2061/8/30 19:00~20:00
「仨々木さん!警察です!」
呼び鈴と、それからノック。
その一家に掛けられている容疑を鑑みれば、あまりに甘い処遇。
彼らが内心では腑に落ちていないと、あからさまに示す行動だった。
そこに住む一家は、例の浪川テロの実行犯グループと通じているとされ、身柄の拘束、及び長男の保護の為に、彼らが差し向けられた。
だが、テロが起こった当時、一家も巻き込まれ、もう少しで死ぬところだった筈だと、そういう話も機動隊間で流れている。
性急な動きも含めて、命令への不信感があり、それが扉を打ち破ることを躊躇わせていた。
「仨々木さーん!開けてくださーい!」
だが、彼らの声に従わないなら、実力行使するしかない。
疑問があろうと、言われたことは実行するのが、彼ら兵隊の役目だからだ。
「なんか変に思ったから」、それで持ち場を放棄するなど、命を預かる立場として、許されない怠慢である。
少し待ち、隊員同士で諦めたような目配せをし合い、“万能鍵”で蝶番を焼こうとして——
その前にガチャリと、重々しく鍵が開いた。
「はい……?」
即座にチェーンを切り、仨々木家の世帯主と思われる男性を捕縛。
「ちょ、ちょっとなんですか!?」
「警察です!あなた方にテロリストの容疑が掛かっています!」
「離して!離してください!」
人一人か二人分の幅しかない廊下を、数人の隊員が走り抜け、一室ずつ中の安全を確認。
「洗面所クリア!」
「リビングからキッチンまでクリア!」
「奥さんと息子さんは?」
「………」
「協力を故意に拒否すると、お二人とも不利になりますよ?」
「……寝室、です……」
最奥にあった扉が開けられ、ボララップ射出器や魔具を構えて順次踏み込む4人。
「きゃあっ!?な、なんです!?」
「仨々木さん、警察です」
「端末の電源を切って、ゆっくりと置いてください」
誰かと通話中だったらしい彼女は、ゆっくり頷いた後、言われた通りにする。
「クリア!」
「他には誰もいません!」
「不審物もありません!」
「………息子さんは?」
報告を聞いた一人に問われ、彼女は咄嗟に、床のスマートフォンに目を遣ってしまう。
「知り合いに、預けてます……」
「その方のお名前は?」
「………」
「仨々木さん?」
「……も、」
「も?」
「黙秘、できるんですよね……?」
「………協力を拒む、ということで宜しいでしょうか?」
彼女はガタガタと震えながらも、頑として口を割ろうとしない。
夫の方も、同様なようだった。
「本部、こちら第一突入隊。仨々木夫妻を確保。しかし長男の所在不明」
「うん!うん本当!さっきススム君が確認したって言ってたから、間違いないよ!」
「はあ?なぁにぃ?有利盤面になったから、急に冗談?その為にわざわざ電話なんて……は?マジで言ってんの?」
「助かりました!六波羅さん!」
「仕事ですから!」
サイドカーに進と佑人を乗せて、暗くなった国道を、六波羅空也はバイクで飛ばす。
「ニークトさんから依頼料は頂いています!きっちりお二人を丁都までお送りしますよ!」
「ありがとうございます!」
その時、ハンドルの中央部にセットされた端末が鳴り、待っていた情報が入ったことを知らせる。
「宍規先輩!どうですか!」
電話を取り、走行音に負けないよう、声を張り上げる。
『どうもこうもクソもヘチマもねえ!お前なにしやがった!』
「ヤバそうな感じです!?」
『こっちじゃもう誘拐事件として扱われてやがるぞ!道路監視網もフル活用で、検問も敷かれ始めた!』
「やっぱり強硬手段に出てきたか…!」
仨々木家に行くまでの間に、裏の事情を知っていて連絡可能な相手に、片っ端から状況を説明して回った、進の判断が功を奏した。
あのまま六波羅が訪ねて来ずに、家の中に留まっていたらどうなっていたか、それはさっきまで仨々木家と繋がっていた通話が、ある程度説明してくれた。
「どうしますか!?」
「こんな時の為の恭子ちゃんですからね!」
六波羅の助手は、人が隠れる場所や抜け道に、怖いくらいに精通している。
人を追わせる、または逃がすことにかけて、彼女以上の適任はそういない。
「途中で足を捨てることになるかもしれないから!走る覚悟はしておいてください!」
「分かりました!」
太陽の休息に際し、室内が燈り始めた夜景の中。
細いテールランプが、暗い道路に赤い線を引く。
その光の絵画を、マンションの上から睨み下ろす旅装。
「キャメル。間違いない。あの男の情報通り、日魅在進があの時の幼体を守っている。どうやら問題発生だ」
「そうです!来て欲しいのです!出番なのです!」
「実働部隊の現着までどのくらいだ?……急いでくれ。IIAの動きが剣呑なんだ。奴らおそらく、もうトラブルを嗅ぎつけてやがる」
「よくないんじゃないですか?こういうバレバレな接触は」
潜実大の学生舎にある、個人の自習スペースを利用中、急に上官から呼び出しを受けた乗研は、何をやらかしたか見当もつかないまま、指定された備品倉庫までやってきた。
そこで待っていた男が口にしたのは、特作班員の符牒である。
そんなところにまで人員が居て、今は総理派から睨まれていると聞いてこともあって、驚いた乗研は返事が遅れてしまった。
「私のことは総理派にも隠されている。が、ここにお前と長居していたら露見するだろう。だから手短に話す」
男が出した紙片には、簡易的な地図が描かれていた。
「覚えろ、すぐに燃やす」
「はい?」
「19:55、このルート通りに行けば監視に引っ掛からず外に出れる」
「今は国から『大人しくしてろ』って言われてんでしょう?」
「状況が変わった。総理派よりも先に、仨々木佑人を押さえろ」
「…!その名前は知ってます…!」
進が助けていた罹患者の男児。
「現在、班員である日魅在進が対象を守っており、それを総理派が追っている。警察まで動員して」
「あいつが……!?総理派がガキに血道を上げて、って、何が起こってるって言うんですか…!?」
「詳細は外に出てから連絡員に聞け」
それ以上の質問を受け付けず、男は振り返りもせずに出て行った。
「ったく、今度は何に巻き込まれてやがるんだよ、あの出しゃばりは…!」
どうせまた、大した騒ぎなのだろう。
この前の島での争奪戦と言い、ルームシェア解消で距離が開くと思ったらこれだ。
とことん面倒を持ち込んでくる。
「なかなか顔を忘れさせてくれねえ野郎だ」
彼は面倒そうに首を鳴らしながら倉庫を出て、
地図に従い右へ曲がった。