657.これは本当に、呪いとしか言いようがないな part1
「不穏因子を紛れ込ませてしまった」、
総理はさっき、そう言った。
意図的じゃないとは一言も言ってない!
「壱先生が、あの学園に潜り込めたのも……!」
「その通り。私の派閥の手引きだ」
そう言えば“提婆”も、ノミ女こと“北狄”も、丹本人らしい偽名を持っていた。
あれも実は、政府内部の協力者から、戸籍まで用意されたちゃんとした名前だったのか!?
キャプチャラーズは、この国の奥深くにまで、根を届かせていたっていうのか!?
いや、でも、言われてみれば、おかしな話ではないのかもしれない。
クリスティアと結んでいたリーパーズに対抗して、キャプチャラーズもそれなりの戦力を、人間社会へのパイプや、動かせる兵力を欲しがったとして、
ダンジョン関連で世界最先端な丹本は、モンスターの視点からすると、接近する候補として浮上するのは自然、と言えるのかも。
“提婆”はよく分からない自分ルールで、敵味方を分けていると、メガちゃんはそう言っていた。
壱先生の元となるダンジョン、永級10号は、その基準によって「味方側」という判定を受けたらしい。
それが決め手になった、ということもあるのだろうか?
「でも…、なんで…!いや、いつから……!?」
キャプチャラーズと、総理が繋がっていた?
五十嵐さんは、このことを知ってるのか?
「断っておくなら、五十嵐君は関知していない」
俺の疑問に先回りしてくる三枝総理。
「彼はそこまで器用じゃない。モンスターと密約など、認めないだろうな」
「宗教家らしく、潔癖過ぎるんだよ」、
困った友人の話をするみたいに、どこか自慢げにそう語る。
「この同盟は、丹本の“黒幕”達の中でも、ごく限られた人間しか知らない情報だ。言うなれば、私と心中する覚悟のある者にしか、共有していない」
「………それを、俺に……?」
くそっ、頭が爆発しそうだ…っ!
illとツルんでることも、ここでそれを開示してくることも、意図が分からなさ過ぎる!
そして今、リーパーズ側が知っていたかも怪しいような、この関係が暴露され、
イリーガルモンスターっていう武力と、国家っていう権力の、両方が俺の前に並べられて——
「俺にどうして、どうなって欲しいって言うんですか…!?」
「話が早い。君は本当に賢い子だ」
総理はわざと勿体ぶって、ゆっくりと茶を飲んで遅延させる。
こっちの全神経を、次の言葉に集中させるよう、誘導する。
「はっきり言おう、日魅在進君」
そして俺の意識の尽くが、“提婆”から剥がされたところを狙い、叩き込む。
「君には表舞台から降りてもらう」
要請や要求ではなく、命令。
出来れば戦闘ではなく、示威によって言う事を聞かせる、その為に俺は、ここに一人で呼び込まれた。
俺がillと直接戦闘になって、味方も学園生くらい。
その状況でもカンナが出張ってこないということは、壱先生との戦いで確定的になった。
あの時の映像は、総理だって手に入れられる。
そしてそのまま、キャプチャラーズにまで情報が流れる。
総理はここに“提婆”を置いて、俺に従えと迫った。
今ここで、そいつと戦闘になっても、俺が抑止力として頼りにしている奴は、顕現してくれないんじゃないか?という圧を掛けている!
そして俺は、実のところカンナがどうするか、マジで分からない!
言えるのは、カンナが何とかしてくれることを期待して、“提婆”に殴りかかった場合、助けてくれなさそうな予感がビンビンだ、ってことだけ!
「………」
麦わら帽子を見て、テーブルの向かいに座る総理を見て、また女を、その背後で庭園の岩に腰掛けながら、ソフトクリームを舐めている美姿を見て………
ああもう楽しそうにしやがって!
こいつの表情から判断しようとした俺が間違ってた!
「俺を、殺したいってわけでも、ないんですね……?」
返事をする前に、探りを入れることにした。
この秘密の繋がりを、隠したまま奇襲に使うより、明かして説得するという手段を取った。
俺に大人しくしてて欲しいけど、死なれるとそれはそれで損がある。
みたいな計算が、走っているんじゃあないか?
で、俺が持っているのは、戦闘能力、知名度、そして“右眼”。
「俺を生かしたいのは、“可惜夜”が欲しいから、だとして……」
総理に従った場合、俺が捨てるのは、一つ。
「俺が有名だと、“右眼”の研究とか、実験とか、そういうことをするのに、邪魔だってことですか?」
言ってから、しかしそれでは説明にならないと思い直す。
その場合、頼むなら「大人しく“右眼”を差し出せ」、だ。
俺がそれを断固拒否すると知っていて、遠回りをしようとした?
魔素がないところに拘束してから、“右眼”を取り出す。
その前段階として、まずは人目のつかない場所まで引っ込ませる、ってことか?
「いずれにせよ、です。なんであっても、“右眼”が欲しいって話なら、俺は応じれないんで今この場で暴れて——」
「いいや、そうじゃあない。君は思い違いをしている」
「我々は“可惜夜”を求めていない」、
総理は首を振る。
「求めて、いない……?」
「そうだ。そしてそこの彼女は、不確定要素であるそれを、盤上から追い出せればそれでいいと、その程度の執着しかない」
“提婆”を見ても、退屈そうに椅子を傾けるだけで、目を合わせようともしない。
「そこで我々は、ある一つの合意を得た。君を我々の管理下に置き、手綱を握る。“可惜夜”の顕現も含めて、我々が完全にコントロール、コントロールする。そして君は、我々の計画通りに動く」
それで三方、丸く収まる。
彼はそう言った。
「分かりません……。俺を無力化したいにしては、どうも話が絡まり過ぎてる」
「無理もない。何故なら我々は、いや、私は、君を『無力化』などしたくない」
「その力を丹本の為に、存分に振るってもらいたい」、
彼の神経を疑ってしまった。
この期に及んで、俺と味方同士でいようって、そう主張してるんだから。
「私はね、君に活躍はして欲しいが、それが民意の目の届くところであると、非常に困ってしまうんだ」
「その言い方、それだとまるで——」
問題なのは、俺の力でも、カンナでもなくて——
「そうだ。君の名声、社会的地位、それが脅威、脅威なんだ」
俺の名前が売れることが、彼にとって一番イヤな事。
となると、考えられるのは、
他の全てを削ぎ落とし、俺に残る厄ネタと言えば、
「漏魔症が、成功するのが、ダメってことですか?」
その一つしかない。
そこに立ち戻るしかない。
「優秀だな、君は。益々、防衛隊の戦力として、保持していたくなった」
総理の肯定によって、全ては一周した。
俺はいつの間にか、スタート地点に戻ってきていた。
それとも、最初から一歩も、動けていなかったのか。
「私は、漏魔症罹患者に、『人間として』成功して欲しくはない。一方で、これでも君のことは、甚く買っている」
「だから、世間の目の届かない、裏側の荒事専門になれって…?………ああ、そっか。あなたの掌に下れって言うのも、“提婆”に手を出させない為に、『殺さなくていい』って納得させる為に、ってことですか?」
「肯定、肯定しよう」
これは取引だって、言いたいのだろうか。
ちょっとした自由や表向きの名誉と、重要な立場や身の安全。
それらをトレードしようってことか?
俺を戦力として欲しいのは本当だから、悪いようにはしない。
戦うより、ここでギブアンドテイクした方が、スムーズだし得になるって。




