼が用意した隠匿用テント型魔具はとても便利だけど、流石にずっと騙し続けることは出来ないということだし、この地のボスがこっちに近づいてきてるなら尚更だ。
戦うなり逃げるなり、準備の時間を設けないと。
「いいえ!この貴重な体験を記録しなければ魔学史人類史の損失ですぞ!世界に二つとない、もしかしたら二度とないかもしれないチャンス!何としてでも今!ここで!鮮明なうちに!証言して頂きます!時間が限られた、1秒後の命も知れないこの場所だからこそ!戦闘準備より優先されるべきですぞ!この場の対処計画は最悪5分もあれば策定可能なのですから!」
「暴の論!」
しまった。
こっちもこっちで長くなりそうだし止まらなそうだ。
と思った時には既に遅く、あの時に何が起こったのかを全部説明することになった。それでも急ぎ足で30分くらいに纏めたのは、俺の類稀なる話術の為せる業である。褒めてくれていいよ。
(((では減点しておきます)))
(「褒めろ」っつってんの!)
「ということは、維持できるのは10秒といったところ、というわけですな?」
「その時間以内に相手を殺さないと、俺が勝手に死んじゃいますね、あの感じ」
ちょっと流石に、相手の魔学回路の形も計算に入れた上で、俺が思う通りにエネルギーを設計するというのは、俺一人の体を作り変えるのと比べると格別の厳しさだった。
回路からの出力頼りな相手なら、ほぼ確実に勝てる一方で、魔力運用が上手い相手だと、あの状態でも粘ってくるだろう。
10秒以内に確実に仕留められる、という確証が無いと、使えないなあ……。
「それは……術を結んだ時点で、それほど負担が大きく危険な状態だと、分かりそうなものですが……」
「それはそうなんですけど、でもあそこで敵ダンジョンに付き合ってたら、また自害されて、戦力をあんまり減らせなくなっちゃいますし……」
「それで捨て身の一発勝負に出た、と?試験運用どころか、即時の実戦配備に踏み切ったと?」
「うっ……」
やばい。
折角彼の聴取にも付き合って意識を逸らしてたのに、結局説教モードに戻ってきそうになっている。
「ま、まあ!あの時ガネッシュさんがちょうど来てくれてるのは、魔力で感じてましたから。後から追い掛けて治療してくれるのまで含めて、俺の計算通りって言うか?」
「私は間に合っておりませんぞ!」
ゑ?
「で、でもほら、俺は現にこうやって無事なわけで……」
「正体不明の何者かに助けられた結果ですぞ!私が到着した時、モンスターが全滅しており、フード付きローブを目深に被った人物が残っておりました。恐らくその方によってあなたは命を繋いだのですぞ」
「えっ、誰?マジで誰?」
「全く分かりませんな。魔力どころか、途中から姿も気配も一切消してしまったのですからな」
通りすがりの怪人Xだ。
何考えてんのか分からなさ過ぎる。
コワー………
「そういうことなので、あなたは一度生体活動を停止したも同然!」
「いや……、『同然』って……」
「いいえ!一度どころかこれまで何度!日常の中でギリギリを攻めたことか!」
「が、ガネッシュさんだって、何か新事実が知れるなら、無茶するでしょ……?」
「当初の目的や一定の成果を得たなら退散する引き際があるのですぞ!私はそれを心得ております!学者ですからなあ!あなたの場合、チキンレースで空に飛び出し虹を渡るようなことを、本気で画策しています!そして無理にそれを実現させる成功体験ばかりなのが、より危険を極まらせる!」
お、俺としては、毎回毎回「こうでもしないと叶わない」って思ってのことだし、やれたことも最低限ばかりだし、まだまだ全然無理を通せてない、足りないって思ってるんですけど……?
今振り返ると、「成功体験」って胸を張って言えるもの、ほとんど無い気がする。
まあ、俺が欲しい「成果」のハードルが、最近になってブチ上がってしまった、ってことでもある。
いや、ハードルは最初から、その大きさだった。
自分が伸びてきたことで、その果てしなさにようやく気付けた、というのが正しいか。
「その身はもはや、魔学界の宝石であり、寵児!それをあなたはいつも軽率にですなあ!」
「あー!待って待って!それ言ってる時間こそ無いです!無いですよね?ほら、一度“検疫線”まで後退してから話しましょう?そういうの」
色々やらなきゃいけないことがあるのに、この分だと本当に1時間が潰れそうだったから、流石に止めた。
何倍増しになってもいいので、そこから先は後回しにして頂きたい。
生きて全部を聞く為にも。
「まったく……、決死の探究に着いてこれる理想の助手を夢想してはおりましたが、私より無謀な相棒とは予想外ですな」
なんとか納得してくれた、というか呑み込んでくれたらしいガネッシュさんは、小言を垂れながらもバックパックの中身を整理する。
「護りながらの離脱」に適した配置に、最適化しているんだろう。
「惜しいことです。これで本人とその体が稀覯品でさえなければ、共に肩を組み合って海であれ空であれ分け入るものを……!」
あっ、俺が単なる能力ある潜行者だったら、これまでのことが全部許されていたらしい。術技を新発見、新開発できる世界でも限られたサンプルだからこそ、勝手に死にそうになるとキレる、ということだろう。
ガネッシュさんらしい沸点だ。
「別に、漏魔症罹患者でも魔力が使えるって人、これから一杯出てくると思いますよ?丹本でも能力開発が正式にスタートしたんですよね?」
「あなたほどの域に達する方など、そうはおりますまい。一つ言っておきますが、あなた以外が魔力操作に目覚め、“可惜夜”に師事したとして、あなたと同じような事には決してなりませんぞ」
「そりゃあ、人によって魔力とか能力の在り方は……」
「そうではなく!」
ドン!と缶詰が目の前に置かれる。
カロリーを補給しておけってことだろう。
「あなたほど強く勇敢な開拓者になど、他の誰にもなれない、という意味ですぞ!」
「そう、ですかね?あいつは俺以外でも、なんだかんだ強化方法を見つけて、良いように改造しちゃいそうですけど」
俺と他の罹患者の差なんて、彼女と出逢った幸運があったかどうか、くらいだと思う。
だから俺は他より強くなれて、ちょっと欲しがり過ぎた選択をする権利を得られた。
まあその上で、漏魔症全ての立場をなんとかしたいとか、そういうことを思うかどうかって話になると、今みたいなことにならないかもしれない。
だけど結局、illと戦えるくらいになって、睨み合いに持ち込むところまでなら、俺じゃなくても行くように思う。
何しろ、カンナは俺達より遥かに長生きっぽいし、一度失敗しても次がある。
時間は未来の方向に、ほぼ無限にあるのだから、試行回数も相応に増える。
百発百中は無理でも、俺みたいにツイてる人にいつか当たって、その時に今と似たような状況が作られていただろう。
人間には歴史がある。
有史以前からの挑戦と試行錯誤がある。
その中で俺だけが、運以外で突出してるなんてことは、無いだろう。
俺じゃなくても、“可惜夜”対illの構図は生まれ、カンナに導かれて、宿主は対抗策を見出す。
そこまで掛かる時間は変わるかもしれない。
でも、最後にはここに集束する。
そんな気がするのだ。
「それはあなたにとって、あなた自身が最も普通の感性をしているから、というだけですぞ。学者ならば己の異端ぶりも客観視するべきですな」
「いや俺学者じゃないんで」
「おっと、そうでした。念願の『“不可踏域”日和』を実現してくださったあなたを、すっかり頭が優秀な助手と認識しておりましたぞ!」
「ガネッシュさんの中の俺って『“不可踏域”探検を快適にしてくれる人』なんですね……」
評価されてんのか利用されてんのか。
いや、評価しているからこそ利用している、ということか。




