663.逃げられると思うな
「天頂に輝く無比たるキャメル様…!ヤツです…!」
津波の如くうねる流砂、その下を走る何かに乗って、砂の爆発から距離を離していく。
背中からは幾つも煙突めいたものが生え、魔力すら紛れさせる霧を排出。
その途中、魔素を通して通信する魔具で、自らの主に呼び掛ける。
「ガラス男が南方に降りてきています…!恐らく私の単独行動を察知して——」
ぴ、ぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいぃぃぃぃぃ………!!
霧と砂塵が二つに割られる!
彼の後ろに直線路が敷かれる!
「追跡されている…!?」
地中から飛び出す水晶怪人!
頭を低く鋭くして、前面投影面積を小さくし、空気抵抗を最小化!
爆風を撃ちながら猛追してくる!
「流石は校正者…!拘束が10秒も持たないとは想定外でした」
だが、両者の間はそれ以上縮まらない!
「幾ら素早いとは言っても所詮は人間。走破性の悪いあの方のホームで、私のCに並ぶのは困難」
一歩踏み切ろうとするたび足下が崩れていくこの地面では、まともな走りなど望めない。
一方、砂に守られた紳士の眷属、自らの下にのみ線路を作り出す蒸気機関車は、大地そのものに援護されていることもあって、決して走行を阻害されない。
「そして、霧を晴らす為に前へと攻撃し続ける以上、その反作用を受けて減速せざるを得ない。更に我が窟法、『衣食足りて礼節を知る』により、優雅な態度、形式が崩れるほど、引き出す魔力に制限が課せられる」
指でメスを挟み、数本同時に投擲。
ほんの手慰み、舞の一部のように見せた、軽く流れる動作。
銀色に輝く刃に凝集したエネルギーが、水晶怪人の不可視のブレードと打ち合い、割られる。
そのワンテンポが、更なる遅れとなってしまう!
「あなたの弱点は分かっています!その状態を保てる時間が限られていること!刻限まであなたが私に届かなければ、私の勝利です!」
時間切れまで追いかけ続け、敵の前で無防備状態を晒すほど、その怪人は愚かではない。
ならばここで引き返し、コソコソ隠れるだけだろう。
ここで一度、仕切り直すことができる!
そう考えていた紳士の前で、怪人は両掌を合わせて指と腕を真っ直ぐ伸ばし、プールに飛び込むように伸びやかな前方ダイブ!
「なんと?血迷いましたか。焦れて自棄になったようで」
暑さで脳が固ゆで卵と化したのだろう。
そうほくそ笑む彼の目前で、掌の間に回転鋸のような鋭利な車輪が生成される!
「!?」
それだけではない!怪人の全体が変形していく!
両足の間にも車輪が作られ、肘と膝が曲げられて胴に付き、それらを固めるような骨組みが構築され、太めのパイプがそこを通りながら後尾に伸ばされ並べられる!
バイクだ!
水晶怪人が水晶バイクになった!
「なんですとッ!???」
更にバイクの前にそこら中の砂や礫から建材を確保された珪素質の道が作られていく!
数年放置されてそれなりにデコボコな車道程度に足場が整備された!
改造車にありがちな増量マフラーめいたジェットノズルから推進剤が一斉噴射!
まるでスペースシャトルの離陸!
金属加工場のような重摩擦で火花を散らしながら加速追走!
更に後部から排出された魔力の一部はそのままぐるりと前方に回り、霧と空気抵抗を晴らし攻撃を押し遣る爆風として機能する!
減速せずに前方を開きながらの疾駆!
「はっ、速過ぎる…!」
機関車の倍を超えるスピード!
ここに来て彼は漸く、自らがイリーガル狩りゲームの的にされていることに気が付いた!
シュッゴシュッゴシュッゴシュッゴ
ピストンを前後させ回転を速めても、機関車とバイクの“かけっこ”の勝敗は覆し難い!
両者並走!
直後、マシンガンでも撃たれたかのように側面から無数の連打を喰らう機関車!
それを覆う流砂も纏めて、外装にボコボコと通気口が開けられていく!
「轢き殺せ!カプリコーン!」
命じられた通りに体当たりを試みる質量!
砂に呑み込まれるだけでもズタズタに切り裂かれると言うのに、そこに念を押して一撃飛散クラスの攻撃を叩き込むと言うのだ!
だがバイクはスプリングが仕込まれているように直上ジャンプ!
紳士を守る砂の膜を爆破しながら車体を横倒し、ブーメラン回転!
咄嗟に幾つもの刃物を翳して身を守るも、高速回転する鋸車輪を魔力ジェットの反動で押し当てられる!
押し負ける!
機関車から強制途中下車!
目的地以外で降りるのもまた旅情、などと思いを馳せる暇もない!
「“日進月歩”!あなたは間違っています…ッ!」
車輪で切り裂きながら機関車の中を通過して飛び出たバイクに、地面に打ち付けられバウンドして転がりながら恨み言を垂れ流す紳士!
「我々、特別な存在として世界に掬い取られた、『喪われてはならない者達』!それに、単なる一介の人間風情が、逆らっていい筈が、逆らえていい筈がありません!
一人のあなたと、多数の命の喪失たる我々、量が釣り合わない!
それらが伍するなど、世の摂理と正義に反する!」
機関車が内部から爆発!
傷口から敵内部に魔力を侵入させ炸裂させる攻撃方法だが、魔力のエネルギー効率と一度に流し込める魔力量が大き過ぎて、瞬時に爆弾を仕掛けているのとほぼ同じなのだ!
「あなたの存在そのものが間違いです!神々しきキャメル様の御姿を直に見れば、正しさと聖性がどこに宿っているかは明白!そのことを何故理解できないのですか!」
背中にある6本の煙突を肩に担ぐように前に向け、そこから高熱蒸気噴出!
不用意に触れれば一瞬で肉が弾け、汚れの落とされた真っ白な骨格にされる出力!
ひょ、ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉ………!!
それを腕の一振りで斬り払う、怪人態に戻った水晶の化け物!
高圧魔力噴射とその爆風による斬撃だが、威力が強過ぎて紳士のコートにまで真一文字の切り口が奔っている!
内側にある金属製機関や骨肉が、深々と断ち切られかけている!
「ウウ……!よくもこの私のオーダーメイドに……!」
創を治すが、スーツは補修できない。
ローカルの利きが悪くなるが、それ以上にお気に入りの勝負服を台無しにされたことへの怒りが大きい。
紳士の誇りへの挑戦とは、殺人よりも重い侮辱!
「あなたに私のコアは破壊させません……。ですが、このような愚弄を受けて、命を惜しむ私ではない…!」
コートの裾を払うような仕草で風を起こし、濃霧を一帯に渦巻かせる。
「儀礼に従い自害します。あなたに最大限を思い知らせた上で、幕を閉じるのも悪くない……いいえ!」
彼の背後で煙突が幾つも生えていき、その表面に這うパイプと共に、六芒星魔法陣を構築していく!
「私があなたを殺すという証明方法でも、構わないでしょう!あなたのそれが増上であったと、真実には勝てないのだと、それを今から思い知らせて差し上げます!」
霧を纏った部分が変化していき、蒸気の肉体を持つ巨人へと変わっていく!
腕や脚代わりの鉄のパーツが、おおよその人間の輪郭を描くも、関節部は白煙によって繋がれている!
隙間だらけの浮遊身体!
〈私は“仲人”…!「衣食足りて礼節を知る」…!〉
自らが引き出せる全力を使う為、真の姿を現し、決まった形の巨大な穴を開ける!
〈辺獄現界〉
そこに刻まれた物語を、この世に現出させるのだ!




