表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十四章:リアルタイムで世界を変えろ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

937/976

2061/8/31 17:00~2061/8/31 18:00 part2

「つくづく、損なヤツじゃなあ、オヌシ」




 “靏玉エンプレス”は、孫でも見るように目を細めた。


「気分を押し出す前に、考え過ぎるような、不器用な精神構造をしておる」

「そういうお前は失礼なやつだな」

「褒めておるのじゃぞ?」

「だとしたらお前の言葉選びが『不器用』だよ」

「言いよるわ」

 

 じいちゃんに少し食べさせた後、俺もナポリタンを一口。

 うん、我ながら良い仕事をした。


「生命は、『命』という形態、運動を残す為、時間の先に根を伸ばしている」


 俺の対面に座った彼女が、いきなり視座を高くした。


「それが模索する手段の一つ、“人間”は、『生命を残す』ことではなく、『自分という個体を残す』、という方向に偏重へんちょうしていった。名を上げ、立派な墓を作り、絵画や書物を残す。全て、『自分』を残す為じゃ。自分が永遠に生きたいからじゃ」


 けれども、彼らは肝心なことを、忘れかけていると語る。


「言葉に残しても、言語が異なれば読めん。姿を残しても、適切に保存されなければ、失われる。墓にも管理が必要で、名声は語る者無しには続かぬ。分かるか?」


「自分が永遠に生きる為には、未来永劫続く、他者が必要、ってこと?」


「そうじゃ。情報を残しても、それを守り、閲覧する側が無ければ、死せるのと同じ。『社会の、種の存続より、自己の存続』と言うが、どれだけの偉業を達したところで、それを受け継ぐ人間が居なければ、れは消えて無為になる」


 他者無くして、自分無し。

 普通無くして、特別無し。

 大衆無くして、偉人無し。


 人は自己を保存する時、どうあっても他者を必要とする。

 絶対である為には、孤独を拒絶しなければならない。

 社会的動物という枠から、一歩も出れていないのだ。


「名を上げると言って、しかし他者などどうでも良いとも言う。その矛盾に、気付かぬ者が増えた。自分を生かすにせよ、幸福にするにせよ、他者は必ず必要で、無視も一方的な搾取も出来ぬ。それを分からぬ者が増え過ぎた」


 特に、有名になって人の心に残るのが、簡単になった現代に、人とは社会だということを、忘れる人間が急増していく。


「じゃから妾は、オヌシをいとうておった。


 『配信者』。

 背後にある無数の献身から養分を吸い上げ、多くの人間の記憶に容易に残る。自分一人で自分に、偉人に、特別になれると思い上がった愚民の社会、その尖兵。


 インターネットは海のように変わらずそこにあり、人類は星のように無限に尽きず、快適性は空気のように無償であって当然と、そう言ってのける亡国、断種だんしゅの徒」


 人は、一人では生き続けられない。その事実を、真っ先に頭から捨てさせようとする、最も薄っぺらい英雄(もど)き達。


「じゃが、そうでない者もおる、ということじゃな」


「………お前は、」


 “靏玉エンプレス”とは、

 或いは“奔獏ジェスター”とは、


「何を、残したかったんだ?」

 

 どんな物語だったんだ?


「もう、少しは理解しておるのじゃろう?」


 彼女は一つ、種を明かす。




「ダンジョンとは、外なる世界で、忘れられた物語じゃ」




 どこかの地平で、存在できなくなって、こぼれ落ちてしまった記憶。


「妾達は、敗北し、虚無へと還るがさだめじゃった」


 だけどそれに抗い、どこをどう巡ってか、この世界にへばりついている。


「妾はの、死にとうなかった。消えとうなかった。忘れられとうなかった。


 妾を拾い、救ってくれたの方の国を、愛しい人が何より愛した国を、つむいでいくという約束は果たせなんだ。それどころか、妾を拾ったという『間違い』によって、国が滅びたとそう語られ、の方の真心が侮蔑のまとにされておった。


 死んでも死にきれん。の方や妾がやったことが間違いであっても、そこには民や、国を想う心が確かにあったと、それだけは、せめてそれだけは、どんな形であれ、残したかったのじゃ」


 彼女の国は、怨嗟えんさで滅んだと言う。


 真摯しんしに語り合い、互いに自制心を持って支え合えば、平和を続けられた。

 だけど、憎悪のたがを外す方が、気持ちが良かった。

 それをいさめる声は、隣人が言おうが王が言おうが、民心への敵対になった。

 

 彼らは、怒りたかった。

 自分の中の罪悪感にすら止められず、力いっぱい沸騰したかった。


 だから、自らの子の摂政として、国を持たせていた女帝を、悪女ということにした。


「というのがまあ、妾側から見た言い分じゃ。あの時、妾の首を掲げた側にも、何かしら言いたいことがあるのじゃろう」


 だけどその二つは、もう擦り合わせられることは、永遠にない。

 “靏玉エンプレス”が、とうとうダンジョンとしても、消えてしまうからだ。


「“奔獏ジェスター”は、残るんだろ……?」

此奴こやつには、妾無しでは生きられんと言われてしまってのう」


 残った力の全てを、“靏玉エンプレス”復活に注ぎ込んで、もう二度と目覚めるつもりもないらしい。どの道キャプチャラーズに殺されるなら、共にきたい、そう願われたらしかった。


「じゃあ、二人とも」

「ここで終わり、じゃ。2000年……!長いようで、短かったのう……!」


 彼女は窓の外を見る。

 オレンジ色に染まっていく夕陽に照らされ、その瞳はとろけ出し、今にも目尻めじりからしたたりそうに見えた。

 

「この国は、良い国じゃな。短絡的に壊す以外の方法で、変えていこう、良くしていこうと、そう思える人間達が、今日もどこかで戦っている。まだ、考えられる者達が、それなりの割合で残っておる」


 彼女が思い浮かべているのは、自分から全てを奪った、義憤という名の熱狂だろうか。


「戦争の勝利者は、“環境保全キャプチャラーズ”じゃ。そして奴らの次なる目標は、他でもないオヌシじゃろう。また、わけあって、クリスティアはオヌシの排除を、未だ重要目標と考えておる。オヌシはこれから、それらと戦わねばならん」


 団結したill(イリーガル)と、クリスティアか。

 強敵は、強敵なんだろうが、


「そういうのと戦うってのは、承知の上だからな」


 まあ、いつかはそういう事になるって、分かってたことだ。

 カンナの求める域にのぼり詰める、それまでの険しさは、ずっと前に聞かされてた。

 

ill(イリーガル)を余裕でぶちのめせるようになるって、約束したからな。大国がおまけでくっついてくるのは、ちょっと予想外だけど」


「ふはっ、クリスティアを、『おまけ』扱いとな?」


 カラカラと笑って、“靏玉エンプレス”は左を、

 カンナが座っている方を向いた。


「良い男を選んだのう?オヌシ」

(((当然です。私の目利きですから)))


 あれっ!?会話成立してる!?


「なんとなく、そこに居るような気がしてのう。女の勘じゃ」


 ええー……?

 どういう原理?


「勘ついでにもう一つ。妾とオヌシが初めてまみえた一件の事じゃがのう?あの時の行動から、“可惜夜ナイトライダー”の真意が垣間見えるのじゃが——」


 と、急にエアコンの設定が10℃は下がったような体感に襲われる。


「えっ、え゛っ!?なにっ!?」


 まあ言うまでもなく、明らかにカンナのせいだ。

 ニコニコしながら棘だらけの空気を流すという、ミヨちゃんもよくやるアレを、珍しくカンナがやっていた。


(((口はわざわいの元、ですよ?余計な情報開示は、きょうを冷まします。残り短い寿命を早めに切り上げて差し上げましょうか?)))

「おお、こわやこわや」


 いややっぱり会話できてるよね?それも勘なの?って言うか、カンナのことここまで怒らせられるって、ほんと只者じゃねえなコイツ?しかもこの空気の中で笑ってるし。


 俺が色々と戦慄していると、“靏玉エンプレス”は何かに気付いたように外を見遣みやり、


「来たの」


 終幕の到来を知らせる。


「“環境保全キャプチャラーズ”?」

しかり。じゃが今は、直接の手出しはできぬじゃろう。となると実行犯は、クリスティアが雇った裏稼業の連中じゃのう」


 どうやら本当に、クリスティアは俺に死んで欲しいらしい。

 もう漏魔症がどうこう、という話ではないとすると、“右眼”が怖いのだろうと思う。


「まあ、その辺りも、言い分があるんじゃよ。どこぞの小娘に睨まれそうじゃから、妾の口からは詳しく語れんがのう」


 「じゃが、答えがある場所は、言っておいてやろう」、

 彼女は太陽と反対側を、東の先を指差した。


「クリスティアの中枢。妾達“転移住民キャプチャラーズ”が知る限りの全てを、そこに残してある」


 向こうのお偉いさんに聞け、ってことか?

 とは言っても、そんな機密をどうやって開示させればいいのか。


「妾達がクリスティアに付いていた時、奴らはその恩恵を受け、絶対に近い権勢を誇っておった。そんな奴らが、妾達が居なくなり、“環境保全キャプチャラーズ”が丹本との同盟を結んだ時、仔犬のように大人しくなりおった。じゃが、“提婆キャメル”の奴が気紛れじゃったから、そのパワーバランスは、簡単に崩れた」


 「分かるかのう?」、

 スッゴい単純に言えば、だけど、


「俺が“環境保全キャプチャラーズ”に勝って、抑止力レベルで手出し出来ない存在になればいい」


 俺が“最強”になればいいんだ。


 俺は向こうの最強戦力、“確孤止爾アトモス・スフィア”に勝った。

 その上、他国を頭から押さえられるほどの戦力だと、奴らが本気で信じている、ill(イリーガル)より強いと証明されたら。


 「俺が殴り込みに行かないこと」が、交渉カードになる。

 少なくとも、丹本政府を通せば、対等以上の駆け引きができる。

 今までみたいに、ポンポン暗殺者を送られる状態も、打ち切れる。


「もう一つ。これも予想がついていると思うが、」


 そして“靏玉エンプレス”は、間にあった面倒なステップを更にカットし、話をスムーズにする。


「“提婆キャメル”は、永級1号じゃ」


 俺が乗り込むべき先が、それでハッキリした。


「あのビキニ痴女が、強さで“環境保全キャプチャラーズ”のトップに立ってるなら、あの組織の壊し方も、簡単だな」

左様さよう。頭をぶっ叩いてやれば済む」


 どうやら、やるべきことが見えてきたみたいだ。

 それが出来ないことじゃないって、十分に実現可能だって、普通にそう思ってしまった自分に、ちょっと驚いた。


「日魅在進。オヌシのその生き方は、世にもおぞましく、何よりも尊い」


 “靏玉エンプレス”はポケットから何かを出して、俺に握らせた。


「……!これ……!」

「どうせなら、やり通して見せよ。最後の最後まで」


 俺はそれを握り、頷く。

 

 彼女はそれを見て、満足そうに目を閉じる。


「……じゃあ、じいちゃん」

 

 名残惜しく思いながらも、俺は席を立った。

 彼には、安らかに眠っていて貰いたい。

 荒っぽいのは、彼の最期に、似合わない。


「さようなら」


 いつの間にか、小さくしぼんだその背中をさする。

 いや、俺が大きくなったんだろう。


 じいちゃんはきっと、最初からこれくらいちっぽけで、なのに俺を支えてくれた。


「ありがとう」


 玄関に向かい、意識して強く一歩目を踏み出す。


「ススム」


 だがその一歩で、いきなりつまずいてしまった。

 もう話せないと覚悟を決めた声に、呼び止められたから。


「体に、気をつけるのじゃぞ」


 振り向いても、彼はこちらを見ていなかった。

 ただ目の前の宙に、視線を彷徨さまよわせていた。

 “靏玉エンプレス”がびっくりして目をまん丸に開けていて、それがちょっと可笑おかしかった。


 俺はなんとか笑顔を作って、


「いってきます」


 そう言うことが出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ