2061/8/31 14:00~2061/8/31 15:00 part1
「明胤学園?」
「服部君との連絡も取れなくなっている。可能性は極めて高い」
「ですが、あそこの思想は、漏魔症擁護とは、水と油ですよ?」
「ああ、ついこの前まではな。だがもし、絆されたとしたら?同じ明胤の生徒である、あの少年に」
「我々クリスティアが、丹本より大きなメリットを提示できた、それだけの話ですよ」
何所へ行くかも知れない、揺れる車内。
アインは3人の少年少女に、「大人の話」を聞かせてやる。
「丹本側の条件で、特に争点となったものは、何だと思いますか?」
総理と“提婆”で、ギリギリまで揉めてそうだった部分。
「………俺の、“右眼”の処遇、ですか?」
「素晴らしい」
キャプチャラーズは、どうしても進を殺して、“可惜夜”の顕現手段を奪いたかったらしい。
「逆らったら人類VSillの全面戦争だぞ?」、という総理派の脅しも、クリスティアのバックアップが約束されることによって、ほぼ無効化出来る。
だから三枝は、クリスティアとキャプチャラーズを近づけないよう、気を付けていたのだが、
今回、丹本政府の問題解決能力について、疑問符が付いた、その隙を見て、クリスティアは早いうちから干渉。
混乱を出来るだけ大きくしてから、どさくさに紛れて、キャプチャラーズと密かに接触。
「見てよ、丹本政府って当てにならないよ?」、「こっちにつけば、面倒な約束が一個なくなるよ?」、と猛アピールしたことで、より良い条件での引き抜きに成功した。
「そもそも、あなたが表舞台に居なければ、漏魔症罹患者は覚醒しない、というロジックは、詭弁でしかありません。あなたが生存し、その影響力を限定的にでも行使するだけで、罹患者の中で魔力操作に目覚める者が出てくる、その可能性は高まってしまう」
AS計画を本気で実行するなら、進の抹殺は絶対だと、彼らはそう考えていた。
クリスティアもキャプチャラーズも、そこで利害の一致を果たす。
佑人は勿論、彼が魔力操作するに至った、その大元の原因から、除去しなければならない、と。
「……!まさか、初めから、あなたは佑人君を追うつもりじゃなかった……!?」
「そこまでご理解頂けましたか」
「カミザに自分を追わせ、この車両に乗るよう誘導したわけか…!」
「いざという時、佑人君を助けられそうな戦力を減らしながら、根本を断てる…!一石二鳥ってわけですか…!」
漏魔症罹患者の魔力操作が発覚する可能性を低めながら、自分達にとって邪魔な少年を消して、キャプチャラーズとの同盟を成約。
リスクを最小に、リターンを最大に。
「既に我がクリスティアの戦力が、それも、『拘束』ではなく『抹消』の命を受けた者達が、ユウト・ササキの許へと向かっています」
「オレサマ達が来た時には、連絡済みだったわけだ…!クソ…ッ!」
そして、この状況の何が、彼らにとって最も望ましかったかと言うと、
詠訵とニークトが確保できたこと。
それが一番大きい。
「illで囲めば、“可惜夜”が出て来てしまいます。少なくとも、あなたを逃すくらいは、平気で達成すると、そう考えた方がいい」
どうやって彼女を表に出さず、日魅在進を殺すのか。
それを考えていた彼らは、一度上手くいった手法を、再利用することにした。
「人質、か……!」
“暴風”の時と同じ。
「こいつらを殺されたくないなら、ここに来て戦え」と要求し、進の意思で、不利な勝負に挑ませる。
「ただ、illに知性があると知れた状態で、派手に動いて徹底討伐論調が強まるのも、彼ら“環境保全”の本意ではありません」
だから前回のように、街を人質にするやり方は、避けるべきだと考えられた。
かと言って、見ず知らずの一人か二人を捕まえて、脅しの道具に使うのも、確実性に欠けている。
そこで、彼の友人ごと拘束する、このプランである。
「お二人が人質なら、あなたは確実に、こちらの要求を呑むでしょう」
キッと睨んだ詠訵は、まるで曇りのない直視を返され、逆に刹那の揺らぎを見せる。
「後は、要求の内容です。無抵抗に殺されろ、であったり、2対1、3対1を条件にすると、“彼女”の基準に引っ掛かるかもしれません。一方で1対1では、あなたが勝ってしまう危険が生まれます。その時、彼らは元のダンジョンごと消滅し、大きな損失を被ることになってしまうでしょう。そこで——」
「アインさんの出番、ってわけですか」
「左様で御座います」
人類最高の男との、1対1。
「決闘ですよ。頂点に立つ僕と、底辺を救済しようとするあなたとの」
その実態は、クリスティアの有用性を示す為の、“環境保全”への媚び売りである。
「それで、ススム君が勝っても、弱った彼に、イリーガルが1対1を挑むんですか…!」
「そうなりますね」
進はアインから視線を外し、助手席から後部を覗き込むカンナに目を向ける。
(((連戦ですか。楽しそうですね?)))
どうやらセーフらしい。
進にとってはアウトとも言う。
「フン、『人間如き』に負けて死ぬのが怖いから、人間に泣きつくとはな。恥を知らない自由な生き方が随分と楽しいと見える」
「黙れぇい!本来なら物量で擂り潰してやるところを、“可惜夜”という外法によって免れている、貴様達ゴミどもの方がよほど恥知らずであーる!」
ニークトの嫌味に、“太子”が烈火の如く反論する。
彼がそれで殊勝な態度を取るどころか、皮肉げに鼻で笑って見せたので、怒りには油が注がれてしまった。
「さて、着いたようですよ」
窓が塞がれ、外が見えないようになっている車内であっても、アインは自分の現在位置を把握しているようだった。
ドアが開けられ、運転席に居た女にニークトと詠訵が引っ立てられ、最後に進の背を押しながらアインが出る。
そこはどこかの公園らしかった。
海が近いのだろう、汐の臭いがする。
木々の間にある道を通って、途中で茂みの中へと分け入る。
その先、海を見下ろせる高台に、ビキニ姿の美女と、旅装姿の三角帽子が待っていた。
「じゃ、トリ君、お願い」
三角帽子が、“鳳凰”が両腕を広げ、それは大きな翼となった。
それを体の前で交差させ、羽根を複雑に絡み合わせる。
周囲には鳩が集まり、あちこちで魔法陣型にとまっていく。
〈辺獄現界〉
術が、結ばれる。
ダンジョンが、生まれる。
〈“絶滅朱”〉
鳩が一斉に飛び立った。
それらは高く高く浮上し、薄く朱色に染まった雲へ、入っていく。
それはよく見ると、腹が朱い鳩の群れだった。
空はその翼で埋め尽くされ、樹が疎らに立っている大地は、不吉に薄暗く曇って見えた。
〈念を入れて、宣言しておく。「気付いた時には手遅れに」、だ〉
味方が減るほど、その分だけ強くなるローカル。
なるほど、一回負けたら終わりの進に強いるには、呆れるほど有効なルールである。
「お言葉ですが、ローカルの出番は、ないでしょう」
詠訵とニークトが離れた場所に連れて行かれ、“提婆”と“鳳凰”が空へ離れていき、
相対した二人のうち、アインだけは明確に、終局の景色を思い描いていた。
盤面に至るまで、予測できていた。
進が合掌し、「ぴ、ぃぃぃいいいいいい……っ!」準備を整える間に、
アインは組み立てを済ませていた。
「この最初の一手で、あなたは確実に滅却されるのですから」
彼は右手を内から外へ、弧を描くようにゆったりと回し、上から進の目線の高さまで、下ろして見せたその指先で、
コインのような銀白色の物体を弾いて飛ばし、
「“ようこそ極微世界へ”」
パチリとシンプルな一音を鳴らした。
爆発があった。




