2061/8/30 21:00~22:00
ファーストペンギンが成功しても、それを追う者がいなければ、一回限りの奇跡、創作臭い伝説で終わる。
「それが可能なのだ」と言われたところで、運や才能に恵まれた外れ値の主張、或いは盛られた功績を信じ込んだリテラシー不足の戯言と見做され、真面に受け入れられないだろう。
だが、その後追いが現れたら?
その中で、成功者が出てしまったら?
危険やコスト抑えて、実現できると証明されたら?
その瞬間、それはジャンルや界隈となり、安定したテンプレートとなり、世間に定着する。
常道として、常識として、認識に刻まれることになる。
二人目の奇跡は、決して認めてはならない。
『目標は甲梨方面に逃走中とのことです』
「甲梨?」
てっきり丁都で衆目の下、大々的に発表するつもりだと思っていた三枝は、その進路を意外に思う。
『大回りして、攪乱するつもりとも考えられます。または一度我々を撒いて、余裕を作った後に、全世界に配信するつもりなのかもしれません』
「………動画配信サイトに彼らのアカウントを作らせないよう、クリスティアに話を通しておく必要がある、か……」
どちらにせよ、今回の事態の報告は必須となるだろう。
付け入る隙を与えるも同然であり、今から気が重い。
「指名手配は?」
『発表済みです。地上波で全国に流れています』
「分かった。また何かあったらすぐに連絡してくれ」
電話を切り、料亭の廊下を戻る三枝。
もどかしさを抑え、目の前の会食に集中する。
そちらもそちらで、国政をスムーズにする為のものであり、国民の生活と安全の為の時間。
蔑ろには出来ない。
『先程警察は、市街地での魔力使用容疑で、探偵業を営む六波羅空也容疑者の指名手配を発表しました』
「日魅在進と吾妻漆の発表は待て。名が売れた未成年と、経済界に顔が利く女だ。色々とややこしくなる」
「なんですか!やめてください!六波羅所長は不在ですって!」
「家宅捜索です。令状はこちらに」
「おいおいおい………」
宍規の嫌な予感が的中していく。
と言うより、彼に来る悪いタイプの虫の知らせは、大抵当たるのだ。
それにしても今回は、思っていた以上に状況が悪そうだ。
何しろ、お役所連中の仕事が早過ぎる。
六波羅探室へのガサ入れが、こうも早く決まるとは思っていなかった。
指名手配されたのは、つい数分前。
そこからゴリ押しに次ぐゴリ押しがなければ、こんなにもスムーズに進むわけがない。
“上”から恐ろしい圧力が掛かっている。
正気を疑うほど、権力という連中が躍起になっている。
「何に首を突っ込みやがったんだよあの野郎は……!」
慌ただしく人が行き交う警視庁内。
素知らぬ顔でその人の乱流に混じり、さりげなく情報を収拾していく。
「ガキの命とか、そういう面倒をこっちに寄越すんじゃねえよ……!」
出来ればこんなこと、やりたくはない。
知らなければどれほど良かったかと、頭の中でこの1、2時間ほど、何度繰り返したことだろうか。
あの少年と関わったことが間違いだったか。
いや、そもそも今回は、元後輩の探偵からの持ち込みである。
職場から居なくなった時点で、もっと早く縁を切っておくべきだった。
それ以前に、あの男が警察だった頃、面倒を見てやるべきではなかった。
先に立たない後悔ばかり、塔のように積み上げて、不機嫌な顔のままで歩き、
ふと、10m先の曲がり角から現れた男が、彼の方を見た。
そいつは左手で耳を押さえて、如何にもインカムで誰かと通話中だった。
宍規は目礼をする。
だが男は反応を返さず、真っ直ぐ向かってくる。
彼は内ポケットから端末を取り出し、今電話が来たから人混みから離れる、という様子を装いながら、少しだけ引き返す。
そちらの先で、別の一人が同じようなポーズを取りながら、彼へと足を向ける。
目の前の角を曲がった瞬間、早足に移行。
人の壁で出来るだけ相手の視界から外れながら、するりと非常階段に滑り込む。
そのまま急いで下に降りるが、反響が下から複数の足音を届かせる。
手摺から乗り出して下を覗くと、数人が登って来ているのが見える。
すぐに上を目指し、さっきとは別の階に出ようとする。
先程まで居た階のドアが開いた時、彼はまだその一つ上の踊り場だった。
見られていないうちに隠れるということが出来なくなった。
不審に思われるかも、だとかを構う必要がなくなり、全力で駆け上り、真っ先に着いたドアの向こうに出る。
彼の居場所は共有されているらしく、どちらを向いても複数人が走って来ている。
すぐそこにあったドアから部屋に入り、中の椅子を使って開かないようつっかえさせる。
そのまま簡易的なバリケードを構築していたが、
外から叩かれ、数人で体当たりされているらしいドアを見て、投げ遣りな笑いが出てしまった。
「こりゃあ、無理だな……」
21時57分。
宍規周弼、警視庁内で身柄拘束。




