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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十四章:リアルタイムで世界を変えろ

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2061/8/31 09:00~2061/8/31 10:00

「よう、どうしたよ。最年少チャンピオンさんよ」


 用途不明の薄暗い部屋。

 壁も床も、他の場所とは似ても似つかないほど、のっぺりと冷たい無表情。


 ここに案内した使用人が、「喫煙所はあるか?」という彼の質問に、渋味しぶみの塊を噛んでしまったような顔を作っていたことからして、煙草も彼らも歓迎されていないこと、その二つが纏めて放り込まれた、この部屋がろくでもないこと、その両方が察せられる。


 厄介払い用の部屋。

 少なくとも、いやなヤツらを収容しておくのに、抵抗が薄い場所。


 じゃあそれがどういう空間なのかと問われると、考察の材料が足りず、「知るか」としか答えようがない。


 物置と言うには、スカスカだ。

 隅には業務用らしきカメラが置かれているが、何を撮影するというのだろうか。


 そしてどうやら、この「臭い物(ばこ)」に追い遣られたのは、彼が最初ではなかったらしい。


 通気性が悪そうな室内には、既に白い煙が満ちており、その出所でどころは先客の指の間だった。


どこぞの部屋から引っ張ってきた椅子の肘掛ひじかけに腰を乗せ、客人用らしき灰皿に葉巻を押し付け、新たに安い銘柄めいがらを取り出した彼女は、


「テメーにもまだ、有害な息を吐く気概が、残ってたとはなー」


 入ってきた彼にまず嫌味を投げた。


「すっかり丸くなっちまったもんだから、ンな度胸はタマと一緒に無くしちまったかって、てっきりそー思ってたぜ?俺は」


「別に丸くなってねえよ。それとも頭丸めれば性格も丸まるって理屈か?見る目が表面的過ぎて、テメエの商談が心配になるな。その分だと、これまで三桁さんけた億円くらい騙されてんだろ」


「はっ、行動まで観察した上で言ってやってんだよこちとら。テメーは最近、ガキの相手が楽しそーじゃねーか。保父ほふでもやってんのかって思ったぜ?


 いーのかよ、そんなのがヤニ吸っててよ?知ってるか?吸ってからしばらくは、目に見えねー副流煙を吐く状態になっから、他人の健康のメーワクになる、らしーぜ?世話係がガキの肺を汚すのはマジーだろ」


「誰が世話役だよ誰が。だいたいヤニの話はテメエにだけは言われたかねえな。煙草で煙草のあじへんやってるヤツにだけはよ」


 二人はまた、毎日顔を合わせる腐れ縁のようなテンションで、悪態を吐きあっていた。

 それは或いは、話しやすい空気を作る為の、電波チューニング作業に近いのかもしれない。


「………テメエ、さっきのは」


 幾つかのラリーの後、少しの区切れで段落が変わった時点を見計らい、彼は彼女に懸念をぶつけた。


「さっきのは、なんだ」

「なんだってのはなんだよ」

「何をけてやがるんだって、わざわざ言ってやらねえと分からねえか?」


 彼女の指先から、灰がポトリと皿に落とされる。


「俺が、なんだって?」

「抜けてやがっただろ。気だとか間だとか、あれやこれやが」

「魔力切れの話してんのか?」


 確かに彼女の貯蔵魔力量は、人並み外れた、人を外れた規模になるのだが——


「おいコラ、こっちは一晩中()けずり回ってたんだぜ?ディーパー相手に、だ。ねぎらわれるどころか、『もっと働け、出来るだろ』、なんて言われる筋合いはねーぜ?ブラック企業経営者志望か?」

 

 彼女が戦っていた時間の長さ。

 肉体と精神に掛かる疲労の蓄積。

 それらを考慮すれば、あそこで限界に至るのも、自然なことのように思える。


「違えよ。途中から来た俺が、テメエの魔力量なんて正確に推算できるわけねえだろ」

「じゃーなにが言ーてーんだよ」




「テメエ、投げ遣りになってただろ」




 もう一服いっぷく吸おうとして、手元の煙草が燃え尽きていると気付く。


「なんだ、そりゃ……」


「テメエなら、自分の魔力が切れるってタイミングで、事前に警告できただろうが。そうじゃなくとも、一度通した魔法を、特殊な攻撃を喰らったわけでもねえのに、半端に解除することなんて、やるような性格してなかっただろ」


 魔力切れを起こした時、彼女は「ついうっかり飛ばし過ぎた」、という態度だった。

 後の事を考えず、魔力使用量の調整をおこたり、気付いた時には想像以上に使い過ぎていた、そういう様子を見せていた。


「何か、当たり散らかすみたいな、魔力の使い方してたんじゃねえか?」


 自棄やけになってなどいないと、本当に断言できるのだろうか?


「今だってそうだ。時間がありゃあ手数を増やしまくって、ついでに盤外にハミ出しちまうでお馴染みのテメエが、さっきからずっと、この部屋で油売ってやがる」


 心を落ち着けようとしている。

 乗研の目にはそう見えてならない。


「よう、どうしたよ。『最年少チャンピオン』さんよ」


 また一本を取り出し、ライターの点火を何度も試みて、けれど何故か、今に限って上手くいかなかった。


 横から彼に火を差し出され、それを貰って肺一杯に汚れを吸い込み、白いもやとして舌打ちと一緒に吐き出す。


「おっさんが」

「んだって?」

「ロベのおっさんのこと、知ってるだろ?」

「………ああ。ありゃあ、なんとも、痛ましい話だった」


 ロベ・プルミエル。


 彼らの青春の一角である紋汰の父親であり、もう死んでいたと思われていた人物。

 生存していたことを知ってすぐ、テロの首謀者兼実行犯として、本当に命を落としてしまった。


「おやっさんは、許されねえことをしたけどよ。まあ、気持ちは分からねえでもねえ。絶対に肯定するつもりもねえが」


 防衛隊として戦い、守っていた彼への返礼が、最愛の息子を死へと追いり、死後も良いように使い潰すこと。

 憎悪が湧かない方が嘘になる。


「俺も、ダチをられたってのによ。おやっさんを憎む気にはなれねえし、かと言ってあの人を殺した奴にも、いかりを向けられねえ。気持ちワリい気分だぜ。どっちにも振り切れねえでよ」


 彼は、戸惑っていた。

 ロベの凶行が発覚してからずっと、心の置き場が分からなかった。


「俺なんだよ」

「……なにが?」

「おっさんをったの、俺なんだよ、リュージ」


 絶句。

 また一つ、ややこしく絡まった感情のダマが、増えてしまった。


「俺は……、そーだな、俺もおんなじだよ。分かんねー。なにも、分かんねー」


 椅子に深々(ふかぶか)と座り直し、背凭せもたれに体を預けながら、頭をずり下ろしていく。

 夜更かししていた少年が、睡魔に引かれてだらけ切るように。


「デカい事、やって、それで……、それで、良かった。ーって、思ってたんだ。『吾妻漆、ここに在り』、っつってさ」


 けれど、

 彼女は彼を見上げる。


「けどよ、リュージ。俺は、知らねーうちに、テメーを引っ張り込んでやがった。“右眼”の争奪戦の時に、テメーを巻き込めるって、喜んでやがった。そのクセ、何か物足りなくて、それは手柄が足りねーんだって、そー思って」


 その後、スカッと大金星だいきんぼし、という機会に恵まれず、だから気付くのが遅れたのだ。


 それが本質ではない。

 手柄が大きくとも、今の彼女は、しっかりと満足できない。


「俺が久しぶりにテメーと戦って、でもなんか、なんでか違くて、それがずっと、魚の小骨みてーに引っ掛かって、クソイラついてたんだけどよ。でも、おっさんと戦ってる時に、俺、思ったんだよ」




——ああ、モンタはもういないのだ




 喪失に苦しみ、取り戻せない事実に狂い、正気を失い暴走したロベを見て、

 その背後の、本当の欠如、永遠の不在を、強く意識させられてしまった。


 そして、分かったのだ。

 彼女が求めていたのは、手柄では、結果ではなかった。


 成果が出るとか出ないとか、そんなものはどうでも良かった。


「モン坊が、モンタが、もー居ねーんだよ。俺と、お前と、でも、あと一つが、どーーーーしても、絶対に、埋まらねーんだよ」


 ロベとの対峙たいじによって、その空白に通る風が強くなり、その痛みの大きさを思い知らされた。

 彼女は、「無いもの」を求めていたのだ。


「だから、俺は……、チクショー……、分かんねーんだ……、分かんねーんだよ……。楽しー筈なのに、ドデカいヤマに関わって、ガキの頃に願ったみてーに、思い通りになって、なのによー………」


 かつての彼女なら、それで幸せになれたのだ。

 彼と関わる前の、ただ自分の名を刻むことだけが全てだった、余計なものを持たないシャープな彼女なら。

 

 いつからか、彼女がやりたいことは、成功することではなくなっていた。

 あの3人で、不可能にも思える困難に立ち向かう。

 その至福の時間をこそ、求めてやまなくなっていた。


「気付きたく、なかったぜ…、クソが……。それが本当なら……、俺が欲しいのが、あの時間だってんなら……」


 必然、彼女に残されているのは、絶望的な行き止まりだけ。


「俺は二度と、マジの幸せにはなれねー、ってのかよ」


 何故って彼女達は、もう3人にはなれないのだから。


 それはどうしようもなく、覆しようもなく、決まってしまったことだから。

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