661.それは話が変わってくるでしょ! part1
「辛気臭いツラ構えしとるんじゃないわい!メシがマズくなる!」
「あ、うん、ごめん……」
8月と共に、夏休みもそろそろ終わり。
俺は居住区へと帰って来ていた。
里帰りというのもそうなんだけど、世間的な漏魔症隔離の機運が、またしても高まってきてしまい、俺が学園に居ることで、波風が立ちそうだったのもある。
総理への返事は、保留にしてある。
お願いしてから、先延ばしなんて出来ないかという諦観が湧いたが、意外にも了承してくれた。
あんなに直接的な働きかけがあって、五十嵐さんが気付かないわけがないから、「五十妹から何か言われる前に」と、即決を求められると思っていた。
そして実際には、特作班の方から何も言われないところを見ると、そっちも何か対策済みなのだろう。
俺は既に、年貢の納め時だったわけだ。
大人って、政治家ってコエーな。
戦う理由の全てを取り上げられて、抵抗することさえ出来ないようにされてるんだから。
あの人はマジで、全員から代償を徴収して、全員に「まあこれだけくれるなら我慢するか……」と思わせることにかけて、右に出るものがいない名手だ。
並大抵の調整力じゃない。
俺の中で、少なくとも戦意みたいなものは、ポッキリいっていた。
ただ、なんだか釈然としないという、ガキっぽい思いだけが残った。
「それを消化するまで待ってやる」、という意図の猶予なのだろう。
手強い…!手強すぎる…!
「敵にならない」ってのを徹底されると、こんなにやりにくいのか…!
(((ススムくんは、単純一直線ですからね)))
(政治家だけにはなるまいと決めた)
あんなふうに清濁、って言うか味が微妙に違うだけの、多様性に溢れた“濁流”を併せ呑むなんて、一生真似できそうにない。
よく頭がおかしくならないものだ。
いや、あれはなってるのか。
自分があの狂った結論を、「理に適っている」と思い始めてることに、そこで気付いて寒気を覚えた。
反論できるとしたら、「漏魔症罹患者が他とは違う」というロジックの根本。
「漏魔症は魔力を操作できない」、という部分。
「ここに反例がいます」、と言い張るくらい。
でも確認できるのが、たった一例だけ。
それもカンナという、例外から手足が生えたような奴の影響で、可能となったこと。
俺がやられたみたいな、「魔力全体の感度にチクチクする」、とかいう手法は、どうやって再現すればいいのか分からない。
あとは……、罹患者をそんなに危険な環境に突っ込ませて、“消費”が“供給”に追い着かないんじゃないのか、みたいな……
ああでも、漏魔症同士に子どもを産ませて、すぐダンジョンに連れてって、無理矢理ディーパーか漏魔症のどっちかにするみたいな、選別の儀式を受けさせる仕組みを作っちゃえばいいのか。
漏魔症が人間じゃないんだから、その子どもも当然そうで、ディーパーになるチャンスを逃せば、後は道具として——
駄目だ。
心はずっと「厭だ」って拒否反応起こしてんのに、頭が勝手に向こう側の正当性を組み立てやがる。
俺は、
俺は負けたんだ。
現実との戦いの末に、俺の頭は完膚なきまでに敗北を認めたんだ。
この構造をどうにかする類の強さを、俺は持っていなかったんだ。
ガキがそれっぽい言葉並べて、直感だけで「間違いだ」って言ったところで、そこにはなんの正しさもない。
「気持ち悪い」ことは、“悪”の証明にならない。
それはただの感想文だ。
俺はもう、「感想」以外で、あの人と戦う武器を持ってなくてガリィッ!!
「あっ」
「おいこら」
気付いたら、箸の先端を噛み砕いていた。
破砕という形で、“悔しさ”が可視化されたことで、意識の表層に出ている以上に、それが深いということを知る。
「ご、ごめーん……」
「まったく……」
折角いつものスペシャルセットを作ってくれたのに、美味しく食べられないどころか、食器を噛み砕くなんて。
茂三じいちゃんに申し訳が立たないことばかりだ。
ただでさえ、最近疲れやすくなって、動くのさえ辛い日もあるって言ってたのに………
「おい、まあた変な遠慮しとるじゃろ」
「げ……!?」
何故分かる!?
「いつでもヨボついてると思ったら大間違いじゃ!今日みたいに調子が最高に良い時だってある!」
「元気なじいさんだね……」
その調子であと100年くらい生きてくれ。
「遠慮ついでにお前、一人でウジウジ悩んどるじゃろ」
「そうだけど、今回は、そうするしかない理由があるからで……」
機密に触れることばっかりなんで、誰にも言えないんですぅ。
「ふん、年寄りをナメるな!ボッケボケに抽象化されたとしても、この身に溢れんばかりの年の功で、悩みがたちどころに消える一言をくれてやるわ!」
「『年の功』って溢れるものなの……?…んー……、自分がどこまで欲張れるか、欲張りたいかが分からない、みたいな?」
「ボンヤリし過ぎじゃろ!」
「やっぱダメじゃねえかボケジジイ!」
案の定だよ!
「もうちょい具体的な話をせんか!ほれ!」
「俺のバランス感覚頼みかよ。相談する側の負担えげつ過ぎだろ」
もうちょい解像度を上げて……あー………
「何だろうなあ。目の前の道を行けば、『自分がこれだけはやりたい!』ってことは満たされてて、2番目以降は、色々捨てないといけなんだけど……、こう、俺的には全部できるようになるのが理想、ってまあ当たり前か」
総理の手駒となって、暗闘中心になるなら、学園とか、配信とか、そういうのは手放すしかない。
何より、漏魔症という枠を破壊するっていう、夢の一つはスッパリ諦めることになる。
ただ、それら全部を満たそうとすると、道なんて無い上に、色んな人に迷惑だ。
「俺が欲しいもの全部取ろうとしたら、空を飛ぶしかないんだよ。まあ魔法とか置いとくと、人間には普通は無理な進み方で、実現にはスッゲーコストが掛かるし、『一番やりたいこと』すら危うくなっちゃうし。
しかも、飛行機作って、飛ばすとして、それやってる途中でいっつも、他の人にとばっちり食らわせまくることになるって言うか」
どこかから資源を取ってきて、土地を占拠して機体を作って、燃料を工面して滑走路も敷いて。
それらは、「一番」を手に入れる為の準備や被害じゃない。
最低限は保証されてるのに、それ以外もそこそこ妥協出来る範囲なのに、「もっと欲しい」って色んなものを巻き込むのは、それってどうなんだ?と思わずにはいられない。
カンナと一緒に戦えるし、大事な人達の安全を守れもする。
独り立ちして、自分の面倒を自分で見れる生活でもある。
社会も安定するし、犠牲にされる人達だって、相応の因果やメリットがある。
「なんか気に食わない」ってだけで、それ全部不安定にして、道から外れて空中に突っ込む。
それって、どうなんだ?
良いかどうかで言ったら、ダメだろうってのは分かる。
じゃあ、俺はそれをやりたいのか?
そこまでして、なのか?
「一番」を危険に晒すリスクを取ってまで、
飛ぶのか?飛びたいのか?
あの人と戦って、勝てると思ってるのか?
って言うか、勝っていいのか?
戦って、いいのか?
「ほおれ、やっぱりくだらん悩みじゃ」
「だあっ!?おい!さんざん聞いといてそりゃないよ!」
「くだらんもんをくだらんと言って何が悪い。あのなあススム——」
——お前全然、人を頼れてないぞ




