2061/8/31 12:00~2061/8/31 13:00
「市街地に設置されたセンサーに掛かった、不審な魔力の反応は、これで全部です」
「この、ほぼ一定間隔で東進しているものは、これが吾妻漆か?」
「矢張り“徴崚抜湖”が本命でしょうか?」
「だが奴を捕まえるには、我の全力を投じる必要がある。『ハズレでした』となったら、その時点で敗北確定だ」
「ゴール地点を押さえるしかない!救世教会を決して自由にさせるな!」
「………うん、大丈夫そうだね」
ミヨちゃんが周囲を見回し、人混みの中に怪しい人間が居ないことを確認。
しれっと3人でそこに混ざる。
先輩の綺麗な金髪は……まあ、今時色んな人種がいる丁都では、言うほど目立たないだろうと祈ることにした。
「ススム君に影響されて、魔力を殆ど漏らさず身体強化する練習してて、良かったぁ…!」
(((誰かに何か、言うべきことがありますよね?)))
「感謝している。しているから、それ以上近付くのはやめてくれ。怖気のせいで索敵に集中できない…!」
見ての通り、俺、ニークト先輩、ミヨちゃんの、カンナが見える3人で組んだ。
佑人君のことは気に掛かったから、本当なら自分の手で直接守りたかったけど、至近戦闘以外じゃお荷物だし、俺が混ざる集団は如何にも大本命っぽく見えちゃうから、泣く泣く他の人に預けることになった。
ほぼ初対面みたいなメンツだし、怖がってないといいけれど。
「しばらくは、ちょくちょく魔力を出して追手を誘き寄せながら、このあたりをぐるぐるしよっか」
「俺達が長く逃げるだけ、佑人君の到達確率が上がるからね」
「せいぜい見苦しく遁走してやるさ。負け犬みたいに」
「それにしても」、ミヨちゃんは敵の捜索ついでに、人と車が河のように流れる大通りを見回した。
「なんか、人いっぱいだねー」
「そりゃ、夏休み最終日で、しかも日曜日だし」
これが最後と全力で遊んだり、明日から仕事だと帰路に就いたりして、都市がごった返すのは分かりきってたことだ。
「うーん、それもそうなんだけど」
彼女が喧騒を見る目は、どこか寂しげに見える。
こんなに人が居るのに、ここには俺達3人だけ、みたいな。
「あんなことがあったのに、すっかり無かったことみたいだなー、って」
「ああ……」
明胤学園付近は壊滅して、今も行方不明者の捜索や瓦礫の撤去がされている。
だけど同じ丁都でも、この辺りまで離れてくると、みんなが惨禍を知らないみたいに過ごしている。
大きなダンジョンが生まれたわけでもないからって、破壊を恐れず行き交っている。
「まあ、それだけ、あのテロに対処した人達の努力が、報われたってことで、いいんじゃあないかなあ……」
「それで終わらせて、本当にいいのかな……」
良い事、なんだろう。
みんなが普通を取り戻して、問題なく社会を回しているんだ。
望ましい落ち着きだって、言っていいと思う。
でも、テロリストとかがまた丁都を狙ったり、残党が潜伏していたり、そういうことを考えないんだろうか?
総理が言っていたことを思い出す。
この「行儀の良さ」は、社会を守る人達への信頼ではなく、ただ「大丈夫」だろうという漠然とした平和ボケだって。
ダンジョンがポコポコ生まれて、地震や津波や台風という破壊に襲われ続けて、それでも現状が維持されてるから、そうなるのが当たり前なんだろうって、みんなが麻痺してる。
見えないところにある、血の滲むような献身。
それを「無いもの」として考えるから、そのままの社会を守るのが楽だなんて、勘違いが広がってしまう。
だからと言って、パニックになって欲しいわけじゃないし、じゃあどうすれば満足なのかと聞かれると、ちょっと困ってしまうのは確かだ。
言えることは、このモヤモヤを抱えた人達が、特に真面目な人達ほど、ある日ポッキリ折れるか、爆発してしまうんじゃないか、という恐れくらい。
でも、そうやって色々考えられて、自分の中だけに籠らない視点の持ち主じゃないと、小さな報酬だけで、高度な技術を使って、人知れず支える役なんて、やりたがらない。やってくれない。
厭な逆説だ。
世の中を平和にするには、社会全体に奉仕できる、真面目な人が必要だ。
そしてそういう人ほど、社会からナメられ、軽んじられがちなのだ。
「無関心」という、人間が生きる為に持っている機能について、その副作用を目の前に見せつけられたような気分だった。
湿度と人いきれとで蒸し暑い中、ここに居る人の中でどれだけが、「生きる」ってことを考えてるのか、そんなことを思っていたら、頭がグラグラと……
「ススム君?」
「おい、そいつ普通に暑さにやられてるぞ」
「あー……」
真面目な話をしてると思ったらこれである。もう9月だってのに、太陽が元気過ぎるのがいけない。
自販機でスポーツドリンクを買ってから、日陰となる路地裏で一休みする。
額にボトルを当てて冷やしていると、首の後ろがムズムズして、蚊でも止まったかと手で叩き——
「!?」
「どうしたカミザ」
「様子がヘンだよ?」
「い、いまっ!いまのは……っ!?」
もう感じない。
触れてない。
でも、今のは、確かに…!
「ぴ、ぃぃぃいいいいいい……っ!」
「おい何をしている…!?」
魔力センサーに引っ掛かりやすくなるのを承知で、俺は鋭く息を吸う。
「ひょ、おおおぉぉぉぉぉぉ……っ!」
今は俺の魔力が、
広い感知範囲が欲しい!
そしてすぐに、引っ掛かった!
「やっぱり……!」
「どうしたの?」
「魔力だ!飛ばされてる!」
「なにっ?」
二人は路地の奥と人の流れへ交互に顔を向け、目を皿のようにして探していたが、
「な、何も無いよ……?」
「俺の鼻でも、異常は嗅ぎ取れないぞ…?」
検知できない。
そりゃそうだ。
俺だって、さっきまで気付かなかった。
「取り敢えず、信じてください。確かに、魔力が飛んでるんです」
「まあ、ススム君が言うなら、そうなんだろうけど……」
「それも……」
「まだあるのか?」
「塊が一つか二つ、とかいうレベルじゃないんです」
歩道を、もしかしたら車道に至るまで、幾筋も並んだ魔力循環が通っている!
こんな広範囲を感覚で捉えながら、誰にもまるで気付かせていない!
これは……、俺が受ける側になるなんて、思わなかったけど……!
「不可視の魔力……!」
俺と同じように、気配が稀薄で観測困難な力!
「たぶんこれで、捜してるんです…!この街の全域を…!」
「バカな……!?どれだけの範囲になると…っ!」
「たぶん、魔力の単位の一個一個が、極小なんです……!俺がいつも使ってる魔力より、更に…!それだけエネルギーも掛からないから、こんなに広くをカバーできる…!」
そして、小さ過ぎるから、俺達の感覚をすり抜ける!
「これ、このままだと、佑人君が見つかります!」
「或いはもう見つけているかもしれないな…!」
先輩は鼻を鳴らし、まだ怪しい影が近づいていないと判断してから、俺に問う。
「追えるか……?」
この魔力の発信源を、逆探知する!
この使い手は、かなりの手練れだ。
佑人君に辿り着かせちゃいけない!
「向こうからも、追い掛けてるのがバレバレになるでしょうけど」
「それでいい。釘を打ってでも足を止めさせるぞ」
「ん?どうしましたか?そんなに慌てて」
どこか騒がしい生徒達を見かけた瀬史は、訝しんで声を掛けた。
明胤学園も、避難所としての役を全うしつつあり、徐々に生徒へも開放されていっている。
例年の夏休みに見られるような、弛まぬ切磋琢磨が、また学園敷地内に復元され始めていた。
そうやって日常を取り戻そうという、痛ましい努力かもしれないが。
だからその、どこか非日常的な空気の騒つきに、彼女は敏感に反応した。
そんな雰囲気を、緊急時に動くような慌ただしさを、今の彼らが望んで醸したがるとは、思えなかったのだ。
平穏を崩すなんて、一番考えたくない時期の筈。
「教頭先生っ!」
「すいません!いや、なんでもないですっ!」
「ちょっと面白いことやってる部があるって聞いて、見に行ってみようって思っただけでっ!」
矢張り、不自然さがあった。
落ち着かなさがあった。
これ以上ボロを出したくないかのように、会話もそこそこに切り上げて、彼らは走り去ってしまう。
隠し事。
夏休み中、学園内に来ていながら、教師にバレるのを恐れる?
それも、よく見たら生徒の流れが、全体で同じ方へ向いているようで——
胸騒ぎを覚えた彼女は、スマートフォンを取り出しながら、人目を避けて生物準備室に入り、
「教頭先生?」
その背中にぴったり付くようにして、星宿が一緒に入っていた。
「この部屋に、どういったご用件で?」
「いえ……、ただちょっと、電話を……」
「電話なら、外の方が、電波が良く通りますよ?」
「人に聞かれたくない話でして……」
「なるほど」
彼女は右手を差し出して、一歩近づいてくる。
「一応、番号を確認させてください」
「………何故…?」
「こう見えても、臨時“理事長室”ですから。機密漏洩などの危険には、気を立てておかなくてはいけないと、そう思ってまして」
汗一つ掻かず、瀬史は首を振る。
「私は正式な“理事長室”ですよ……?神経質になり過ぎです。これは極めて私的な内容になりますから」「でも先生、いつもプライベートで使ってる端末、それじゃあないですよね?」
星宿もまた、威圧など感じさせない笑顔で、平然としている。
「飲み会の時とかに、見せてくれたじゃないですか」
「機種変更、したんですよ、最近……」
「傷だらけの、古い機種に……?」
二人分の沈黙が、重く足元に溜まっていく中、
教頭は連絡先をタップしようとして星宿の両手で指を掴まれる!
「やはり、あなたはここに、僕のところに来ましたね……」
彼は口の中だけで、決然と呟いた。
「敵として、相見えるさだめ、ですか」
駅前公園で、自分の前にシルクハットを逆さに置いて、ストリートパフォーマーの顔をする男。
見えない糸を手繰り、人形を操演するように、その指を滑らかにウェーブさせていく。
指の間に挟んだコインを、ペラペラと回して体中を這わせる、古典的な見世物。
当然それで客足が向く筈もなく、格好を物珍しく見られながらも、誰もが足を止めずに通り過ぎる。
だがそこに、3人連れの一行が来て、彼の正面に並んで立った。
「アインさん……、どうして……」
少年の一人は、そのパフォーマーと、顔見知りであるようだった。
アインと呼ばれた男は、右手をくるりと胸の前に、左手を斜めに、左足を右足の後ろに交差させ、
華麗なレヴェランス。
「改めまして、こんにちは。僕は、“確孤止爾”、アイン=ソフ・シュタイン」
その二つ名を聞いて、ピンと張った空気には、明らかな乱れが生まれていた。
「うそ……!?」
「アトモス……!なぜ、そんなヤツが、ここに……!?」
「アイン、さんが、“世界一位”……!?」
それはクリスティアの秘密兵器であり、最終手段。
どんな敵でも確実に破壊する、抑止力の一角。
「僕を止めると、言うのなら……」
それがここに来た、その事実が、彼の国が止まれなくなっている現状を、如実に表してしまっていた。
「喜んで、お相手致しましょう。“日進月歩”、カミザススム」
その頃、吾妻漆は一足先に、ゴールに着いていた。
多くの者の予想通り、彼女が最速だった。
だからこそ彼女は、佑人ではなく天王寺を連れているのだ。
佑人を連れて来れば、この場所に舞台を構築しようという動きを、完全に敵に晒してしまう。そうやって早期に勘付かれると、準備段階で妨害されてしまい、佑人がここに着いても、発信が出来なくなってしまう。
だからまず、彼女が現地入りすることで、今いるここがゴールだと知られる前に、スタンバイを完了させるのだ。
撃ち出す砲門を作りながら、
世界にぶちかます弾丸を待つ!




