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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十五章:カチコミの時間じゃい!

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665.近付くことで、手に入らないって気付く

「今さ、結構楽しいんだよな」


 そう言うと彼女は、はらりと花びら落ちるようにわらった。


「あれ、ススムくんもすっかり、戦闘にうつつを抜かす、死線しせんぐるいですか?」

「そういうことじゃなくてさあ……」


 まあ、俺の脳を解剖する以上に、詳しく中身を見通してる奴だ。

 わざと曲解してるんだろう。


「戦いがどうのじゃなくて、ほら、分かるだろ?」

「なんでしょう?」


 人差し指を顎の横に当て、そらとぼけて見せる彼女。

 分かってる。


 こいつのことだから、俺が羞恥に身悶えしながら、自分の口で言うところを見たいだけだ。


「お前と、その、ふ、」

「ふ?」

「ふたりきりの、毎日って、言うのもさ。ずっと、無かったじゃん」

「あれ、言われてみれば、そうですね」


 ああああああ………!!

 こいつ…!

 その言い方だと、俺だけすっごく意識してるみたいじゃん!

 

 まあ実態としてはそうなんだろうけどさあ!


「とにかく!みんなとは暫く会えてないけど、今の生活も懐かしいって言うか、安心するって言うか、だからそんなに不自由とも不幸とも思ってないから!それだけ!」


「それは良かったですねえ?」


「言い方が子ども扱いなんだよなあ……!」


 その余裕が、

 何をやっても響かない優しさが、

 俺を時折ときおりたまらなく不安にさせる。


 こいつを楽しませる。

 それが今の、俺の生きる意味、みたいなところがある。

 

 だけど、一番の娯楽って言うのは、予想外な出来事だ。

 それも、期待を裏切らず、けれど超えるくらいの何か。


 俺はこいつを、それこそ「ぎゃふん」と言わせるくらい、びっくりさせなければいけない。それも、こいつの期待の延長線上で。


 だけどそいつと話す時、俺は包み込まれるような安心と共に、自分の無力を痛感させられる。


 俺はこいつの掌の上で、胸に抱かれて腕の中。

 その外側には、一歩も出れていない。


 反抗して期待を裏切るのも違う。そして俺が考える反逆程度じゃ、こいつの予想を上回れない。


 こいつは俺の発想で、倒せる相手じゃない。


 倒す。


 そう、それだ。

 それが一番近いのだろう。


 


 俺はこいつに、勝たないといけない。

 いいや、勝ちたいんだ。




 こいつには、ダンジョンだとか魔学だとか、それが持つ深淵と同等のふところがある。

 個人で太刀打ちできる相手じゃない。


 俺が魔力で何をしようが、たとえ魔法を使おうが、驚かない。

 有り得る可能性でしかない。

 それは暇潰しになるだろう。だけど生涯には残らない。

 

 ファストフードみたいな、求めたものがそのまま得られるだけの楽しみ。

 終われば忘れているのに、何が出てくるかは毎回分かる。

 だって、予想そのままだから。


 美味しいものを注文したら、美味しいものが食べられる。

 それだって、立派なことだ。価値あることだ。


 だけど最近の俺は、ちょっと欲張りになっていた。

 彼女に恩を返せればそれでいい、そう思ってた過去の俺は、心の中で淘汰とうたされていた。


 彼女の中に残りたい。


 彼女の唯一に、特別になりたい。


 美味しいものを食べようとした彼女が、思わず箸を取り落とすような、そんな最高の一皿を、そのテーブルに乗せてみたい。


 彼女の為じゃない。

 恩人がどうのとかじゃない。


 俺の望み。

 俺の欲。


 俺という思い出を、彼女の中で永遠にしたい。


 そんなのまるで——


 ああもう!

 その安直さで、余計に詰んでるんだろうが!


 こう思ってるのも、彼女の知る所なんだ。

 バレバレだ。全部見抜かれてる。


 陳腐でちっぽけで、ありふれた欲。

 これも彼女の予想通り。

 もしかしたら、誘導した通り、なのかもしれない。


 俺が熱心にやるよう、彼女は俺の精神を掌握した。

 彼女にとって便利なように、俺の人格を調整した。


 その時に植え付けられた感情をモチベーションとして、どれだけ必死に燃やしたところで、彼女の絵図から逸脱いつだつできない!

 俺がそうなるように動かしたのは、彼女なんだから。


 全然駄目だ。

 彼女に勝ちたい、彼女に刻みたい、そう思うほど逆説的に、俺は普通でつまらなくなる。彼女の予想のど真ん中に固定される。


 刺激が無い。

 

 驚きが無い。

 

 魅力が無い。


 ただ淡々と、働きかけに見合った結果を出力するだけの存在。


 テンプレートで無難に固めた、どこかで見知った英雄譚。


 俺が彼女を見る時、その聲を聞く時、その冷たさを感じる時、その柔らかさに溺れる時みたいな、鋭く刺さり体軸たいじくを貫き、脳を焼き尽くすほどの衝撃。


 熱狂なのか官能なのか感動なのか。

 どれが適切なのかは分からないけれど、とにかくそういった極端な何か。


 それに遠く及ばない。

 そういったものを、与えられない。

 

 だから想いも、一方通行になる。

 俺はきっと、彼女の中の本当を、全然見れていない。

 何も分かれていない。

 

 彼女がを出すほど、無防備にできていないから。

 俺の見せる驚きが、娯楽が、足りていないから。


 彼女とってすぐの頃は、気がつかなかった。

 もっと脳天気に、彼女の優しさを受け止めていられた。


 あの日々と同じように、彼女と二人の時間が多くなって、世界と俺達とが離れたような錯覚があって、


 なのに、俺と彼女との間が、こんなにも遠く感じる。

 俺が何も分かっていなかった、見えていなかったんだって、それを今頃理解する。


 この距離は、細かく見れば、増減を繰り返しているのだろう。

 だけど全体で見れば、ほぼ変わらない。


 西に沈みかけた太陽へと歩いても、大して距離を縮められていないのと同じ。


 彼女には、届かない。

 

 俺が行く先々に彼女が居て、懸命に手を伸ばしても彼女の視野の内。


 魔力だけで魔法を超える。


 人類最強より強くなる。


 ill(イリーガル)と戦える。


 複数同時でも勝利できる。


 ダンジョンを生み出されても対抗できる。


 どんなに強い奴を相手にしても、最後に立っている自信がある。

 



 だから、なんだ。




 俺が目指していたこと、誇っていたこと、その全てが、酷くつまらないものだって、最近やっと分かってきた。


 森羅万象を等しく無に帰す、この世のものではない何か。

 最強だとか最高だとか、そういった言葉を受ける次元に無い、

 絶対的にへだたった存在。


 そこから外れるって、

 その期待を超えるって、

 どういうことなんだろうか。


 底も果ても見えない彼女を、風船みたいに破裂させる。

 そんな衝撃が、実現し得るのだろうか。


 でも、もし彼女が、

 世界で最も例外的で外法がいほう的な何者かが、ルールの外であるが故に、それを倒す道筋も無いのだとしたら。


 彼女を出し抜くことが、彼女に勝利することが、構造的に不可能なのだとしたら。

 それが出来るように、世界が出来ていないのだとしたら。

 

「どうしましたか?ススムくん」


 彼女の手。

 俺より大きいようで、なんだか小さくなったとも感じる、彼女の右手。


「ススムくんにしては、大胆ですね?」

 

 それを衝動的に、両手で握り締めてしまった。

 その痛みを、力を、彼女に記憶して貰おうなんて、そう思ってしまったんだろうか。


 だけど彼女にとって、緩くなったゴム以上に、取るに足らない縛りだろう。

 握力も、体温も、離した瞬間に、いや、今この時も、彼女の中から抜けているのだろう。


 橙の夕陽が、僅かに潰れる。

 俺の焦りを、必死さを、肯定するような微笑。


 それで俺がやる気を出すって、もっと彼女の期待に応えようとするって、それを全部分かった上で、彼女はそんな顔をする。


 そして俺の内側は、その通りにき乱される。


 考えるほど、決意するほど、足掻くほど、受け流そうとするほど、何か手を打つほどに、俺は彼女の思い通りに、思惑の中心にちていく。


 それに伴って分泌される多幸感。

 それが俺を、余計に追い詰めるようだった。


 俺は、


 俺はここからけ出て、


 これに打ちって、


 彼女にとって本当の予想外に、




 最高のエンタメに——




「ふう、なんとか意識が戻りましたなあ!」


 天幕越しにも瞳を射す、強い日差し。


 それに潰れた視界が、段々とブレを収めていく。


 だがその前に、声の主が誰かは分かった。

 最近の顔馴染みだからだ。


「助かりました。ガネッシュさん。ちょっと計算が狂っちゃって」

「学者ですから、最善を尽くしますぞ!」


 「ただし!」、

 起き上がろうとした俺の顔の前、太い指がビシリと止まる。


「この場所が敵に露見するまで、1、2時間。その間にお説教ですな!」


 「その体が如何いかに貴重なのか、理解が足りていないようですので!」、


 しまった。

 今回は少し長くなりそうだ。

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