2061/8/30 18:00~19:00
「あなたは宗教法人の長、民間人です。我が国は信教の自由を保障しますが、しかし政の決定への干渉は、越権と言わざるを得ません」
『必要なら、どんな信仰でも利用するクセに?』
「はい。私はあなた方を使います。あなた方が国を使うことは、決して有り得ない」
『僕には、僕達五十妹には、防衛隊の頂点として、やるべきことがある』
「丹本の守護者の顔、看板として、鎮座することが、あなたの役です」
『それで負けたとしても?』
「我々は勝利しました」
『結果論だね。僕達が動いていなかったら、奴らはもっと好き放題やってたよ』
「そのような証拠はありません。事実として、あなたは命令違反を犯し、現在も特作構成員を匿っている。我々は事実を基に処断するのみです」
『こんな前例主義で、行動回数をフイにし続けるドン臭体質を放置してたら、いつか本当にボロ負けするよ?』
「速さ強さ、武力行使での勝利にこだわり過ぎです。それが出来る力は必要でしょう。しかしながら、それを用いずに済む場合まで、それを持ち出して手っ取り早く解決しようとする行為には、問題を増やす本末転倒さがあります」
『勝つことの何がいけない。国を護りたいなら、理想は「誰にも負けないくらい強い」ことだ。
例え他国の暴挙について、虚実綯い交ぜの情報が入っても、国がちゃんと強かったら、大上段で構えられる。国民の安心は安定に繋がり、それが国の強さを下支えする。
全ての敵からみんなを守る、それが出来るって信じさせてくれる強さが、平和を作る。その為には、いざという時に実演しないといけない。これ以上ないくらい、コテンパンに。
政治は、国際関係は、いつだって戦いだ。ヌルいやり方で足元を掬われるくらいなら、多少鼻を抓まれたところで、徹底的に叩き潰す方がいい』
「その後はどうなります?鼻を抓まれた者に、未来があるとでも?」
『首を刎ねられ焼かれるよりはね』
「物事を、可能性を単純化し過ぎです。択が限定された乱数の中でしか通用しない理論。ゲーム脳過ぎるのですよ、あなたは。相手はCPUではなく、人間の感情です。侵略されるか殲滅するか、その間に、幾らでも道は存在する」
『相手にその気があれば、だろう?』
「相手になくとも、国際社会は別です。彼らから見て、より穏当な手段がある時、それを取らない者は危険分子と見られ、世界の敵として見捨てられる。他の全てのご機嫌を取りながら、敵と戦う必要があるのです」
『そんなの、文化も事情も現場も大して知らない、遠い異国のニワカ軍師の戯言だ』
「その戯言すら味方につけなければ、生き残ることができないのが我が国です。世界中を敵に回して国民を守り切れるほど、我が国は強くありません」
『そこで生き残れるほどの圧倒的強さがあれば、国民を切り捨てずに済むんじゃないかな?』
「それで?どこまで目指しますか?どこまで高めるおつもりですか?プログラムと違い、数字で勝っても負けることがあります。その数字は使わなければ永遠に残ってくれる、というわけでもありません。チェックシートを埋めても、必ずバッド・ルートを回避できるわけでもない。
特別室長。あなたは口では『万が一を起こさない為』と言いながら、その『万が一』を待っている。自分が持つ最強の戦力を、使いたくてしようがないだけです。
しかし人の本懐は、生き残ることです。政治の本懐は、勝つことではなく、敵を作らんことなのです。
ダンジョン中心に偏重した武闘派手法の限界は、既に先の大戦で明らかにされています。国際協調という、戦いを『起こさせない』為の武器が、現代には求められているのです。
そしてそれを達成するには、我々がルールを守る者でなければなりません。付き合おうとする相手から見て、安定感が、信頼感が無ければ、協力関係など望めません」
『うちの隊員にちょっかいをかけてるのも、その一環かい?協調路線とやらの為に、彼を売るつもりじゃないだろうね?』
「まさか。言ったでしょう。軍事という最終手段自体は、不可欠なものです。手放す気はありません。ただその大きさ、激しさは、我々の掌中に収まるものでなければならない。
潜行者という武人による統治の限界が見えた以上、武断政治の代替を求めるしかありません。乃ち文民統制、文民統制です。武力と経済、脅威と利益、その双方をバランス良く感じさせなければ、生き残れません」
『弱小国の言い訳に聞こえるね。クリスティアほど大きく強くなれば、その地位を確固たるものに出来るのに、遠回しをするしかないから、強がって見せてるだけだろう?』
「その結果、クリスティアは全世界の問題と直面、疲弊し、戦争を仕掛けられないだけで、頻繁にテロの標的にされています。強過ぎた結果、槍玉に挙げられ続け、全てを抱え込んでいる。
正義のヒーローが現実にいれば、強さだけ求めればいいのでしょう。けれどこの世界では、そんな者は存在せず、理想が生き残るとは限りません。
『“強さ”とは何ぞや』。それに答えられる人間も、居はしないでしょう。適者生存、適者生存ですよ。何でも兼ね備える国こそ、最後まで生き残る国なのです」
『だから、他国の尻馬に乗るってことかい?』
「尻馬大いに結構!彼らの陰で私服を肥やしながら、問題が起きた時の責任も、メインに譲ればいいのです。出る杭よりも、打たれるリスクを格段に減らせ——失礼」
『ああ、うん、どうぞ?』
「………なに?」
『何か問題?』
「………申し訳ない。火急の用件です。すぐ戻ります」
『え?なん——
「内丙に即応できる者は?……遅いな。管轄の機動隊に連絡しろ」
「ご依頼をしたい!そうです!今すぐに!」
「ちょっとクミちゃん?今総理と……え?日魅在君から?」
「はい!はい!これから確かめます!なので……はい!お願いします!」
インターホンを鳴らし、返事を待つ。
『は……はい……』
消え入りそうな声が、スピーカーからそっと押し出される。
「僕です…!日魅在です…!」
『い、今開けます…っ!』
足音がして、すぐに玄関が狭く開かれ、外を気にしながら、男の人が顔を出す。
頷き合い、中に通してもらう。
「佑人君は?」
「こっちに…!」
奥まで通されると、リビングらしい部屋があり、そこで佑人君が、女の人に抱き寄せられていた。
「あっ、おにいちゃん!」
「久しぶり、佑人君」
見たところ、見て分かる異変はない。
特別な痛みを感じている、とかでもなさそう。
「佑人君、ちょっと聞いていいかな?」
「うん、なあに?」
「手から、赤い光が出せるんだって?」
「うん、そうだよ!みてて!」
彼が右手を翳すと、その先からじわりと赤い色が流れ出し、一つの球となる。
それは放れた後、隅にあった扇風機に当たり、ガタリと音を立ててズラす。
佑人君のお父さんが息を呑み、お母さんが、その腕の力を強めたのを感じる。
二人から視線で問われ、頷く。
「間違いありません。佑人君は魔力を使っています」
「……っ!」
「佑人君、それ、いつからやれるか分かる?どんな感じでやってるの?」
「えーと、このまえね、まちでね、こわいひとがいてね、まただな、おんなじだなっておもってね」
テロに巻き込まれた時、人質にされた去年のことを思い出した、ということだろう。
「ぼく、こわくて、だから、えっとね、おにいちゃんのこと、かんがえたんだ。おにいちゃんがやってくれた、あの、まほう、おもいだして、すごかったなーっておもって、それでね、えっと、ふわふわしてたなーってゆーのをね、さわったらかぜみたいだったなーってね、おもって、そしたら、ピカッって……」
あの時の、魔力を使ったお手玉か!
魔学回路に、俺の纏まった魔力が干渉する、通ることで、何か刺激されたのか?
「佑人君は凄いね」
「え?えへへ~、そうかなぁ?」
彼らを襲ったテロの実行犯は、赤い光によって制圧されたらしい。
佑人君は、自分の力で家族を守ったのだ。
その勇気が、巨大な可能性をこじ開けようとしている!
「すいません。至急確認したいことがあるんですけど」
彼の頭を撫でながら、ご両親に向き直る。
「僕以外の誰かに、この話を——」
そこでインターホンが鳴った。