2061/8/30 20:00~21:00
「現状はどうなってる?」
移動中の車内、三枝は国家公安委員長に連絡を入れる。
『検問の位置や全国道路監視システムをある程度把握されているようです。中々引っ掛かりません』
「警察内部に協力者が居る可能性は?」
『否定できません。現在、監察部に探らせています』
「急いでくれ」
彼は今日、明日の予定をキャンセル出来ない。
「何か起こっている」こと自体を、察知させてはいけないのだ。
国民にも、諸外国にも。
自由になるのは深夜から早朝にかけて。
それまでは拘束されているに等しい。
「出来れば今日は眠れるとありがたいんだがね」
『善処します』
「総理」
隣の席で電話やメール応対をしていた秘書が、そこで横から報を入れる。
「外務大臣からです。クリスティア政府から至急連絡が欲しいと」
「早速来たか。流石の目敏さだな……防衛大臣の方は?」
「最低限の配備完了とのことです」
「すぐに出してくれ。市街地での魔力使用も許可する。徹底、徹底して事に当たるようにと」
「承りました」
『ヨクケン03、HQ、総理からの下命を確認。作戦開始、作戦開始。魔力使用は無制限を想定』
「了解、追跡を開始する」
「今、一部地域の監視が不自然に空けられてやがる。俺達“窟外”にも待機命令が出やがった。何か別の、潜行者を使った戦力が、そっちを追い始めたってこった。奴さん魔法戦を始める気だぞ」
「まだだよトリ君。向こうから頭を下げてくるまで、手を出しちゃだぁめ」
「所長!そこから西に道なり、无州線沿いに行ってください!」
「恭子ちゃん!これもしかしなくとも、山から山を経由させようとしてない!?」
『直接入るより西回りで甲梨県を経由した方が気付かれにくいですよ!』
「急がば回れって!?」
『どっちにしろ最短経路は既に塞がれてましたから!』
周囲の景色は、どことなくノスタルジックなものに変わっていった。
昼間、朗らかな陽の下なら、もっと長閑でリラックスできる景観だったかもしれない。
けれど、もう本格的な夜時間となり、民家も緑も多くなってきたことで、街灯以外の光源がほぼ無くなって、今はのっぺりとした暗幕でしかない。
それはそうと、運転している六波羅さんの方から、凄い話が聞こえてきた。
助手の玖米島恭子さんのことを、六波羅さんは「六波羅探室の台所番」とか呼んでたけど、そういう次元じゃないだろこれ!
「それって!ちゃんとした道路あるんですか!?」
『最悪バイクは捨ててください!』
「まあ二人を俺が抱えればいけるか…!」
「本当に切羽詰まったら俺を置いてってもらえれば大丈夫です!」
佑人君の存在が重要だ。
この子さえ着けば、盤面を丸ごとリセット出来る!
「依頼内容は『お二人とも無事に』、です!お願いされたって連れていきますからね!」
「いやでも——」
「!なんだ!?」
そこで彼が何かを察知!
ほぼ同時に俺も魔力と魔素の気配に気付く!
いつからこんな近くに……上!上から降ってきたのか!
大きさは自動車を優に超え、体色は黒に近く目立たない!
降下してから翼を畳み、屋根伝いに跳んで追う!
「総理派の追手か!」
「見つかった!?」
「どうやらそのようです!頭を低くしてください!」
六波羅さんは長めの直線に入った一瞬だけ両手を放し、
「“無量の名を称えよ”!」
コおン……!
完全詠唱!
プッツンプッツンプッツンプッツン
プッツンプッツンプッツンプッツン
ンタッンタッンタッンタッ
ンタッンタッンタッンタッ
「お、おにいちゃん!おとがっ!すっげーたのしいっ!」
「佑人君は頭を下げてて!」
ビートで身体能力の底上げをし、耐呪の加護も与えてくれる。
犬の上から、何やらブツブツとした声。
顔を持った火の玉みたいなのが、俺達目掛けて群がって、
六波羅さんの一音で消される!
それが直接的な攻撃なのか、呪いによる浸透効果なのかは分からないが、彼の能力が上回っている!
ブンブンブンブンブンブンブンブン
ブンブンブンブンブンブンブンブン
ブンブンブンブンブンブンブンブン
ブンブンブンブンブン
っカッ
遠隔魔法の尽くが弾かれる!
追跡者達の魔の手が退けられる!
その時、闇を駆ける獣が吠えた!
狼の如く、遠くへ響かせた!
「来ます!掴まって!」
斜め四方から接近!
前2匹が同じ道路に降りて、少し前を並走!
後ろ2匹がバイクの後端に喰らい付こうとして、後ろ蹴りで押しやられる!
前方を固める2体、その上に騎乗した黒ずくめが光る丸盾と棒を起動!
片方が体を横にして道を塞ぐ!
「舌を噛まないようにっ!」
ポォンッ!
ビートを合わせてバイクを跳ね上げる!
その下から棒が突き上げてくる!
六波羅さんはそれを読んで、既に車体を右に傾けている!
チカチカ点滅する経文めいたものを纏った脚で、下からの攻撃を捌き切る!
目の前から飛び掛かるもう1匹!
「FALL!」
今用意できる少ない魔力の一部を爆破!
そいつの頭を上から押さえつける!
「ひゅ、ぅぅぅううう…っ!」
騎乗者がそれを踏み台にしてサイドカーに取り付く!
「ひゅ、おおおぉぉぉ…っ!」
身体強化!
一瞬、肉体強度度外視で!
振り下ろされた棒をダンジョンケーブルで受け止める!
青白い電流が流れ、シールドがバチバチと体表で手持ち花火を噴く!
ビートを乗せた蹴りでそれを横から振り落とそうとする六波羅さん!
盾で受けられ、弾き返される!
俺は少しずつケーブルを緩め、相手の攻撃を左に流し、開いた胴に魔力爆破!
吹き飛んだそいつは一回転し、下に滑り込んだ1匹にひらりと乗り直す!
バイクがガタガタと着地!
逃走再開!
強い…!
魔素濃度が低い、魔素という通り道が小さい環境で、戦う相手として最悪だ!
——待てよ…っ!?
魔素が小さい?
狭い、だって?
壁を蹴って再度前に回り込む1匹。
4匹が先程と同じような配置について、ぴったりと固めてくる!
そして今度は、ジワジワと間を縮めていって、掴むように密着してくる!
変身者がバイクに噛みつき、揺れを最小化。
その状態で、ライダー達が盾と棒で殴りつけてくる!
ビートとシールドの守りで受けるも、徐々に削れていってしまう!
供給やコアの交換が追い着かない!
そうでなくとも時間を掛け過ぎると、バイクが咬合に耐えられずバラされる!
腕が折れるのを覚悟で後ろからの一撃をケーブルで防ぎ、前に魔力を発射!
盾で防がれ、棒が突かれる!
それが視界の中で大きくなっていくのを見ながら、
俺は没入。
「ぴ、ぃぃぃいいいいいい……っ!」
呼吸で“向こう側”にエネルギーを発生させ、こっちに持ってくる。
「ひょ、おおおぉぉぉぉぉぉ……っ!」
ただし、俺の回路からじゃない。
「!?」
敵の腹の横から魔力が噴出。
それは敵自身の魔力も含みながら、その制御を離れ、そいつの右腕を内から叩く。
「やった…!」
出来た!
「狭い」ってことは、逆に言えばそこに隙間が存在してるってことだ!
これならダンジョン外でも「ゥアッ!?」
平衡感覚が横っ飛びに突き放される。
車体が持たず、前輪が破壊され、慣性で前に投げ出される。
空中で六波羅さんが俺達二人をキャッチ。
アスファルトを削りながら着地、走り出そうとして、けれど簡単に囲まれる。
ライダー達がボララップ発射器らしきものを構え、変身者達が少ない光量をギラつかせる牙を剥いて、
〈ギャインッ!?〉
踏み出した前脚が途中からスッパリ消滅する。
少し離れたところに、そこから先が捨てられる。
「よー!ボーズ!俺を呼び出すなんて、偉くなったもんだな!」
空中に唐突に出現するスーツ姿の一人!
一斉に襲った長柄が闇に呑み込まれ切断される!
「吾妻さん!」
「来てやったぜ!感謝しろや!」
ブーツ型魔具からジェット噴射!
前2匹を蹴り飛ばして道を開く!
飛び出した六波羅さんを追走しようとした変身者達は、俺が魔力をぶつける前に、ゲートによって欠損させられる!
「ったくよー!お互い、めんどクセーよなー!?」
彼女が一人立つだけで、動けなくなる4組。
黒い魔力の気配は、暗闇に紛れてしまう傾向があり、どこにゲートが待っているか、探知が困難なのだ。
「よえーやつ、殺さねーよーにするってよー!」
その能力をフルに使って、なんとか間に合ってくれた吾妻さんは、
取り敢えずその場の8人を、圧倒的な能力と魔力量で、無力化することから始めることにしたみたいだ。
『HQ、逃走を幇助しているディーパーの身元を特定。丁都在住、探偵事務所経営、六波羅空也。至急手配されたし』