658.ふざけてんのかその計画!? part1
(エネルギー)=(質量)×(光速)^2
この等式に当て嵌めると、質量をエネルギーに、エネルギーを質量に、変換することができる。
ここで注目して欲しいのが、光速を2回もかけている、という点。
光が死ぬほど速い、と言うのは、誰でも知ってることだ。
「1秒で地球を7周半」。
どこかで聞いたフレーズだろう。
具体的には、毎秒およそ30万km。
上の式に当て嵌める為、mに直すと、約3億m/s。
1円玉は1枚で約1g、つまり0.001kg。
その全てをエネルギーに変えられた場合、
0.001×3×10^8×3×10^8=9×10^13
よって、90兆J。
お分かりだろうか?
たった1gで、超大事になっていることに。
実は、質量という奴は、ヤバいくらいのエネルギーを秘めている。
相対性理論は、そんな世界観を構築した。
けれども、物体生成系魔法の燃費が、その等式では説明できなかった。
「魔力」というエネルギーが、質量に変わると言うのなら、それを純粋なエネルギーとして使った場合、破格の爆発に変わってしまう。
けれど、生成系の魔法を使う者でも、実際にそこまでの魔力を持つ者は、存在しない。
相対性理論と魔学とは、水と油。
魔法という存在が、その学説の首を絞め上げた。
その二つを融合させ、新世代の兵器を作る。
AS計画は、そういった大それた野望を掲げていた。
「現チャンピオン1位、“確孤止爾”の魔法によって、クリスティアによる解明が、どうやら大きく進んだらしい」
その魔法の核が、相対性理論。
その能力を使った全面協力によって、物理学に飛躍が齎された。
内々に、の話ではあるのだろうけど。
そしてillとの接触で、「魔素が穴」であると判明し、魔学と相対性理論、二つの宥和が遂に達成される。
「白取モデルで言う“メタ次元”でのエネルギー増幅。それを介した発射機構の構想が、持ち上がった」
「体内魔学回路が魔素でダンジョンって、あれ、ホントに当たってたんですか?」
「少なくとも私は、そこの彼女からそう聞いてるね」
あの人は不安がってたけど、期待に見合うだけの能力がちゃんとあった、ってことだ。
「魔学制御された超小型原子炉を各階層に持ち込み、その中で核分裂エネルギーを発生させる。
するとその爆発は、メタ次元でより大きいものとして発現。それら莫大な熱量を、カートリッジと多重魔法陣機構によって生成され、銃身内部に整列された魔素を通し、発射する。
魔素という“絞り”によって、質量変換という力を調節、排出する、熱線銃、のようなものか。クリスティアはそれを量産し、どんなモンスターに負けない軍団を作る、それを目指そうとした」
「高度に魔学加工された弾丸を、大量に供給し続ける」、魔力銃の最大の障壁がそれだった。
日頃の量産だけでなく、銃のモデルが変わった際の、弾丸の種類の入れ替えに、金と時間が幾らかかるか分からない。
一方で熱戦銃なら、前段の魔力銃でも消費するカートリッジと、銃そのものさえ数を揃えられればいい。
後は、他の分野にも役立つだろう、小さなエネルギー生産装置を、一つのダンジョンにつき何個か用意できれば、ほとんどのケースで事足りるだろう。
核分裂が起こしたのは、コスト革命だ。
対上位モンスター用量産兵器のボトルネックを、それは突破した。
そして計画は、ある程度順調に進んでいた。
だが彼らの前に、たった一つの課題が立ち塞がる。
「核兵器は、強過ぎた」
安全な原子炉までは作れても、連鎖反応の制御が極めて困難。
暴発の被害を最小限にしても、無視できない確率で使い手を殺す。
更に核分裂では、熱や可視光以外にも、宇宙を飛んでいるような放射線が発生。
遺伝子レベルに作用する、重篤な健康被害を引き起こす。
ダンジョンの原状復帰機能を相手にするのだから、環境への影響は無視できるかもしれない。
けれども射手は、必ず巻き込まれる。
ダンジョン内に踏み込んだ全ての人間が持つ魔学回路、或いはダンジョンという巨大な魔素が、通り道が近くにあるのだ。
核反応が引き起こす高次元爆発、その余波が“メタ次元”から“こちら側”に溢れ出す、その危険が無視できない。
熱にしろ衝撃波にしろ放射線にしろ、銃を撃った人達が、自爆してしまう。
「誰でも使える」武装を目指し、
出来上がったのは呪いの銃器。
命を削るタイプの妖刀みたいなもの。
「安全性に疑問符、どころの話ではない。汎用兵器としては、お粗末、お粗末な出来だった」
兵器のスペックで一番重視されるのは、安定していることらしい。
その観点からいくと、実戦配備なんて夢のまた夢だ。
そこで計画が凍結される、なら話はまだ平和だった。
「いつか作れたらいいね」、くらいで済んでいたらまだ良かった。
実際は、それで終わらなかった。
終わらせるわけにはいかなかった。
クリスティアは、一刻も早く、熱線銃を完成させなければならなかった。
少なくとも合衆国政府の上層部や、それと手を取り合う巨大企業は、そうしなくてはならないと、思い込んでいた。
それはある種、クリスティアの信仰だ。
自由、平等、民主主義。
それらを真に実現する。
それこそが彼らの建国神話であり、目指し続けるべき悲願である。
ディーパーという、貴族制の根幹となる逸脱者達。
彼らでなくとも、ダンジョンを管理できる。
どんなモンスターも殺すことができる。
それを証明しなければならない。
ディーパーの特別性を、否定しなければならない。
魔学的に強力な新世代が世界的に現れ始め、ダンジョンやモンスターの活動も活発化していき、国際情勢も不安定化し、“不可踏域”は徐々に拡大。
平和を装えたモラトリアムは終わり、力の論理が再び覇権を握ろうとしていた。
そうなった時、ディーパーは最高位に返り咲く。
死と暴力の臭いが立ち込めれば、自分を守る暴力に、縋りつくのが人間だから。
クリスティアが築き上げた、世界を正しい方向へ導く正義。
誰もが自由で、平等で、誰にでも権利がある、民主主義という偉大なシステム。
それが巻き戻り、古巣のエイルビオンのような、貴族制という唾棄すべき不平等が、この国の歴史に刻まれてしまう。
その時クリスティアは、秩序の守り手、正義の担い手から、歴史の浅い劣化陽州へと転落する。
彼らは自由民主主義を、実力勝負の資本主義を、体現しなければならなかった。
その為に、貴族の再来は、なんとしても防がねばならなかった。
「強い者が全て」の時代が、本格的に到来するその前に、
「誰でも自分の自由を自分で守れる」、それを当たり前にするのだ。
対モンスター・対ダンジョンを掲げ、世界中の独裁政権が息を吹き返し始めたこともあって、彼らの焦りは増していった。
自分達が人民の自由と権利を守らなければ、その使命感にも駆られていた。
どんなモンスターでも殺せる武器は、どんなディーパーでも殺せる武器。
武力格差を消失させる、質量を持った人権。
合衆国政府の秩序を否定する、内外の脅威を一方的に屠れる手段。
戦闘能力という、ディーパーの特異な技能を剥奪する。
「貴種」の根源を、喪失させる。
暴力による支配ではない、対等な者同士による、相互確証破壊的な対話を。
熱線銃の量産と、自由主義経済圏による独占は、如何なる手段を用いてでも、為されるべきものだった。
乱世が再来する前に。
悪魔に魂を売ったとしても。




