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2061/8/30 23:00~2061/8/31 00:00

「朝までここに身を潜めましょう」


 紺色の中に、黒い線が幾本も立っている。

 夜空の下の、森の中。


 24時間、人々が血眼ちまなこになっているような、眠らない街からは遠く。

 上弦の月も、既に没した後。


 見つかりたくはないから、あかりを点けることもせず、追跡されないよう携帯端末も捨ててきたので、ほとんど本物に近い暗闇だ。


 だけどそれも、悪い事ばかりじゃない。

 頭を少し上に向けるだけで、満天の星明ほしあかりがよく見える。


 と言っても、頭上から見つかることを危惧して、木々の下に隠れているから、プラネタリウムをあおぐみたいに、360°が美景びけい、とはいかないけど。


「佑人君は……?」

「寝ちゃってます……」


 シートの上でタオルにくるまってすぐは、非日常に昂奮こうふんしているようだったけど、数分で寝息を立て始めてしまった。


 そりゃそうだ。

 今日は色々起こり過ぎて、疲れただろう。

 夜更よふかしに慣れない未就学児には、特に。


「ふぁ……」

「日魅在さんも、今のうちに寝てください。俺が見張りますよ」

「いや、でも、いつ追っかけて来るか、分かんないんじゃあ……」

「それはしばらく、大丈夫なんじゃないでしょうか」


 六波羅さんが、

 六波羅さんらしき影法師かげほうしが、

 木立こだちの先、町がある方に意識を飛ばしながら、静かに語りかけてくる。


「トクサ……でしたっけ?あの人達も来た以上、ただのハンティング、ってわけにはいかなくなりましたから」

「戦力差が、結構ありそうな気もしますけど……」

「吾妻さんが居れば、その辺はどうとでも引っ繰り返せると言いますか」


 それは確かに。

 さっきも変身者だか眷属だかを含めて、8体を同時に相手取って、それでも余裕そうだった。


「それ以外にもたぶん、あの島に居たみたいな、隠密特化な戦闘員が来てる筈です。彼らのような戦い方をする人達にとって、夜の闇ってのは、何よりも強力な味方となる筈です」


「膠着くらいなら、出来ますかね?」

「それだけではありません」


 六波羅さんはそこで、サーチライトの投射のような、目立った捜索が始まっていないことを指摘する。


「世間的な騒ぎになるのは避けたいから、ですか?」

「いえ。検問の範囲からして、騒ぎにはなっています。そんなことは既に気にしてないでしょう」


 ただ、今ここで俺達を探す為に、ビカビカ明かりを振り回していたら——


「そっか、自分の位置を分かり易くバラすことになるんですね」

「そうです。片方は夜に紛れ、もう片方は自分がどこに居るか大規模発信している。普通に最悪です」


 追う追われるだけの駆け引きなら、彼らは俺達を見つけられたかもしれない。


 けれど、自分達を後ろから狙う影を知覚したせいで、さがす方に重心を傾け切れていない。


「ならばと徒歩で、ライト無しに入山する可能性ですが……、これもあまり考えなくて良さそうです。ディーパーであっても、山は甘く見れない相手ですから。ライト無しの夜間登山なんて、事故や遭難を多発させます」


 しんばそれを遂行できるよう鍛え上げられていたとして、矢張り背後の影が邪魔をしてくる。

 危機探知や追跡用に魔法を使った途端、それで自分達の位置が透け、そこを死角から刺される恐れがあるから。


「彼らとしては、太陽が昇ってから仕掛ける、それが望ましい筈です。それまでは、少なくともトクサの人達が全滅でもしない限りは、ノコノコ山登りなんて無理でしょう」


 特作班の人達に苦労を掛けることになるけど、取り敢えず夜は安全だって考えていい。

 

 問題は、今が夏だってこと。


「安らげる時間は、そんなに長くありませんね……」

「日の出時間は、だいたい5時くらいになるでしょうね」


 六波羅さんが、衝撃に強い腕時計を持っていたから、時間は分かる。

 日付が変わるまで、1時間を切っている。


 逃走劇再開まで、あと6時間もない。

 この蒸し暑い中では、普通にしてるだけでもスリップダメージみたいに、体力が削られていくっていうのに。


「ですので今のうちに……」

「それならむしろ、六波羅さんが寝るべきです。見張りは俺がやります」


 ダンジョンの外では大した戦力にならない俺よりも、これから体力も魔力も大量に絞り出すこと確定な六波羅さんの方が、休息の順番が優先される。

 

「依頼人にそこまでやらせるのは……」

「依頼の達成確率を上げる為にも、お願いします」

「……こうしましょう。これから1時間おきに交代です。最初に日魅在さんから寝てください」


 俺の方が、数十分ほど長く眠れる計算。

 そこはどうしても譲れないようだと、相手の顔すら見えないこの暗中あんちゅうでも、何でか感じることができた。


「分かりました。1時間後、ちゃんと起こしてくださいよ?俺が起きないのをいいことに自分だけ徹夜オールとかやめてくださいね?」

「依頼人との約束は守りますよ」


 お人好ひとよし過ぎて、時にはポリシーすら曲げそうだという、信頼とも言える疑わしさがあったものの、ここで食い下がり続けても、貴重な残り時間を無駄に削るだけ。

 

 俺は押し問答を切り上げて、佑人君の隣にゴロンと横になる。


 ここで星が見えたら、それなりにロマンチックだろう、なんて思っていたら、




(((見ましょうか?折角の機会です)))


 い茂る葉によって閉じられた天を、無数の輝きが埋めていった。




 あっ、と心を直接撫でられたかのように驚かされ、柔らかく沈む感触を受け、右に頭をコテンと向けたら、


 そこに、時間の止まった夕焼けがあった。

 

 西日を閉じ込めた小さなガラス玉が、遠い空向こうに見える夜のきざしを、くりんと俺の脳まで繋げる。


(((あれ、私の方ばかり見てても、仕方がないでしょう?折角、先程の記憶から、人の光無き星空を、再現して差し上げたのに)))


 肩と肩が密着し、腕が絡み付き、指を組みわされる。


 二人で仰向けに寝そべっている。


 都会ではなかなか見れない、綺麗な夜の宇宙を見たい。

 そう言って遠出したのに、結局お互いしか見てないみたいな。


(((ススムくんは、楽しいことばかり、引き寄せてくれますね。あなたと一緒だと、まるで飽きが来ません)))


 何故か気恥ずかしくなって、「星が気になるから」と言い訳がましい内心をみながら、夕日から()()と目を逸らす。


 くすりとした風で、右耳が涼む。


 天蓋てんがいめられた宝石達が、遠く高くから、俺達を見下ろしている。

 

 立ち並ぶ幹が見えなくなって、広く開けた丸い空に囲まれて、


 俺の視界から、大地が消えた。


 まるで体が、光の揺らぎがチラつく水面の上へと、浮いている最中のようだった。


 ああ、落ちる。


 立ってもいないのに、クラクラと眩暈めまいを覚え、足の力が抜けるのを感じて、


 全身を投げ出し、底無しの海に飛び込むような心地で、


 俺はいつの間にか、夢の中にぼっしていた。

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