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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十三章:呪いが解ける時

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659.スッキリしない答え合わせ

「わあ、元気だね」


 左耳に入った投げ遣りな合いの手に、わざわざ顔を向けてやることはしなかった。

 どうせ向こうも、真面まともに受け取られると思ってなかっただろう。


 今の俺は、バケモノの鳴き声一つに、構ってられない。


「人のこと、なんだと思ってんだよ……!」


 いつの間にか、「病気になったからアイテム扱いしていいよね?」、という前提で計画が動いていた。


 それも、AS計画の情報って、それなりに有力な組織の間で、共有されているものだった筈だ。

 救世教会の人達も、そんな言い方をしていた。


 そんだけ、金も権力も余裕のある奴らが、揃いも揃って、誰も止めなかったのかよ。


 結構な力を持った連中が、幾つも手を取り合って、目指した理想が、漏魔症のロボット化かよ。外国の学校で、恵まれない人達に、銃を乱射させることかよ。


 追い詰められた人間が他者を蹴落とすより、よっぽどアホだろそんなの。


 ふざけてんじゃねえぞ。


 教会の奴らもなに知らんぷりしてんだよ。

 止めろよ。ぶん殴ってでも脅迫してでも。

 何が世界最高の諜報機関だよ、おい。

 



 何が全知全能の神様だこのクサレイカレ——




「………ふー………………」


 口からの排熱。

 首の下の血の巡りに集中。

 頭を0.1℃でも冷やそうとする。


「………すいません、それで」


 分かった。

 一旦、分かった。


 漏魔症が嫌われるのは今更だし、偉い奴らが揃って極端なのも、「そういうこともある」で済ますとして。


「あのテロの全貌を、教えてくれますか?くれますよね?」


 総理は頷き、俺が持っている紙束の、後ろの方のページ数を示す。

 項目名は『planβ-2』。

 達成目標が箇条書きで記入されている。


「まず、強力な武器を持たせた程度で、罹患者がダンジョンを攻略できるようになるのか、というスポンサー達の不安を消す」


「………潜行者だらけの明胤学園とか、機動隊とかと、いい勝負できてますよー、ってアピールですか?」


 今回のテロに使われた銃は、熱戦銃ではなく魔具タイプのものらしい。

 AS計画の初期に考えられていた方向性で、銃、弾丸ともに目が飛び出るほど高価。

 数回使えば壊れて、安全性も微妙な上に、カートリッジの消費も激しい。

 

 チョロッと生産した以外は、“千総フュージリアー”の能力で、数を水増みずましすると書いてある。

 

「次に、魔素を媒介とした、遠隔起爆機能の試験運用」


「銃が爆発してたあれ、手動だったんですね?」


 勿論、正常に動かない場合もあったが、その時も“千総フュージリアー”が始末してくれる予定だったらしい。


 あいつ、甲斐甲斐かいがいしくお世話し過ぎだろ。どんだけドンパチが好きなんだよ。


「白取モデルを知る君なら分かるだろう?漏魔症の近くなら、魔素を通せば必ず通信ができる」


 ダンジョン内外で、電波が快適に通じるみたいに。


「………これ、その技術で、爆発する首輪をつけたりとか、チップ型魔具埋め込んで、脳に任意の刺激を与えて情動操作とか、なんか物騒なこと書いてありますけど?」


「人権が無くなるんだ。『安定性』の為にそれくらいはするだろう」


「そーですねー……」


 なんかもう、疲れの方がデカくなってきた。

 これ考えた奴の顔が目の前にあったら、顔が(へこ)むくらい殴ってたかもしれないけど。


「加えて、副目標として、対象S・K……これは君だね。君によって高まった漏魔症擁護論をくじく、という効果も期待されている」


「………あのテロで見られたモンスター化が、“千総フュージリアー”の憑依だってことを発信しないのは、それでですか。ill(イリーガル)が人に化けたことについての情報は公表されてるのに、もどかしいなとか思ってましたよ」


 「漏魔症は、より重篤化して異形化を発症する」。

 事実無根だったその偏見が、実例によって遠回しに肯定されているのだ。


 学術的権威だとか、国からの公式発表とかも、「ill(イリーガル)なら普通のディーパーだってモンスターに出来る」、ってことを広めようとしてはくれない。


 学園内で俺への風当たりは良くなったけれど、外ではむしろ反漏魔症感情が、手がつけられないほど拡大している。


 「じゃ、人権没収しますねー」、の前振りだったなんて、バカ過ぎる真相だとは想像もしなかったけどな。


「そして“千総フュージリアー”撃滅を口実に、丁都に核テクノロジーを搭載した弾道ミサイルを着弾させ、対象S・Kの抹殺をも図る」


「高校生に勝てないからっていい大人が市街地に激ヤバ爆弾落とすなよ………」


「有望な新世代の滅却や、『自国のトラブルで他国に頼った』事実で、丹本そのものへの打撃も狙っていたようだね」


 人道はどうした人道は。

 その言葉の意味って、「よく稼がせてくれること」だったか?


「どうやら君の“右眼”を破壊したい、という部分も大きかったらしいが、メインはAS計画の進行だった」

「で、悪い所は全部、“千総フュージリアー”に被せて、墓の下に持ってってもらったわけですか」


 楽しげに人を撃ち殺すあいつのことは、決して好きになれないし、どころか嫌いとまで思っていた。


 だけどそれ以上に、この報告書の向こうに居るだろう、顔の見えない誰かへの、嫌悪感が止まらない。


「あなたは……、俺に、『表舞台から居なくなって欲しい』って言ったってことは、乗るつもりですか?この計画」


「放っておいても、熱戦銃は誰かが完成させる。漏魔症への反感も、消えることはない。正義漢をつらぬいても、この国が武力で弱小となり、大陸側から侵略されて終わりだ」


 少なくとも央華が、やれるとなったら仕掛けてくる奴らなのは、“右眼”を巡る騒動で証明済みだ。

 

 って言うか、この計画に関わってるどいつもこいつも、強い武器を持ちたいからって丹本でテロってる時点で、彼の言う事が自然な予測になってしまう。


「彼らを止められないなら、同じかそれ以上の力を、我々が持たなければならない。国民を守るには、我が国も“臨界兵団アトミック・ソルジャーズ”を編成する以外にない。他に選択肢など存在し得ない」


 漏魔症を“人でなし”にして、命を人質に特攻させる。

 家畜扱いの方が、まだ優しい。

 

 漏魔症も守るべき「国民」じゃないのかって?

 そいつらを人間の枠から外せば、矛盾も無くなるだろ?


「とは言え、私の目指すところは、彼らの理想とは微妙に異なる。漏魔症の人権は奪うが、戦士の地位は向上させる」

 

 全ては「正しく報われる国」の為だと、彼は言う。


「そもそも差別とは、集団の短期的安定性を高める為の発想だ。士農工商の下に穢多えた非人ひにんを置く、特定の民族を敵視することで国の団結を図る、等々、類例には事欠かない」


 それは、社会の中に薄っすら存在する、「こいつらは見下していい」という欲を、発散するけ口だと言う。




 人には、「他者より優れていたい」という欲がある。

 横並びの時は仲良くして、突出したら「出しゃばり」だと言うのも、自分より優れて欲しくないから。


 ほとんどの人間の勤勉さとは、「見下す」為にあるもの。

 「幸福」とは、いつだって相対的に感じるもの。


 幸福度が高い国に、SNSが普及したら、自分より豪華な暮らしが目に入り、主観的不幸が強くなってしまった、という事例もある。


 ということは、国民全てを幸せになんて、出来ないということになる。


 社会には必ず、地位の最底辺が居て、上との格差を縮められても、ゼロにするのは不可能で、

 奇跡的にゼロが実現したら、みんなが物足りなくなってしまう。

 

 そして社会には、国には、「誰もやりたがらない事をやってくれる」、そういう人間が必要とされる。


 「苛酷な労働者」であったり、「命懸けの戦闘者」であったり、「負けて悔しがる者」であったり。

 彼らがいなければ、便利さも快適さも安心も幸福も、有り得ない。


 構造的に生じる、「負けてしまってドン底な人々」や、「他から押し付けられる人々」。

 勝者に不満を抱かせず、彼らを幸せにするという相克そうこくが、国が抱える一番の課題。

 

 


 それを解決するのが、公認の被差別階級。



 

 爆発しても国をおびやかさないくらい、徹底して弱らされた、全国民の引き立て役。


 同じホモ・サピエンスであり、同じ国に住んでいるのに、自分より下という、誰をも幸せにする最下層。

 “国民”ではないのに、居るだけで国を支えてくれる、便利な土壌。


 民主主義社会は、「考える余裕」を持った人間が多いほど、優れたものとなる。

 それは、怨みや憎しみ、不満や憤懣によって、曇らされてしまう。


 それらを最低限に薄め、客観に立ち返る冷静さの助けとなるもの。

 それが彼ら、底の底を構成する者達。




「っていう手口は、やめようって、なったんじゃないんですか?」

「『やめられない』、という結論が出つつあるんだ。世界を平らにするなど、出来ない相談だと、それが判明し始めた」


 人類が“国”を作ってから、数千年。

 ここ最近まで“みんな平等”という理想が、まるで流行らなかった、その理由が分かってきたと、彼は言う。


 誰か言い出す者がいても、生き残れなかった。

 平等と存続は、両立できなかったのだ、と。


「淘汰、淘汰されたんだ。それが分かってきたからこそ、国際社会はチキンレースを始めている。風向きが変わり、非難されないギリギリを狙って、不平等な社会に戻す、そのタイミングをうかがっている」


 そして今、漏魔症の“悪化”が初めて観測された現在こそが、絶好のタイミング。

 “全人類”の総意として、「攻撃していいヒト」を設定できる。


 不幸を感じられるほど高度な知能を持った存在に、合法的に唾を吐ける。


「情報化社会や、グローバル化の影響によって、国に根付いた基盤となる、『泥臭い』とされる職業から、『誇り』が奪われ始めている。このままでは、いつか彼らの尊厳は底をつき、その事業を放棄させてしまうだろう」


 10.10永級窟害に関連して、叩かれまくった土木、建設関係事業は、段々と縮小しつつある。


 「もう裏切られたくない」、彼らはそう言って、その技術を後世に伝えることなく、心折れたまま居なくなる。

 

 インフラの整備や、災害の復興などに、どんどん手が回らなくなっている、という話もある。


「全ての職に誇りを持たせるには、『国から見捨てられていない』と実感させるには、『みじめに見捨てられ、いいように使い潰される』実例を、一目で分かるところに用意するしかない」


 今もほとんど国に貢献していない、何なら飼い殺されている漏魔症罹患者なら、その立場に設定しても支障はない。


 何故なら、彼らは労働力にカウントされず、“誇り”が無いのが当たり前だから。


「それは、奪われたからでしょ…っ!」


 そんなの、マッチポンプじゃないか!

 奪って奪って奪い尽くして、「何も持ってないから切り捨てていいな」なんて、そんな言い分が通るわけないだろ!!


「手放したくて、尊厳を手放したわけじゃない!働きたかったのに、社会の方から拒絶して!貢献したかったのに、いるだけで罪みたいに言われて!だから迷惑かけないように引っ込んでる人達に、『何もしないなら権利なんてないだろ』って——」




「いいや?拒絶したのは、彼らの方だ」

「はぁ…っ!?」



 

 何言って…!

 あんな、事実上の隔離システムをそのままにしといて、何を…っ!


「日魅在進君。漏魔症を特別扱いし、隔離したのはね——」




——罹患者達自身の意思なんだよ




「………え?」


 言ってる意味が、本気で分からない。

 そんなこと、なんで真顔で言い切るんだ、この人は。

 だって、あんな境遇、望んでなるものじゃない。


 ない、だろ?

 そんな、わけ………

 

「漏魔症罹患者達は、『普通の人間』であることより、『漏魔症罹患者』であることを選んだ」


 「それが彼らの総意だった」、

 丹本の行政の長は、現代史を語り始めた。


 20世紀から21世紀に起こった、漏魔症人間化運動と、


 その最後に起こった、罹患者達の“回帰”について。

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