2061/8/31 13:00~2061/8/31 14:00 part2
「クソ…おんなァッ!放せッ!」
「はな、しま、せん……!」
フロントチョークで一人を押さえながら、分身を火の手で巻いて拘束する星宿。
瀬史は、内丙構成員である服部環は、そこから脱しようと首を掴まれながらタックル。
壁に背中から激突させるも、指先すらも緩んでくれない。
「この……!しつけえぞ…!だからモテねえんだよ……ッ!」
「それは…!おたがい、さまでしょう…ッ!」
分身と入れ替わればいいのか?
次の瞬間、彼女は紫の炎に全身を包み込まれる。
燃えているのが、魔力で補修できる虚像の側だから、今は無事というだけだ。
では分身を解除し、再生成?
隙を突いての完全詠唱が、もう一度できるとは限らない!
「こンのぉ…!」
だが「ムリでした」で諦められるほど、彼女の責任感は軽くはない!
さっきから全身を破壊されては魔力で再生を繰り返している分身、その一部を準備室内の金属棚のパーツに変形!
ある程度の形を燃え残らせることで無理矢理に動かし、棚の脚部分で星宿を横からド突く!
側頭部と、横腹!
遂に隙が出来た!
再度壁に打ち付け、首を抜いた環は、星宿に向かって分身を蹴飛ばし、縺れ合いを尻目に出口へ!
スマートフォンは壊されたが、まだ連絡の手段はある!
が、壁一面が、石のようなもので埋められている!
「なっ!?はあっ!?」
蹴りつけることで、それが魔法生成物らしいことまでは分かった。
だが今の彼女が持っている打撃力では、星宿の炎と合わさったその補強を突破する術が、存在しない!
振り返ると、他の壁も、床も、天井も!
同じ石で、固められている!
「しま…っ!」
そして、燃焼によって生じるガスが、徐々に室内を満たし始めていた。
それを吸わないようにする方法もまた、どこにもなかった。
環は完全に、袋小路に閉じ込められていた!
星宿の再びの攻勢から、逃れられない!
「本社は、なんて言ってきたんですー?」
壁に手をつき、それを巻き込んで一部だけ変身している披嘴に、丸流は訊ねた。
三都葉的には、AS計画妨害は、セーフなのかと。
「本社のモットー、と言うより思想は、知ってるよね?」
「一人でダメでも、時間を越えて繋げればー、ってアレですかー?」
「可能なことは、必ず起こされる。“意思”を受け継ぐ生物である人間なら、いつか絶対に、そうなる。それが本社の考えだ」
だからこそ、可能性はあるが、自分達に不都合な出来事を、なるべく先延ばしにするよう、工作をする。
「けれど、時にはどうしても、制御できない事柄がある」
どんな手を尽くしてもコントロールできず、正面から利害がぶつかってしまう事象は、世の中に有り得るもの。
それに対して三都葉がやるべきことは、ダメージコントロールである。
三都葉瑠璃が、ill以外の両勢力に、二股賭けしたのと同じこと。
「本社はね、漏魔症の魔力操作能力発覚も、それだと考えてる」
漏魔症は、世界中に存在する。
それでも魔力を操る者が現れなかったから、彼らには不可能だと、起こり得ないことだと、そう考えられていた。
あの少年が現れるまでは。
「漏魔症が魔力を操れない。それは、世界、歴史ぐるみの刷り込みによって醸成された、思い込み、暗示の結果だった。それが本社の結論だ」
本人達すら、自分に能力があると、欠片も信じられない環境。
それが彼らを、魔学的な無能にした。
最初に誰かが主張した思い込みが、時間という積み重ねによって厚みを増していき、質量を獲得するに到ってしまったのだ。
「カミザススムは、その思い込みを破壊する、トリガーとなった。今回の例は、彼と直接接触したことで覚醒した例だけどね。じきにもっと間接的な曝露で、『目覚める』例も出て来るだろう」
漏魔症罹患者は、魔力を操れない。
それを否定する実例が、呪いが解ける先触れとなる。
ならば——
「ゆーと君をナイナイしても、いつか必ず、次が出てくる、ですか?」
「カミザススムは、全世界に知れ渡ってるからね。丹本国内の飼い馴らされた罹患者と違って、生死の境で戦う者達にだって、彼の名声は届いている」
罹患者にとって、その名は希望だ。
忘れさせることなどできない。
世界のどこでかは分からないが、いずれ魔力を操る罹患者が、確実に現れる。
そして三都葉は、それを押さえ込めない。
丹本と、大陸の一部が、彼らの影響が及ぶ限界だ。
それ以上は、カバーしようがない。
「だから三都葉は、『漏魔症罹患者の魔力操作能力証明』、これを既に確定した出来事と認定し、それを踏まえて動くことにした」
「なーるほどー。罹患者からのバックラッシュとかが来ても、『私達は味方しましたよー』、って言い張れる余地を残すんですねー」
生き残る為に、少しでも不利にならない為に、他と比べて有利になる為に、三都葉は常に動き続ける。
彼らはこれを、単なる危機とは考えない。
世界の主要な高貴が没落してくれるなら、それもまた成り上がりのチャンスなのだから。
波に乗る。
それをこそ狙っている。
「披嘴君は、それでいーんですかー?」
「僕は本社の決定に従うだけだよ」
「えー?でもー」
涼しい顔で言い切る彼に、丸流はニヤァァァと唇を歪める。
「なーんか、ノリノリって、感じしますけどー?」
「さあね。僕はただ——」
揺さぶりに動じず、披嘴は石の壁を見上げ、
「僕のやりたいことと、本社のやらせたいことが、一致してたから、気が楽なだけさ」
そう言って爽やかに笑うのだった。
「それで、そっちの首尾は?」
「じょーじょーでーす。吾妻さんが到着しましたし——」




