2061/8/31 11:00~2061/8/31 12:00 part2
『サトジ!完全詠唱でなんとか——』
「しっかりなさい!」
ぴしゃりと、涼やかな竜胆色が、岩を一つ割り砕く。
「このダンジョンのどこに居ようと、どの道質量の増大に巻き込まれて、ペシャンコになるだけ!」
そうだ。
この空間が閉じられたものである以上、いずれは逃げ場がどこにもなくなる。
「逃げることを考える必要なんてないわよ。活路は、奴に向かう方以外に無い!私、間違ったこと言ってるかしら?」
「そ、その通りです!」
「前進あるのみ、か!どうにも癪だが、脳をトロワ仕様にするべきか!」
「どういう意味よそれ!」
「確かに、まだ成長し切ってない状態でここまで近付けたことを、幸運と言えるかもしれません!」
「でも、どうするんですっ!?このままあいつの所に向かっても、たぶん重力で潰されますよ!?」
ミヨちゃんが言うように、今、あの岩の周囲にどれほどの力が掛かっているのか、考えたくもない。
到達するだけで、そこに立った敵の形を平らにする。
なんて画期的な防御フィールドだ。
『そこで、だ』
次に聞こえたのは吾妻さんの声!
『引っ張る力がヤベーってんなら、それをポジティブによー、捉えさせて貰うことにしたぜ……?』
黒いゲートが方々に出現!
中から黄金が輝く尾を引き落下!
「そうか!物体生成系の魔法なら…!」
「質量を持ってる!重力をこっちの武器として使える!」
『金ってのは、比重が、密度が高い。それも、金属の中でも特に、な』
乗研先輩がそう言いながら、ゲートに追加の流星をぶち込む!
『俺の黄金は偽物だがよ……、“罪業と化ける財宝”、思い込みには、重さもあるモンだ』
黒焦げた岩に、金色がギラリと突き刺さっていく!
お寺の鐘を撞いたような悲鳴!
だが表皮が割れ飛んでも、全体を貫通できるほどの力はない!
内側まで刺さることはあっても、ピンポイントにコアを撃ち抜けない限り、破壊を上回るペースで膨れていく!
『やっぱ足りねえか…!』
「いえ!先輩!そのまま続けてください!」
俺は隕石の迎撃を一時中断し、「ぴ、ぃぃぃいいいいいい……っ!」全霊全力で没入!「ひょ、おおおぉぉぉぉぉぉ……っ!」腕の一部を“嚆矢叫炎”状態に変え、その表面をバキリと剥がす!
良い感じに鋭くなるように成形し、「トロワ先輩!ちょっと借ります!」先端に竜胆色を纏わせて、高圧魔力噴射で加速させた右腕で投げた!
魔学的生体ピッチングマシーン!!
それは中に籠めた魔力で加速、軌道調整をしながら、黄金の衝突痕に突き刺さり、砕ける!
「もうひとぉつッッッ!」
再構築した腕の表皮をさっきと同じ要領で、剥がし、水晶の刃にして、投げる!
竜胆色の効果で、今度はもっと深くに届く!
このやり方は、実質俺の皮膚を投げ込んでいるようなものだ。
そして、その中には魔学回路、つまり魔素という通り道と、魔力というエネルギーが入っている。
だったら、衝突時の感触が、俺まで伝わってくるのは道理!
これを繰り返せば、敵の内部を完全把握できる!
だけど、俺が外れたことで、隕石への防御が薄くなっている。
そこを狙って大小数々の隕鉄来襲!
それらを避けて隙間を通し、象牙色に包まれた瓶が俺達に当たる!
それが割れて、中の聖水が魔力に反応!
防御膜を作ってガード!
『そちらの作業に集中を!』
ガネッシュさんからの援護だ!
瓶が尽きない間なら、俺達を持たせてくれる!
「見つけた!」
撃ち込む度に、魔学回路の形状を大まかに掴み、八投目で遂に捉えた!
コアはそこか!
「吾妻さん!これからビーコンを発信するので、そこを囲むみたいに黄金板を降らせてください!」
『いーぜ!やってみろ!』
魔力で掴んだタヌキ人形を飛ばし、敵体表近くの一箇所に滞空させる!
注文通り、その周囲を円状に切り取るみたいに、黄金板が連発される!
俺はストックしていた水晶刃を左右2発連続投擲!
「出てこい石コロォッ!」
掘り当てた!
黄金を前に逃げ場所を失っていたコアが、今ので完全に露出した!
コアはもっと深くへ潜ろうとして、
その下にゲートが開かれる!
『見えたな?俺の視界に入ったな?テメー、終わったぜ!』
岩石体から切り離され空中に放られるコア!
俺はそれを目掛けて、二連投を——
コアが、砕け散った!
「な!?」
「やったのか!?」
「いや、まだ止めは…!」
けれど確かに、そこにある質量が、巨大な力学が、ジワジワと消失していくのを感じる!
まさか、これって!
「自害しやがった!俺に殺されると、ダンジョン自体が消えるから!」
『躾が行き届いてんなあ!使い捨てに手間かけやがる!』
「使い捨て」!このillはそういう役回り!
文字通りの鉄砲玉!
いや、大砲クラスの破壊力だったけど!
「“提婆”…!あいつ…!」
同じイリーガルでも、リーパーズの間に見えた気がする、仲間意識や親愛のようなもの。
それが感じられない気がするのは、俺が甘っちょろいだけなのか。
「おい!集合だ!急げ!」
物思いに耽る余裕は用意されていない。
俺達はこれから、大量の警察の前に放り出されるのだ。
「今からこのダンジョンは崩壊します!」
「災害救助のような名目で、丹本の人員がルカイオスの敷地内に入って来ている筈だ。総理派の潜行者で固めた隊が」
「幾つかのグループに分かれて、一斉に散開が一番いいか?」
さっきの奴が弱めだからか、それとも自分の死後すぐに崩れるように設定したのか、ダンジョンが消えるペースが早い!
あと十数秒で、ここには居られなくなる!
「皆さん!俺に考えがあります!乗研さんに協力して欲しいんですが——」
「確保ォーッ!」
機動隊員が一斉に飛び掛かる!
展開された黄金板は一瞬で幻覚効果を解除され、単なるドーム状の壁と化したその積層を、玉ねぎのように外から一枚ずつ剥いていく!
数十秒掛けて、遂にその内側に踏み込み、そこで構えた被疑者達を打ち据えようとして、
空間に罅が入った。
「これは、幻覚能力!何故!?」
「さっきは、他に神経を使ってた。それに、無理して能力を行使しても、ゴールがバレてたら意味がない。リスクと期待値が見合ってなかった」
最後の層を剥いた先には、六波羅ただ一人。
「手の内を隠して、正解だったよ。俺の解呪なら、『なんとかなる』んだな、これが」
乗研の黄金板に干渉しようとする敵の魔法効果を、六波羅の魔法効果で相殺した!
しかも、一部の黄金板の解呪は問題なくさせてやることで、全ての黄金が目に見えていると、誤認させた!
「彼の代わりに言うと、“罪業と化ける財宝”、見えているが故に、見えなくなるものもある」
「しまった!」
気付いた時にはもう遅い!
六波羅の首に魔力貯蔵封じの枷が嵌められる!
けれどももう周囲には、他のメンバーの影すら残っていない!
そして、最も厄介なのは、
「ど、どっちだ…!?」
本命の仨々木佑人がどの方角に逃げたか、分からなくなった!
彼が佑人に同行すると、正反対の方角に逃げたグループは、真っ先に彼の魔法の効果範囲から外れ、見つかるだろう。
その早さから、逆に佑人が向かったのがどの方角か、特定しやすくなる。
だから彼は、出来るだけ長く、広い範囲をカバーできるよう、その場に残ったのだ。
そして恐らく彼は、佑人の行き先を知らない。
意図的に、見ないようにしているだろう!
「まだ遠くには行っていない筈だ!探せ!」
神出鬼没のチャンピオン二人や、強力な幻覚を操る男、融合能力を持つ少女、気配察知に長ける少年等、潜伏に向いている者ばかり。
たった一瞬で、彼ら全員が行方不明となった。
それを数十分で全て見つけ出し、その中で本命を見極め、確保する。
ディーパー追跡に長じる丹本警察と雖も、それはあまりに困難を極めた。
そして、決死とも言える全力の捜索空しく、
『12時、じゃな』
タイムリミットが、来てしまった。
『出番じゃ、“確孤止爾”』
指令は、確かに下された。
「イエス、プロフェッサー」




