661.それは話が変わってくるでしょ! part2
「頼るったって、だからこれ、詳しい話をしちゃ、いけないヤツで……」
「そういうことを満16歳の小童に背負わせるな、というのもあるがな」
「お前、今みたいな話を、例えば教師とかにしたか?」、
先生に?
何を言ってるんだか。
今が一番忙しい時期だってのに。
「ほれぇ、それじゃよ。子ども風情が大人様に気を遣い過ぎじゃ」
「いや、あっちは社会を支えてるんだから、ピンボケした相談で時間潰す余裕とかないでしょ……」
「若人に道を示す以上の役なぞそうはないわ。今まさに切った張ったをやってるわけでもなしに」
それはなんか、大袈裟に言い過ぎじゃない?
「あのなあ。社会やら何やらを支えるのは、将来のお前達だって一緒だろうが。理想の国を作りたいなら、子どもを教育してやる以上に効果的なやり方があるか?」
彼らという土台が消えた後、入れ替わりで敷かれる土。
それが若年と呼ばれる層。
どれだけ外側や後付け機能にこだわったところで、新しく入れる土壌をぞんざいに扱っていたら、全て骨折り損だとじいちゃんは言う。
「教育ってのは、国造りじゃろ。田畑を肥えさせるのと同じだ。設備だけ良くても、土に栄養が無いと、育つもんも育たなくなる。若いモンの悩みと向き合うってのは、それだけ優先度の高い営みなんじゃよ」
人間の仕事は、迷うことだ。
迷いながらも進み、自分が迷っていることは忘れない。それを続けることだ。
若者は、「迷い方」を知らない。
迷うと止まってしまうし、進む為に迷いを忘れようとする。
迷った時の歩き方を、これから多くを支える者達に教えてやる。
それが大人の役目。
だから、迷った若者から相談される時こそ、大人の真価を発揮するタイミング。
新世代育成こそ、成人達の主戦場。
「若者があれこれ迷ってるのを見て、イラつく大人ほどみっともないものはない。人間みんな迷ってナンボ。よりスマートに迷い歩く為に、幼い頃から迷う経験を積む。それが堅実な成長ってもんじゃろうが」
じいちゃんは俺を、迷う経験は豊富だけど、迷い方が不器用過ぎる奴だと言った。
迷った時に、やり方を知る人に聞く、それが不得手だから、そんなアンバランスになっているのだと。
「洒落た迷い方の一つも知らねえで、なぁにを、一端の思想家を気取ってやがるんだ。だいたいじゃなあ、もっと根本的な話をすんなら、子どもってのはスクスク健康に育つだけでも社会貢献じゃよ。
それをお前、その歳で金稼いで税金払ってるじゃとう?異常なくらい立派じゃよ。
そんなお前が、『貢献してる人に迷惑かも』とか抜かしとるんじゃないわい!仮に貢献が足りないような気がするなら、尚更大人を頼って足回りを強固にしておくことじゃな!
上手い迷い方が出来んヤツは、根本が弱くて誰も支えられんままじゃぞ?将来的には余計に迷惑じゃわい!」
確かに、子どもは大人に支えられるものなんだろうけど、でもそれを言うなら、今も充分、色んなやり方で負担を掛けてる状態で——
「若い奴は極端に見たがるもんじゃのう。0か100か、正か負か、常に2択で考えたがる。だが世の中ってのは、もっとややこしく出来ているものじゃ。お前の笑顔の裏に誰かの苦労があるってことは、誰かの苦労の結実がお前の笑顔ってことにもなるじゃろうが」
「誰か」が報われる為には、俺が笑っているのが一番いい。
そういうことが、世の中には沢山ある。
「子どもと大人に限らず、世の中は助け合い支え合い、与え合いに施し合いじゃ。それらのマイナスに感じる部分だけを抜き出して、『僕を支えると損するからやめた方がいい』なんてのは、人の想いややりがいを奪うだけの傲慢じゃ」
今、ここで大人に頼り、負担を掛けることが、その大人達に、プラスに働くことがある。
それは後々そうなるかもしれないし、その場で既に与えられているのかもしれない。
じいちゃんが断言したのは、子どもは社会を支える前に、リソースを“成長”に注ぎ込むべきだってこと。
未熟なままで背負ってグラつくより、強い自分へと鍛え上げてから、これまで頼っていた相手ごと持ち上げればいい。
「『成長』することが、一番の貢献じゃよ。その為に使えるものは、全て使うべきじゃ。人との繋がりも含めてな」
俺が世の中の為を思うなら、自分を限界まで育たせるべき。
それがじいちゃんの理論。
「世の中、お前には出来ないことだらけじゃ。それはこの先も大して変わらず、だから何を選ぶか、何をすべきかで迷う時が幾らでも来る。そこで、どこまでやれるのか挑戦してみたくなるのが、男ってもんじゃ」
迷いながら進むことを覚える為に、色々な迷い方を試す。
自分の中の全力を出すことで、自分の限界や、心の底から欲しいもの、本当に手放したくないもの、目指している先を見る。
そうやって地形情報を取り込むことで、迷っていても進むことができる。
それが、良い迷い方を習う、ってこと。
「まあ勿論、やり過ぎというラインはあるじゃろうし、それを見誤ることもあるじゃろう。時には法や倫理が、お前に相応しい罰を与えるじゃろう」
けれどそれは、彼の役目ではないのだと言う。
彼はただ、迷い疲れた時に、一つの導をくれるだけ。
「進む先は、お前自身が決めることじゃ。じゃからワシは、お前の寄る辺となる。お前がどこに行っても、何をしても、少なくともワシだけは、お前の帰りを待っていてやる」
迷いが深くなった時、立ち戻ることが助けとなる。
そういうこともある。
俺が思う存分迷えるように、セーフティーネットで居てくれると、じいちゃんはそう言っているのだ。
「………ありがとな、じいちゃん」
「礼を言われるようなことじゃあないわい」
「それでも、俺が言いたいからさ」
この人は本当に、どうして俺に、ここまで良くしてくれるのか。
どうしてこんなに、俺にとって、かけがえのない存在で居てくれるのか。
「じいちゃん、先生か何かだった?」
「さてな。昔のことはもう忘れたわい」
互いに照れ隠しの応酬。
それによって場の空気を流し、楽しい食卓に戻そうとする。
迷い方を、学ぶ、か。
シャン先生は、今は話なんて出来ない状態だけど、星宿先生とかなら、会話はできる。
五十嵐さん達も、こっちからなら、連絡が取れる。
今度、出来るだけ話を整理して、意見を貰いに行こう。
あの人達がどうやって進んでいるのか、それを聞かせてもらいに行こう。
「ごちそうさま」の後、食後のぼんやりとした時間で、そんなことを考えていたら、
ポケットの震えに驚いて目が冴えた。
電話だ。
だけど、知らない番号である。
なんかの詐欺かもと警戒しつつ、検索しても特に引っ掛からなかったので、取り敢えず出てみる。
「はい、もしも」『ああっ!良かった!出てくれた!』
女の人の声だ。
盛り上がって、って言うか何なら感極まってる感じなところ、恐縮なんだけど、
えっとぉ……、本当に誰だっけぇ……?
「あのぉ……」
『あっ!すいません!あの、私、仨々木です…!その節は大変お世話に…!』
「あ、ああ!佑人君の!」
いつぞやのダンジョン立て籠もり事件で、人質にされた男の子のお母さんだ。
そう言えば、親子のやり取りを配信に乗せてしまったから、何かそれでトラブルに巻き込まれるかもしれなくて、何かあった時は責任を取りますって、シャン先生と一緒に連絡先を渡していたんだっけ。
「お久しぶりです。佑人君は元気ですか?」
『あの、実は……その、佑人のことなんですが……』
不思議な聞き心地だった。
沈んでいるようで、上擦っていて、
緊張して重々しく、だけど一語一語を急いているみたいに。
「な、なにかあったんですか…?」
『なにか……なん、なのか、私もまだ、ちゃんとは分かっていないんですけど…!』
彼女の後ろから、男の人らしき話し声が届く。
そっちも別のところに電話を掛けているのだろうか。
興奮した様子で何かを説明している空気を感じる。
俺も段々、相手をせっつくような話し方になってしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
『混乱、してるんです…!あの、佑人と、例の、先日の、あの事件に、』
「浪川事変に?」
『そうなんです、私あの時、死んじゃうんだって思って、でも、私達に武器を向けた、怖い人を、誰かが倒してくれて、』
「良かった…!機動隊の助けが間に合ったんですね?」
『それなんです。警察の方が言うには、彼らは何もしてなくて、でも佑人が、赤い光を見た、って』
「赤い光?魔力光、なわけないか。ってことは魔法?」
『で、それで、今日、さっき、夕食の後のことで、一人で遊んでいた佑人が急に、大慌てで、私達に駆け寄ってきて』
「なにか思い出したんですかっ?」
『出た、って』
「…?出た?っていうのは——」
『今、手から、赤い光が出た、って!』
膝立ちになっていた俺は、床を叩いて立ち上がった。
思わずやってしまった動作だった。
「待ってください?え、佑人君は、今、今はどうなんです?赤い光、まだ手から、出てます?」
『さっきから、何度も…!私達には見えないんですけど、離れたところのものを、ちょっと動かしたりとか、そういうことをやっていて…!』
「まっ!まっまっまっ、待って!ちょっとストップして!えっ、その光を使って、手で触れずに、物を動かした?」
『そうなんです!私もう、何がなんだか…!それで、あの、私、こういう事に詳しそうな人、つまり、漏魔症をよく知ってそうな人を、ほとんど知らなくって…!』
「すいません!今すぐそちらに伺う事って出来ますか!?」
いつでも潜行に繰り出せるよう、グッズ一式を詰め込んだリュックサックを引っ張り上げて背負い、玄関を目指して早足で駆ける。
『はい…!出来れば、すぐにでも、その、調べて頂きたくって…!』
「住所を教えてください!今から行きます!」
ドアの前でじいちゃんに振り返る。
「ごめん!ちょっと出てくる!」
「おーん?腹ごしらえはいいのか?」
「それを言うなら“腹ごなし”!『腹ごしらえ』だと食前だろ!」
「食っていかんのか」、とかトボけるじいちゃんに手だけを振って別れを告げ、聞いた住所を地図アプリに打ち込んで、最短の路線を調べながらまた走り出す。
歩きスマホなんだけど、そんなこと気にしていられなかった。
他の人間には見えない光を、手から出して物を動かした。
「赤い光」。
俺があの“奇械転”内で見た、佑人君の魔力も、確か赤系統の色だった。
それに彼の漏魔症は、右手に魔学孔が集中しているタイプ。
魔力光。
佑人君がそれを見ていることも驚きだが、もっと重要なのは、物を動かすほどのエネルギーを持たせている、という点。
魔力を固めて、撃ち出して、任意の対象に干渉する。
体外魔力操作!
しかも、ダンジョンの外で、それだけの塊を作れるほど!
もし本当に、佑人君がそれを可能にしたって言うなら、
前提が覆る!
漏魔症候群の常識が変わる!
漏魔症罹患者は、“誰でも”魔力を操作できる!
総理のロジックの突破口にもなる!
2000年の呪いを、終わらせられる、ってことだ!




