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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十三章:呪いが解ける時

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660.か、勝てない…! part2

「そして、思いやりのある味方が、彼らの攻撃によって脱落していくと、残るのは味方の振りをした搾取者、搾取者だけだった」

 

 漏魔症人権回復運動は、「国と戦う者達」という物語にひたり、敵を政府機関とさだめ、反社会的集団、組織と結びついてしまう。

 彼らの金稼ぎの為になる行動を、自分から熱心にやってくれる、なんともやりやすいカモなべ達。


 漏魔症も、

 それを助ける者達も、

 その名声は地に落ちた。


 漏魔症罹患者とは、罪人の代名詞となった。

 罹患者が集会を開くだけで、それは犯罪相談だと見られるようになった。

 

 漏魔症関連の組織は白い目で見られ、大きく衰退、或いは解体されていった。


 今や“シノギ”として使う目的以外に、彼らの支援を叫ぶ者は、ほとんど存在しない。


「それはっ!」

 

 三枝が進を見る目には、痛ましさが差していた。

 

「それは、声が大きい、少数の人が、目立ち過ぎて…!」


 この少年は、とても努力家で、勤勉だ。

 だからこそ、分からないのだろう。

 「海の底より深い悪」としての、“怠惰”という病のことを。


「居住区への隔離が、法律上強制でなくなった時、どれだけの罹患者が、転居申請をしたか、知っているかね?」


 自分の足で歩きつつ、時には人に頼り、時には大きな力に助けられる。

 それが進にとっての普通だ。

 だから時間と共に、その数は増えていっている筈だった。


「今日まで累計で、およそ3000件程度。そのうち9割強が、別の居住区や、同居住区内の別の部屋への転居を望んだケースだ」


 丹本国内に1000万人。

 なのに半世紀あって、外に出ようとしたのが、2~300件。


 素行等の問題で受理されなかったものや、後に出戻ったものを除くと、50件もいかない。


 年に1度あれば驚くような、極めて稀な事象。


「漏魔症罹患者というレッテルを外し、ただの人になる。それを彼ら自身が、望んでいないのだよ」


 少なくとも、後から「実はこう思ってました」なんて言われたとしても、通らない。

 

 主張は声の大きい過激派に任せ、自分達は行動として、「誰にも貢献しない」、「偏見から抜けようとはしない」、という意思表示をして見せた。


 ならばそれは、丹本という国のシステム上、「そういう意見表明」として受理される。

 それ以外に、理解のしようがないからだ。


「君にも心当たりが、ないわけでもないだろう?君が潜行者として稼ぐことを、居住区の者達は歓迎しただろうか?」


 進の顔が蒼褪あおざめる。

 身に覚えがあると、そう答えているも同然。


 漏魔症の身で彼が成功すると、支援金不要論が生じてしまう。

 進の成功を最も憎んでいたのは、「漏魔症は成功できない」という神話を守りたかったのは、罹患者側のコミュニティだった。


「君の居住区の職員が、祖父母そふぼぎみからの手紙を握り潰した、嫌がらせの件もそうだ」

「え…、え……?は……?」

「当該職員からの聞き取りで、あれは住民から頼まれたことだと、そう判明した。君の心を折る為だと」

 

 職員からすると、罹患者達は反社集団のように見えている。

 だから集団で詰め寄られ、執拗に要求されて、つい「これくらいなら」と従ってしまったのだろう。


「自立支援は、彼らの意にそぐわぬものだった。彼ら罹患者は、人間になりたくなどないんだ」


 進の背が落下するみたいに部屋の一面にぶつかり、叩きつけたかのような鋭く渇いた衝撃が響く。

 ひじをつき船をいでいた、麦わら帽子が「うぁっ?」と意識を戻す。


「彼らは今の地位を気に入っているんだよ。悲劇の主人公で居ることを許される、今の世の中が」


 彼は、何かに当たり散らしたかったのではない。

 ただ、卒倒そっとうしそうになったのだろう。

 壁に貼り付いて体を支える両腕が、それを如実にょじつに語っている。


「だがね。何の貢献の意思もないどころか、反社会的組織の肥やしに進んでなる者達を、このままの待遇に置いておくのは、政府としても本意ではない」


 その構図を放置したら、真面目に生きる者達に、「見捨てられている自分は、国にとってあいつらより下なのか」、そういうむなしさを生んでしまう。


 それどころか、「漏魔症は政府から見捨てられている」という言い様は、罹患者達内部にその間違った認識を植え付け、極端な行動を生み出す引鉄ひきがねにもなる。


 毒だ。

 罹患者達は、今や現代丹本をむしばむ、毒となったのだ。

 放置など、出来はしない。


「我々、国政をになう者達の仕事は、それぞれの勢力の要望と、社会秩序や実現性、それらのバランスを取ることだ」


 国民は、漏魔症罹患者を、敵扱いしたい。

 罹患者は、特別待遇のままでいたい。

 

 どちらにもかたよることなく、全員がほどほどに満ちて、ほどほどに足りず、誰も爆発せず、出来るだけ安全、安定のまま、終わらせることができる一手。




 それが、漏魔症罹患者を、人間でないものとすること。




「彼らを生かす金は、ダンジョン対策の経費となる。無駄遣いではなくなって、道具としての敬意が払われる」


 時が過ぎれば、罹患者達から「人間」の自認を奪うことが出来る。

 主人と良い関係を築く奴隷が居たように、罹患者の未来は必ずしも暗くはない。


「でも……、そう…、潜行者から、仕事を奪ったり、とか……」

「ダンジョンだけが彼らの活躍の場ではない。加えて、私の新規範構想において、彼らには重大な役どころが与えられる」

「なにを、させるんですか……?」


「罹患者達の後ろに控える、セーフティーだ」


 遠隔爆破という保険があったとしても、反乱の不安はぬぐえないだろう。

 罹患者だけで対処できない窟害も、あるかもしれない。


 だから、潜行者という羊飼いを用意する。

 安全弁は、多ければ多いほど良いのだから。


「潜行者も含め、国民の死者数も減少させられる」

「罹患者を、たくさん殺して、ですか…?」


 人柱を使って、荒ぶる自然をしずめる聖職者。

 そんな、古めかしい様式が、復古ふっこされている。


 そしてその立場は、潜行者にも、罹患者にも、「特別性」を与える。

 彼らの中に、優越感のようなものが生まれ、「誇り」が確立される。


「間違ってる…!そんなの間違って……!」

「そうとも、『間違っている』。数多あまたある間違いの中から、最も多くの人間が耐えられる間違いを選ぶ。それが民主主義だとも」




 双方合意の上で、新たな構造を作り出す。


「改革、改革だ」




「せめて、せめて罹患者側に、改めて、どうしたいか聞いて……」

「その意思確認は、今回の事で済んでいる」


 人は追い詰められた時より、強者の側に立った時に、その本音を覗かせる。


 漏魔症罹患者達に力を持たせ、「何をしたいのか」あぶり出す。

 三枝はその機会を探していたが、向こうが勝手にやってくれた。


 彼らは主張や交渉ではなく、破壊と殺戮さつりくに明け暮れた。

 彼らが向ける矛先は、民より国家が優先だった。

 国にどれだけダメージを与えられるか、それが主眼の反乱だった。


 実行犯達の関係者も、固く口を閉ざし協力しない。

 国民からの反感を買ってまで、政府がこれまでしてきた支援、試み、全てが彼らにとって、“恩”とは成り得なかった。


 ありがたいことではなく、余計なお世話と考えられていた。




 結論。

 罹患者達は人間扱いされたくない。

 これは彼らの多数が共有する、確固たる認識である。


 その意思の固さと言ったら、警察に対して一言も口を利かないほどだ。




 「潜行者で銃火器武装した罹患者を鎮圧できる」、

 「丹本の戦力で、ill(イリーガル)に勝てる」、

 それらの実証に加えて、罹患者の本音を引き出すことにも使ったのだから、三枝は今回のテロを、しゃぶり尽くしていたと言えよう。

 

「許される、んですか、そんなの……?そんなあからさまな差別、いいって、みんなが言うんですか……?丹本が良くても、クリスティアが良くても、他の国とか……」


「魔力を操作できない、その制御が不可能な漏魔症罹患者は、“憑依”という干渉を受けやすい。それ自体はれっきとした事実であり、『けがれた血』のような言い掛かりとは異なる」

 

 「いつ異形化するか分からないから、人とは違う扱いをする」、

 その理屈が、通せてしまう。


 AS計画の下準備は、クリスティアが先導して、勝手に整えてくれている。

 各国の政府陣の首を、縦に振らせる用意はバッチリ。


 そして計画の主導権は——


 進に見られた麦わら帽子は、「あっ、終わった?おじいちゃんは話が長くていけないよねえ」と、これまでの話に一切感情を動かさない様子で、立ち上がって大きく伸びる。


「AS計画を乗っ取る為に、こいつらと手を組んだ、ってわけですか」


 丹本だけが、ill(イリーガル)を戦力として使える。

 今の地球に、彼らに逆らえる国などいない。


「日魅在進君。私は君を、高く評価している。個人的にも公人的にも、とても気に入っている」


 進の心を八つほどにへし折った男は、それでも悪意を持っていなかった。


「君にも、“臨界兵団アトミック・ソルジャーズ”の“羊飼い(シェパード)”になって貰いたいと、そう考えている。君の“右眼”の中の存在にも、核エネルギー飛び交う危険な最前線を用意できる。必要なら——」


 彼に目配せを送られ、“提婆キャメル”は親指と人差し指で丸を作る。


「いいよー。たまになら、うちの子達とやり合わせてあげる。ただし、とどめだけは、そこのガキんちょ以外がやるって、約束してくれたらね?」


 三枝は、進に最大の誠意を見せていた。


 情報を全て伝え、最高の条件を整え、総理派に引き抜こうとしていた。


「納得しろとは言わない。だが、理解、理解はしてくれ」


 進が望む全てが、そこにあった。


 「世の中の為を思うなら、こちらを選ぶべき」と、道が滑らかに舗装ほそうされていた。


 漏魔症救済の為、その理想すら、無効化された。


 あまりにも見事なもので、


 彼が総理にくだるだけで、八方丸く収まるようになっていた。


 「政治」という戦い方、


 その凄みの前に、


 男子高校生はあまりに無力だった。

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