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2061/8/31 03:00~2061/8/31 04:00 part1

「天王寺が?」

『はい。連れ去られました』


 液晶越しの公安委員長の暗い目は、その口から悲報を流しているせいか、いつもより黒くにごって見えた。


「誰の仕業なのか目星はついているのかね?」

『部隊をあざむいた魔法効果からして、乗研隆二の能力が使われた、ということはほぼ確実かと』

「乗研……あの島の一件で、特作が無理に引き入れた大学生か……」


 五十妹側、すなわち漏魔症擁護側の手に、こちらの制御パーツが渡ったことになる。

 あの男は、どちらの陣営に居ても、ある意味で切り札のように使える。


 それが向こうに確保されたのは、非常にうまくない事態と言えた。


「彼は今どこに?」

『目下捜索中ですが……』

懸案けんあん事項が?」

『日魅在進、乗研隆二の両名の学友として、ルカイオス家の三男が』

「………」


 エイルビオンとしては、AS計画に煮え切らない態度。

 理由は矢張り、王族を始めとして、貴族家が今も力を残しているせいだろう。


「厄介なところに拾われる可能性がある、か……」

『或いは既に、合流しているやも』

「丁都にルカイオスの屋敷があった筈だ。張り込めるか?」

『手配済みです』


 流石の仕事の速さ。

 全て先回りしてくれている。


 が、もう中に運び込まれているなら、今から張り付いても大した収穫にならないだろう。

 

 ルカイオス家が計画阻止側に付いたとなると、最悪である。

 その仮定が外れてくれればいいのだが、日魅在進関連となると、大抵当たることが多い。


 あの少年の周囲では、「それだけはやめてくれよ」ということばかり起こるものだ。

 彼一人に、関係者がことごとく狂わされているような。


 それとも狂わせているのは、“彼女”の方なのだろうか?


「警視庁(じゅう)の要員を注ぎこんでも構わない。なんとしてでも、あと7時間でケリをつけてくれ」

『最優先は天観山でよろしいでしょうか』

「それでいい。天王寺が効力を発揮するには、仨々木佑人の存在が不可欠だ」


 先に彼を押さえてしまえば、進達は何も出来ない。




『警視庁から各局、警視庁から各局。909(キュウ・マル・キュウ)の事案につき、みなと壬田(みた)4丁目13番2号中心の5キロ圏配備を発令する。人員体制はいずれも甲号とする』


「あんたも大変だねえ。面倒だし眠たいだろ?今日はもうお開きにしねえか?」

「いいえ、宍規さん。まだ付き合って貰いますよ。本案件には子どもの命が懸かっています。1分1秒でも早く終わらせなければなりません」


「どうしようもなかったんですよぉ……」




 潜行者達に囲まれて、天王寺には選ぶ余地などなかった。

 その場で洗いざらい、自分が見聞きしたことを垂れ流す以外に、彼には可能性など見えなかった。




 それは、彼が居住区から出て、漏魔症擁護の活動を始めた時から、ずっと変わらない。

 いつだって、彼の前には、一本道しか存在しない。




 彼が参加した時、漏魔症擁護関連業界の内実は、酷い有り様だった。


 誰も解放など望んでおらず、今の一方的に守られる立場から出ずに、どれだけ好き勝手やるかを考えるばかり。


 麻薬の販路の提供やマネーロンダリング、アンケート等で得た個人情報の販売、慈善事業を隠れみのに、悪事の見本市が開かれていた。


 糸を引くほどの、腐敗ぶり。


 彼らは自分達を、被害者以外の何者でもないと定義していた。

 実際のところ、現代においては、それは誤りとしか言えない。


 悪意だけではなく善意にも、攻撃だけではなく支援にも、邪心だけではなく良心にも、彼らは報いなければならなかった。


 それが“人間”と見られる為の“お約束”。

 罹患者に限らず、万人が求める人としての礼節。


 だが彼らは、自分達を守る側である、法にも秩序にも敬意を払わず、怨嗟と怠惰と体制への攻撃だけをモチベーションにして、甘い蜜をすすっていた。


 自助独立の志を持つ者あれば、皆で潰して構造を維持し、根を深めた。

 自分で生きることを諦め、それを悪いとも不甲斐ないとも思わない、動いているだけの死体の山になった。


「漏魔症は、社会には受け入れられないんですよぉ……。誰が好き好んで、他責思考の役立たずを、社会システムに組み込もうと思うんですか……?」


 だから、一度殺すのだ。

 人として死なせ、道具化することで、彼らは真に、社会へ迎え入れられる。


 便利なツールを大切に扱う精神が、丹本には存在する。

 空想世界のアンドロイドのように、それなりの情をかけて貰える可能性もある。


「ですから私は、漏魔症関連団体を内から弱体化させ、世間から気付かれずに無毒化しようとしていた、丹本政府に協力しました。桑方から、クリスティアからAS計画について聞かされた時も、現実的な判断として、その運命を受け入れるしかなかったんですよぉ」


「自分だけは、安全圏で“使われる”ことと引き換えに?」


 離れたところで聞いていたトロワが、冷たい視線で突き放すように刺す。


「あなた結局、計画の詳しい内容を、殆ど知らないのでしょう?コンセプトだけ聞いて、それが本当に正しいことなのかどうか、精査しようともしていない」


「いや、私は、」


「あなたは正しいからやったのではないでしょう?罹患者支援団体の不正は、全部が全部でないけれど、AS計画の布石として、クリスティアが仕掛けたものも混ざっていた筈。それに絶望して丹本政府に腹を見せておきながら、『なにかすごい計画の為です』と言われたら、『そうだったんですか』ってホイホイ寝返った」


 まずは同じ団体に所属する罹患者達を、続いてそれを健全化させようとしていた丹本政府を、そしてつい先日は、丹本政府から主導権を奪われたクリスティアを、彼はそのたびに裏切った。


 長い物に巻かれるだけで、落ち着きなくフヨフヨ周遊しゅうゆう


「自分が安全なまま、強い側の貢献者になることで、罹患者全体への非難からリスクなく外れることが出来る。


 『やることやってる』人間の顔が出来るから、権力や巨大資本からの覚えを良くする事が出来るから、よく聞きもせずに飛びついた。抜けけの誘惑に乗っかった。腰が軽いものだから、あちこちにご主人様をこさえている。


 二重スパイなんて高度なものじゃなく、単なる蝙蝠コウモリ野郎ね。他人の腹を切って、自分はゆるされようというわけ」


 「自分だけは違う」、

 疎外の危険を冒さずにそう言いたかったが為に、彼は従順な犬となり、人権剝奪計画にまで加担した。


 殺気に似たトロワの苛立ち、その余熱が届いたのか、天王寺は縮み上がる。


「ああ、大丈夫。気にしないで頂戴ちょうだい?私今、自分に腹を立てているだけだから」

 

 「むしろ感謝しているくらい」、

 どう見てもそうとは思えない仏頂面で、彼女は礼を口にする。


「私、今まで色んな相手を、最低なクズだって見下みくだしてきたけれど、甘かったわ。私が間違ってた。本物の下衆げすって、こんな感じなのね。教えてくれてどうもありがとう」


 どうして必死にやった自分が、そこまでの怒りを向けられなければならないのか。

 天王寺は本気で分からず、恨みがましい視線を向けそうになるのを、無理にうつむいてなんとかこらえる。


 ただそれは、正対するのが怖かっただけ、と言えるかもしれないが。

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