2061/8/31 17:00~2061/8/31 18:00 part2
「つくづく、損なヤツじゃなあ、オヌシ」
“靏玉”は、孫でも見るように目を細めた。
「気分を押し出す前に、考え過ぎるような、不器用な精神構造をしておる」
「そういうお前は失礼なやつだな」
「褒めておるのじゃぞ?」
「だとしたらお前の言葉選びが『不器用』だよ」
「言いよるわ」
じいちゃんに少し食べさせた後、俺もナポリタンを一口。
うん、我ながら良い仕事をした。
「生命は、『命』という形態、運動を残す為、時間の先に根を伸ばしている」
俺の対面に座った彼女が、いきなり視座を高くした。
「それが模索する手段の一つ、“人間”は、『生命を残す』ことではなく、『自分という個体を残す』、という方向に偏重していった。名を上げ、立派な墓を作り、絵画や書物を残す。全て、『自分』を残す為じゃ。自分が永遠に生きたいからじゃ」
けれども、彼らは肝心なことを、忘れかけていると語る。
「言葉に残しても、言語が異なれば読めん。姿を残しても、適切に保存されなければ、失われる。墓にも管理が必要で、名声は語る者無しには続かぬ。分かるか?」
「自分が永遠に生きる為には、未来永劫続く、他者が必要、ってこと?」
「そうじゃ。情報を残しても、それを守り、閲覧する側が無ければ、死せるのと同じ。『社会の、種の存続より、自己の存続』と言うが、どれだけの偉業を達したところで、それを受け継ぐ人間が居なければ、其れは消えて無為になる」
他者無くして、自分無し。
普通無くして、特別無し。
大衆無くして、偉人無し。
人は自己を保存する時、どうあっても他者を必要とする。
絶対である為には、孤独を拒絶しなければならない。
社会的動物という枠から、一歩も出れていないのだ。
「名を上げると言って、しかし他者などどうでも良いとも言う。その矛盾に、気付かぬ者が増えた。自分を生かすにせよ、幸福にするにせよ、他者は必ず必要で、無視も一方的な搾取も出来ぬ。それを分からぬ者が増え過ぎた」
特に、有名になって人の心に残るのが、簡単になった現代に、人とは社会だということを、忘れる人間が急増していく。
「じゃから妾は、オヌシを厭うておった。
『配信者』。
背後にある無数の献身から養分を吸い上げ、多くの人間の記憶に容易に残る。自分一人で自分に、偉人に、特別になれると思い上がった愚民の社会、その尖兵。
インターネットは海のように変わらずそこにあり、人類は星のように無限に尽きず、快適性は空気のように無償であって当然と、そう言ってのける亡国、断種の徒」
人は、一人では生き続けられない。その事実を、真っ先に頭から捨てさせようとする、最も薄っぺらい英雄擬き達。
「じゃが、そうでない者もおる、ということじゃな」
「………お前は、」
“靏玉”とは、
或いは“奔獏”とは、
「何を、残したかったんだ?」
どんな物語だったんだ?
「もう、少しは理解しておるのじゃろう?」
彼女は一つ、種を明かす。
「ダンジョンとは、外なる世界で、忘れられた物語じゃ」
どこかの地平で、存在できなくなって、零れ落ちてしまった記憶。
「妾達は、敗北し、虚無へと還るが定めじゃった」
だけどそれに抗い、どこをどう巡ってか、この世界にへばりついている。
「妾はの、死にとうなかった。消えとうなかった。忘れられとうなかった。
妾を拾い、救ってくれた彼の方の国を、愛しい人が何より愛した国を、紡いでいくという約束は果たせなんだ。それどころか、妾を拾ったという『間違い』によって、国が滅びたとそう語られ、彼の方の真心が侮蔑の的にされておった。
死んでも死にきれん。彼の方や妾がやったことが間違いであっても、そこには民や、国を想う心が確かにあったと、それだけは、せめてそれだけは、どんな形であれ、残したかったのじゃ」
彼女の国は、怨嗟で滅んだと言う。
真摯に語り合い、互いに自制心を持って支え合えば、平和を続けられた。
だけど、憎悪の箍を外す方が、気持ちが良かった。
それを諫める声は、隣人が言おうが王が言おうが、民心への敵対になった。
彼らは、怒りたかった。
自分の中の罪悪感にすら止められず、力いっぱい沸騰したかった。
だから、自らの子の摂政として、国を持たせていた女帝を、悪女ということにした。
「というのがまあ、妾側から見た言い分じゃ。あの時、妾の首を掲げた側にも、何かしら言いたいことがあるのじゃろう」
だけどその二つは、もう擦り合わせられることは、永遠にない。
“靏玉”が、とうとうダンジョンとしても、消えてしまうからだ。
「“奔獏”は、残るんだろ……?」
「此奴には、妾無しでは生きられんと言われてしまってのう」
残った力の全てを、“靏玉”復活に注ぎ込んで、もう二度と目覚めるつもりもないらしい。どの道キャプチャラーズに殺されるなら、共に逝きたい、そう願われたらしかった。
「じゃあ、二人とも」
「ここで終わり、じゃ。2000年……!長いようで、短かったのう……!」
彼女は窓の外を見る。
オレンジ色に染まっていく夕陽に照らされ、その瞳は蕩け出し、今にも目尻から滴りそうに見えた。
「この国は、良い国じゃな。短絡的に壊す以外の方法で、変えていこう、良くしていこうと、そう思える人間達が、今日もどこかで戦っている。まだ、考えられる者達が、それなりの割合で残っておる」
彼女が思い浮かべているのは、自分から全てを奪った、義憤という名の熱狂だろうか。
「戦争の勝利者は、“環境保全”じゃ。そして奴らの次なる目標は、他でもないオヌシじゃろう。また、わけあって、クリスティアはオヌシの排除を、未だ重要目標と考えておる。オヌシはこれから、それらと戦わねばならん」
団結したillと、クリスティアか。
強敵は、強敵なんだろうが、
「そういうのと戦うってのは、承知の上だからな」
まあ、いつかはそういう事になるって、分かってたことだ。
カンナの求める域に上り詰める、それまでの険しさは、ずっと前に聞かされてた。
「illを余裕でぶちのめせるようになるって、約束したからな。大国がおまけでくっついてくるのは、ちょっと予想外だけど」
「ふはっ、クリスティアを、『おまけ』扱いとな?」
カラカラと笑って、“靏玉”は左を、
カンナが座っている方を向いた。
「良い男を選んだのう?オヌシ」
(((当然です。私の目利きですから)))
あれっ!?会話成立してる!?
「なんとなく、そこに居るような気がしてのう。女の勘じゃ」
ええー……?
どういう原理?
「勘ついでにもう一つ。妾とオヌシが初めて見えた一件の事じゃがのう?あの時の行動から、“可惜夜”の真意が垣間見えるのじゃが——」
と、急にエアコンの設定が10℃は下がったような体感に襲われる。
「えっ、え゛っ!?なにっ!?」
まあ言うまでもなく、明らかにカンナのせいだ。
ニコニコしながら棘だらけの空気を流すという、ミヨちゃんもよくやるアレを、珍しくカンナがやっていた。
(((口は禍の元、ですよ?余計な情報開示は、興を冷まします。残り短い寿命を早めに切り上げて差し上げましょうか?)))
「おお、こわやこわや」
いややっぱり会話できてるよね?それも勘なの?って言うか、カンナのことここまで怒らせられるって、ほんと只者じゃねえなコイツ?しかもこの空気の中で笑ってるし。
俺が色々と戦慄していると、“靏玉”は何かに気付いたように外を見遣り、
「来たの」
終幕の到来を知らせる。
「“環境保全”?」
「然り。じゃが今は、直接の手出しはできぬじゃろう。となると実行犯は、クリスティアが雇った裏稼業の連中じゃのう」
どうやら本当に、クリスティアは俺に死んで欲しいらしい。
もう漏魔症がどうこう、という話ではないとすると、“右眼”が怖いのだろうと思う。
「まあ、その辺りも、言い分があるんじゃよ。どこぞの小娘に睨まれそうじゃから、妾の口からは詳しく語れんがのう」
「じゃが、答えがある場所は、言っておいてやろう」、
彼女は太陽と反対側を、東の先を指差した。
「クリスティアの中枢。妾達“転移住民”が知る限りの全てを、そこに残してある」
向こうのお偉いさんに聞け、ってことか?
とは言っても、そんな機密をどうやって開示させればいいのか。
「妾達がクリスティアに付いていた時、奴らはその恩恵を受け、絶対に近い権勢を誇っておった。そんな奴らが、妾達が居なくなり、“環境保全”が丹本との同盟を結んだ時、仔犬のように大人しくなりおった。じゃが、“提婆”の奴が気紛れじゃったから、そのパワーバランスは、簡単に崩れた」
「分かるかのう?」、
スッゴい単純に言えば、だけど、
「俺が“環境保全”に勝って、抑止力レベルで手出し出来ない存在になればいい」
俺が“最強”になればいいんだ。
俺は向こうの最強戦力、“確孤止爾”に勝った。
その上、他国を頭から押さえられるほどの戦力だと、奴らが本気で信じている、illより強いと証明されたら。
「俺が殴り込みに行かないこと」が、交渉カードになる。
少なくとも、丹本政府を通せば、対等以上の駆け引きができる。
今までみたいに、ポンポン暗殺者を送られる状態も、打ち切れる。
「もう一つ。これも予想がついていると思うが、」
そして“靏玉”は、間にあった面倒なステップを更にカットし、話をスムーズにする。
「“提婆”は、永級1号じゃ」
俺が乗り込むべき先が、それでハッキリした。
「あのビキニ痴女が、強さで“環境保全”のトップに立ってるなら、あの組織の壊し方も、簡単だな」
「左様。頭をぶっ叩いてやれば済む」
どうやら、やるべきことが見えてきたみたいだ。
それが出来ないことじゃないって、十分に実現可能だって、普通にそう思ってしまった自分に、ちょっと驚いた。
「日魅在進。オヌシのその生き方は、世にも悍ましく、何よりも尊い」
“靏玉”はポケットから何かを出して、俺に握らせた。
「……!これ……!」
「どうせなら、やり通して見せよ。最後の最後まで」
俺はそれを握り、頷く。
彼女はそれを見て、満足そうに目を閉じる。
「……じゃあ、じいちゃん」
名残惜しく思いながらも、俺は席を立った。
彼には、安らかに眠っていて貰いたい。
荒っぽいのは、彼の最期に、似合わない。
「さようなら」
いつの間にか、小さく萎んだその背中を摩る。
いや、俺が大きくなったんだろう。
じいちゃんはきっと、最初からこれくらいちっぽけで、なのに俺を支えてくれた。
「ありがとう」
玄関に向かい、意識して強く一歩目を踏み出す。
「ススム」
だがその一歩で、いきなり躓いてしまった。
もう話せないと覚悟を決めた声に、呼び止められたから。
「体に、気をつけるのじゃぞ」
振り向いても、彼はこちらを見ていなかった。
ただ目の前の宙に、視線を彷徨わせていた。
“靏玉”がびっくりして目をまん丸に開けていて、それがちょっと可笑しかった。
俺はなんとか笑顔を作って、
「いってきます」
そう言うことが出来た。




