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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
実は大変なことをやっていた幕間

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閑話.最大の試練

 前に立った時に感じたプレッシャーによって、その建物は実際より遥かに巨大に見えた。


 真珠のように大粒の汗が、一滴背筋を貫いていく。


 暑いのか、寒いのか、それすらも分からない。

 ただ、自分が震えていることには、気付く事ができた。

 

 カラカラになった喉を、絞り出した生唾なまつばで生き返らせて、

 握ったまま固められた拳を、なんとか開こうと苦心する。


 や、ヤバい……!指がミリも動かない……!

 深級ダンジョンに初めて入った時だって、もうちょっとマシなコンディションだったぞ……!


 俺は隣に居る相棒へ、すがりつくように撤退を嘆願する。


「み、みよちゃ……!ミヨちゃん……!流石にマズい…!やっぱり、何かダメな気がする……!」

「ええー?ススム君、私とこれからも仲良くしてくれるって、約束できないの……?」

「全然約束するよ!永久の誓いだよ!」

「じゃあ問題無いよね!」

「いいや全然!?論点変じゃない!?と言うか何で俺ここに来てんの!?」

「いいからいいから」

「ま……ま…って……っ!まだ頭が現実から遅れてるって言うか、何なら離れようとしてるって言うか……!」


 抗議の声を上げる間にも、彼女は大輪だいりんの笑顔を維持したまま、俺の背中を門扉の向こうに押し込んだ。


 あれよあれよという間にくぐらされた門の隣には、「詠訵」という表札が出されていた。




 大前提として、その日は俺にとって、審判の日と言ってよかった。


 3月4日。ミヨちゃんの誕生日。

 悩みに悩み抜いたプレゼントを、「ありがとう!」と喜んで受け取って貰えるか、「は?センスな」と軽蔑されるか、という岐路なのだ。




 ミヨちゃんはそんなこと言わない!!!!!

(((うわ。自分の妄想に自分で沸騰しないでください。減点します)))




 まあ要するに、前日からグロッキーになるほど、緊張の極致にあったのだ。


 だから早めにパッと渡してワッと流れるように祝福しサッと去るつもりでいつもの教室に来たのだが、


「あ、ススム君のプレゼントは、ある場所で受け取りたいから、ちょっと渡すの待ってくれない?」


 とか言われて、先制的に事前作戦を封じられてしまった。

 俺の完璧な計画が、埒外の一撃で全てパアである。


 こちとらこの時点で完全なパニック状態であり、一体どんな恨みを買ってしまったのかと、人知れず——と言いつつ周囲からはバレバレなくらい露骨に——悩み苦しんでいたのだが、


 放課後、アホ面ぶら下げて言われるがままついてった先が、彼女の自宅だったと判明した瞬間、その場で回れ右をして全力離脱!


「こーら、そっちじゃないよー?」


 だがその前の段階で左腕をガッチリとホールドされている!

 逃げられない!


 その身に迫った特大の危機を、これほどに近付くまで全く察知できなかったとは。

 自らのマヌケぶりに、項垂うなだれるしかなかった。


 


「まあまあゆっくりしていってくださいな。ほら今お茶を出しますから」

「あ、あの、そんな長居は——」

「そうそう門限があるんでしたよね。それを聞いてたので、晩御飯の時間も早めたんですよ。食べていかれるでしょう?」

「そ、そこまで甘えさせて頂くわけには——」

「もうちょっと待ってくださいね。すぐ出来ます……あなた?どんな感じ?……はいおっけー。すぐ出来るそうですから」


 何も「おっけー」じゃないね?

 話聞いて?


 と、言葉の物量で俺に反撃を許さない、青みがかった黒い長髪の女性は、言うまでもなくミヨちゃんのお母さんである。


 一方で、今キッチンに立って黙々(もくもく)とマルチタスクをこなしている、周囲の家具のスケール感をバグらせてくる男の人は、ミヨちゃんのお父さんだ。


 いや……こう言うと失礼かもしれないけど……デカいな……、詠訵家の父……。

 こういう状況でなければ、もっと観察していたい筋肉だ……。

 

 これで特にディーパーとかではないらしい。

 ウソだろ……?


 ま、まあ、「見せきん」とかいう言葉もあるし、実用的なものじゃなくて、趣味が筋トレとかなんだろう、うん。


 ………いややっぱり怖い!

 食卓で対面に座ることになったけど、眼鏡のレンズを向けながら「厳格な父」然として黙っているので、今すぐ謝り倒したくなる!

 

「君は……」

「はっ!ハいっ!」


 声がでんぐり返った!

 

「………」

「………あのお……?」

「もーお、お父さん!ススム君が困ってるでしょ!」

「すいませんねえ。この人、緊張しいな上に人見知りですぐ固まっちゃうんですけど悪い人ではないので気長に付き合って頂けると」


 いや、女性陣の皆さん。

 俺が困ってるのは、全てに対してです。

 この家に入ってからの全てが、俺の処理能力に攻撃を仕掛けてきてるんです。

 

 全霊探知状態じゃないのにニューロンが焼き切られそうになっている。

 もう勘弁してください……。


 肩が触れ合うくらい近くにミヨちゃんが座ってるってだけで、折角の料理の味が分からなくなりそうだってのに………あ、この卵焼き甘くて美味しい。“く~ちゃん”の好物だって言ってたけど、マジだったのかな?

 

 と、もう食事へ現実逃避していたら、玄関が猟奇殺人鬼が来訪したみたいな勢いでガチャついて、女の人が転がり込んできた。


「ただいまぁ~……!私のミヨについた、悪い虫が来てるって、ほ゛ん゛と゛う゛か゛あ゛~……!」


 黒髪を嵐の大海のように荒れ狂わせたその人は、幽鬼ゆうきの如く顔を伏せた状態から、首を縦軸のみで回し、縦に並んだ二つの光の焦点を、ミヨちゃんの隣の俺に合わせるや否や、「みつけたあ…!」と地獄めいた低音をとどろかせた。




 俺は夏でもないのに、怪談の当事者の気持ちを味わったのだった。




「騒がせて、すまないね……」

「あ、いえいえ……」


 オイオイと男らしい泣き方をする詠訵家長女を、ミヨちゃんとお母さんとでなだめている最中。


 一時的に二人となった俺とお父さんは、逆に話しやすくなっていた。


「ミヨが、世話になっているようだね……」

「どちらかと言えば、俺が頼りっぱなし、みたいなところがあります……」

「血筋かな。我が家の女性陣はどうも、気が強い」


 うん、でしょうね。

 とは流石に言えず、曖昧に頷いておくにとどめた。


「あの子がディーパーとなった時も、僕ばかり焦っていてね……。他の二人は、しっかりあの子の不安を受け止めていて、つくづく敵わないなと、そう思ってしまったよ」


「……皆さん、強いですね。その、愛情深いお父さんも含めて」「お義父さんと呼ぶな」「たぶん無い漢字幻視(げんし)してますよ詠訵さん」


 ベタなやり取りをしてしまった。


「おほん……あの子は始め、戦闘員志望ではなかったということは、聞いているかい?」

「そうなんですか?」


 あれだけの実力者だから、幼少期からずっと戦闘能力を鍛え上げて……って流れかと勝手に思っていた。


「僕はその転向にも反対だった。これについては他の皆も、難色を示していたよ。いつ命を落とすか分からない上に、いざとなったら人と戦い、殺し合うことにもなる。そんな業を、我が子が背負うなんて、許せる親が居るだろうか?」


 そう言えば、ミヨちゃんは一度ご家族の反対にって、校内大会の試合に出れなくなった時があったらしい。

 

 詠訵家は別に名士でも元武家でもないのだから、潜行者という役回りに付いてくるリスクを、恐れるのも当たり前だろう。


 いや、どんな家の出身であれ、それを完璧に割り切れてる人間なんて、ほとんどいないに違いない。


「ご心配は……分かるなんて言えませんけど、でも反対なさるのも当然だと思います」

「………君は、丁寧な子だねえ」


 「きっと先生方からの評判も、良いに違いない」、

 とか言われたけど、そ、そうかな……?

 体質のせいで、ずっと問題児に近い扱いをされてきた記憶しかないけど………


「心配は、そう、当然だ。ただ、その時、ミヨから言われたんだよ」




——じゃあ、私が安全なら、誰かにとって心配な人が危険でも良い、ってこと?

——見知らぬ誰かの命が危なくても、私達家族に見えなければ良い、ってこと?


——そんなの、みんなが自分のことしか考えない世の中じゃん!

——そんなことになったら、誰が危ないことから、私達を守ってくれるの?




——私達だって、誰かにとっての「見知らぬ誰か」なんだよ?




「子に教えられる、というヤツだね。『戦場から離れさえすれば安全』という前提は、誰かにとって大切な人達が、その命を張って作り上げている。


 『誰かにとって大切』であることが、戦ってはいけない理由になるなら、『安全』な社会なんて作れない。


 そんなことを、我が子に気付かされてしまった」


 ああ、なんともミヨちゃんらしい言葉だ。

 聞いていて、そんな感慨を抱いてしまった。


「勿論、『それでも我が子だけは』、そう言い張る権利は、誰にでもある。徴兵制の国じゃあ、ないからね。ただ、『戦士として現実と対峙したい』と、あの子がそう望むことを、頭ごなしに止める理屈は無いと、そう思い知らされた」

 

 彼の瞳は、眼鏡越しに光が屈折しているせいか、ひたひたに涙ぐんでいるように見えた。


「校内大会の時、君の戦いぶりを、見せてもらったよ」

「えっ」


 俺を!?

な、なんでそこでミヨちゃんじゃなく俺!?


「あの子が支えたい友達というのが、どういった人間なのか、見ておきたかったからね」


 ミヨちゃん、そんなこと言ってたの!?

 光栄で嬉しいような、身に余り過ぎて肩にずっしり来るような………


「君と一緒に戦えるのが、あの子の誇りなんだろうな」


 誇り、かあ。

 俺も、スタートは負けず嫌いだったけど、途中の燃料はミヨちゃんへの憧れだった。


 彼女と一緒に戦えてる。

 1年前の俺には、想像もつかないくらい、充実した生き方だ。


 彼女と並び立つ時、俺の心を熱くしてくれるものも、誇りなんだろう。


 一番の親友として、相棒として、これからもずっと、一緒に戦えたらいいなって、望み過ぎかもしれないけど、そう思った。


「はあいケーキタイムにしますからお皿片付けてくださあい」

「あっ、手伝います」

「いいのいいのお客さんは座ってて」

「いえ、遠慮とかじゃなくて」

「お~~~~ん?ど~~~した~~~~~?座れよ~~~~~~?」

「ちょっと、すぐ横から来るプレッシャーから逃げたいと言いますか………」


 


 その後、バースデーソングを歌って、主役が蠟燭を吹き消すっていう、恒例の一連があった。




 俺がここに居ていいのか、それがちょっと不安だったが、みんな楽しそうだし、良かったということにしておく。


 誕生日って言葉とか、バースデーソングとかを聞くと、ちょっと前までの俺は、みんなが居なくなった日のことを思い出していた。

 でも最近、楽しかったことばかり、浮かぶようになってきた。


 あの、全てが無くなってしまった瞬間じゃなくて、家族みんなではしゃいでた一時ひととき

 そういう良い思い出が、真っ先に出てくるようになった。


 きっと、今が楽しいからだろう。

 あれが、自分の人生を壊すほどの悲劇じゃ、なくなったからだろう。


 みんなの事を忘れたくない。

 だから、出来るだけ、幸せだった時の顔を、いつまでも覚えていたいって、


 そんなことを思った。













 え?誕生日プレゼント?

 親指以外が一つになってるモコモコ手袋にしたけど?

 “く~ちゃん”が配信で欲しいって言ってたし、手堅てがたくね?


(((必要な季節がもう終わるのに?)))


 ………………


 あっ

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