657.これは本当に、呪いとしか言いようがないな part2
「すいませんけど、もしそれが本当だったとして、百万歩譲って総理を信用したとして、」
俺は左手で麦わら帽子を指す。
「こいつがその約束を守るとは、思えません」
総理に従ったフリして、俺が逃げ場のない状態になった途端、騙し討ちを狙う可能性がある。
って言うかこいつの場合、「普通にやるだろう」って負の信頼がある。
「それをさせない為に、私は防衛隊を呼び、あのillを討滅させた」
「防衛隊……?」
なんで今の流れから、あのテロ事件が出てくるんだ?
「“転移住民”及びクリスティアからの攻撃は、予測されていたことだ。手段とタイミングだけはハッキリせず、“最悪最底”を利用した事には驚かされたが、illをけしかけて来たのは、想定通りだった」
俺がメガちゃんから聞いたことは、特作班に報告として上げていた。
“千総”が「好きにやる」と言っていたという証言も、その一部。
総理もそれを読んだとしたら、そこからヒントを得て、敵の次手をある程度見通すことはできる、のか?
防衛隊は、実はテロが起こった時から、いつでも出れるよう待機状態だった?
戦死者ゼロを実現できるほど的確な作戦が立案されてたのも、張っていたヤマが当たった、ってことなのか?
だとしたら、特殊な立ち位置とは言え、同じ防衛隊内である、五十嵐さんまで出し抜いている。
特作班は、完全にしてやられている!
「君達、五十嵐君率いる特作班は、独立愚連隊を気取っているが、所詮は組織の一部、一員に過ぎない。そして丹本防衛隊は、戦闘能力に優れたillでも、殺すことができる。
二つ、だ。
今回の事案で、その二つを宣言することに、我々は成功した」
五十嵐さんと、“提婆”。
腹に一物ある味方に、釘を刺した。
五十嵐さんには、「勝手気ままに動けると思うなよ?」、と。
“提婆”には、「敵対したらただじゃおかないからな?」、と。
彼女が俺を殺して、総理と決裂した場合、丹本国との、場合によっては防衛隊との戦闘になる。
そこで仲間が何体死ぬのか。
更に丹本は、彼女達を匿ってくれなくなるのだ。
人に化けるillの存在が公表された今、クリスティアを始めとした人類全体、それと対峙しなきゃいけないのに、初っ端で丹本っていう強敵に消耗させられる。
俺の“右眼”を破壊するという行動は、今やリターンがリスクに見合わないんだ。
「故に“提婆”は、約束を守る。君が欲しい私も、君との契約を遵守、遵守する」
困ったことに、“信用”が湧き始めてしまった。
自分でもびっくりしたが、殆ど口約束なその話を、諸々の要因で信じ始めている。
だが、首を縦には振らない。
それは勢いでやることじゃない。
「分かりませんね。もっと分からなくなりました」
徹底して詰める。
隠し事などさせない、と。
「そこまで僕を買ってくれているなら、」
イリーガルを脅してくれるほど、気に入ってくれているなら、
「漏魔症が嫌い、なんて感情、ほぼどうでもいいはずです…!」
「名前を売る」程度、そこまで問題だと思わない筈だ。
漏魔症への反感程度で、俺に何かを手放させない筈だ。
「日魅在進が欲しい」というのが、約束が破られない保証となると、彼は言った。
だけど現状、俺を好意的に見ているとは、到底言い難いようにしか見えない。
「訳を、話してください。『俺が嫌い』以外に、俺から表の立場を奪う、そんな理屈があるんですか?」
俺が漏魔症罹患者だからって、それがなんだって言うのか?
そこに海より深い理由があるって言うなら、
本気で俺を評価してるって言うなら、
ここで腹を割って、全部話してみろ。
そういった真意も籠めて、いつでも臨戦態勢に入れるメンタルをセットして、プレッシャーを放ってみても、三枝総理はどこ吹く風だ。
避暑地で涼しい外気に当たったみたいな、適度に力の抜けている表情のまま、さっき使用人から渡されていた、A4サイズの封筒を手に取る。
紐を解いて、中から書類の束を引き出し、テーブルに置く。
それは報告書らしい何か。
一番上には大きな題字で、
『AS計画について』
そう書いてあった。
「これって…!」
「“提婆”が敵方の諜報員から引き出した情報を元に、こちらの手の者に調べさせた、クリスティア主導の一大プロジェクトの全貌」
彼の目を見ると、「構わんよ。読みたまえ」、そう促された。
手に取って、捲る。
びっしりと文字が敷き詰められ、内容を頭に入れ込むのに苦心する。
「要は、より安全に特異窟を管理しよう、その為に現代最高の量産兵器を用意しよう、と、そういったコンセプトからスタートしたものらしい」
俺がインクの海で目を回すのまで予定通りなのか、順序立てて咀嚼させてくれる。
そのガイドに従い、「梗概」と書かれた部分から、キーワードを抜き出していく。
「既存魔学と最新テクノロジーの融合……、使用によって誰でもモンスターを殺せる武器……、ベースとなるのは銃火器……、集団による一律の破壊力……、別次元で発生した莫大なエネルギーを、多重魔法陣構造の銃身によって制御する方向性……、選ばれたのは——」
——核分裂?
「質量は、エネルギーに変えられる」
俺の視界を、そのまま乗っ取っているかのように、見慣れない単語に目が留まった瞬間、補足説明が挟まれた。
「原子核を分裂させると、質量の変化が起こり、それがそのままエネルギーとして放出される」
それは、殊文君が言っていた、「相対性理論」。
辻褄が合うのか合わないのか、どっちつかずで扱いかねていた、異端の学説。
けれど暗黙の内に、一部法則を適用するべきだと、徐々に実生活に浸透していった、不死鳥の如き基礎理論。
それを使って、エネルギーを発生させ、魔法陣回路で、それを制御する、ってことか?
「その基本方針と共に、プロジェクト名称も決められた」
文章をなぞっていた視線が、ちょうどそれに辿り着く。
“臨界兵団”計画。
「君の運命を大きく狂わせた、“思いつき”だ」




