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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十三章:呪いが解ける時

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656.社会を守る者同士 part1

「こちらでお待ちください」

「は、はぃいっ……!」


 広い庭園をのぞむ座敷に通し、そのまま秘書らしい人はどこかへ下がってしまった。


 落ち着きなく辺りを見回し、そこにシックな長テーブルと、椅子が4つほど置かれているのを見つけ、これに掛けていいかどうか聞きそびれたことを、強く後悔する。


 ミミズクみたいに、体の横幅をなるたけせばめる。

 身の置き場がない。

 この空間に、俺用のスペースを設けていいという、確信が持てない。


 脳内同居人はと言えば、うろたえる俺を面白そうに見物しながら、縁側で素麵そうめんをつるつるしている。

 それも、先月トクシのみんなで、「気晴らしに」と集まった時の、流しそうめん台を完全再現だ。


 “風流”の上でタップダンス踊ってやがる。

 

 教育番組のボール転がす機械みたいな、なんか楽しくなる造形を見ていると、あの時は一緒だった狩狼さんのことを思い出す。

 

 慌ててハンカチを出して、目頭めがしらを押さえる。

 これから人と会うのに、いきなり泣いてたら、ギョッとさせてしまう。


 ただでさえ、これから会う相手に失礼を働かないか、今から怖くなっていると言うのに。


 この広い建物を、別邸として持っている人。

 三枝総理から学園を通して、急にここに招待されたのが、つい昨日のこと。


 大事な話がある、としか言われておらず、それが私的な用事なのか、公的な用件なのか、それすら聞かせてもらえなかった。

 

 俺はただ了承の返事だけして、そしたらカーテン付きの高そうな車が、学園内まで迎えに来て、そのまま外から一切見られないように、この座敷まで案内された。

 

 事前のガチなボディチェックで、スマホ類まで取り上げられて、「凄い人に会う」感が、青天井に強まっている。


 なんか、外国のスパイ映画で、秘密の命令を受け取る直前、みたいなシチュエーションだ。そして今の所属的に、その妄想が当たってる可能性も、無くはないというのが厄介。

 

 想像だけが膨らみ、ヒントは一切貰えないという状態で、腰の据わりはドンドンと悪くなり、いて別のことを考えようと、もう一度視界を右から左へ。


 緻密な建築による、計算された視線誘導の賜物たまものだろうか。

 自然と、庭に意識が向く。


 なんだっけ。

 あの……、水が無くて……、砂で川とか、山の中とかを再現する、みたいな………


(((かれ山水さんすい。文化史が苦手ですねえ、ススムくんは)))

(う……しまった……)


 補修確定演出に気分を沈ませながら、石の配置とか砂が描く模様とかをよく見ようとして、なにか腑に落ちないものを感じる。


 俺の知ってる枯山水って、もっと、砂が綺麗な感じに、こう、線とか引いてあったり、波紋が広がってたりしてて、こんな、子どもが遊んだ砂場みたいなものじゃあ——




「どう思うね、その庭」

 



 びっくりして振り返ると、いつの間にか総理が入ってきていた。

 

「あっ、あの………」

「是非とも、率直な感想が聞きたいものだ」

「ええ~………」


 年配の先生が、自由度の高い問題を解かせるみたいに、言葉を楽しみにしているご様子。

 彼に隣に立たれた緊張で、俺はつい、


「なんか、荒れてる……荒々しい?嵐の山中の再現とか……?」


 と、マジで思ったままを適当に並べてしまった。

 しまった、そう思った時はもう、総理の目に驚きの色が差した後だった。


「すいませんトーシローが的外れなこと言って」


 気まずさが背筋に鉄棒を突っ込む。

 反対に、総理は何かが抜けるように笑って、


「なかなか見る目がある。慧眼けいがん、慧眼だ」


 そう言ってテーブルの方へ足を向ける。


「掛けたまえ。茶菓子くらいしか、出してやれんがね」

「お、お構いなく……」


 腰を引かせながら、ソロソロと尻を椅子の上に落とす。

 盆に色々載せて、配膳してくれた使用人らしき人に、大きな封筒を手渡された総理は、「呼ぶまで誰も入れるな」と伝えてから、煙草の箱を取り出した。


 一本(つま)んだあたりで、ハッとしたように俺を見て、「いや失敬」といそいそ仕舞い込む。


「ど、どうぞ…?気にしませんよ……?」

「いいや。君の肺に、傷をつけるリスクは冒せない。君が磨き上げた、我が国随一の武器には」


 偉そうな言い方だが、なんか感心してしまった。

 大抵の政治家は、会って話すと良い人に見える、って聞いたことがある。


 あれは本当だった。

 何と言うか、こっちを対等以上に見ていると、態度から伝わるのだ。

 人心掌握の達人、その技量の一端に触れた気がした。


「………」


 お茶をすすって間を持たせながら、どう聞いたものか困っていた。

 が、そこについても長じているのが、対話の最前線を走るその人。


「君の学園は、今、大変な騒ぎだろう」


 話題を振るところから、全部やってくれる。

 場数の違いが顕著だった。


「そう、ですね、はい……」

「我々も、恥じ入るばかりだ。教員として配置した人物の中に、不穏因子を紛れ込ませてしまったのだから」

「いえ…、その、人に化けるモンスターなんて、備えようがない、ですし……」


 “千総フュージリアー”のボケがやらかしやがったことで、人間に擬態するモンスターの存在が、一般の知る所となってしまった。

 人間同士の疑心暗鬼を抑止するべく、主要な国はある程度の機密情報を開示。


 人に化けるのはill(イリーガル)モンスターで、それらは永級ダンジョンに対応するものであり、最多でも世界に10体しか存在できない。それを周知し、混乱を最小限に食い止めようとしている。


「あの襲撃が、世界を変えてしまった。丹本や、先進諸国に限らない。地球全土で、何かを取り戻そうと必死になっている」

「そう、ですね……」


 漏魔症への風向きも、当たり前のように、悪くなりつつあった。


「時に君は、今、明胤学園を修復し、かつての偉容いようを『取り戻そうと』している、土建屋どけんやの名前を知っているかね?」

「えっと……」


 正直言って、話が急に長距離跳躍したせいもあるけど、ちゃんと思い出せない。


「すいません。壌弌の関連企業だってことくらいで……」

「まあ、それくらいの認識だろう。『壌弌』の名が出てくるだけ、関心は深い方だと言える」


 湯吞みを置いて、目を合わせてきたので、俺も思わず姿勢を正す。


「“八衢やちまた工務店”。回土えど期以前から天下人御用達(ごようたし)の建築屋として続いており、現代までその技をぎ、進化を止めぬ高みを体現している。が、」


 口の片側だけで笑う総理。


「あまり、その名を聞いたことはないだろう?」

「……すいません」

「仕方ない、仕方ないとも。君らの年代だと、芸能事務所か、或いは、番組制作の方が、馴染み深いだろうからな」


 確かによく考えれば、アニメ制作会社とかゲームのメーカーとか、ダンジョングッズの企業ならポンポン言えるのに、建築関係ってなると、そんなに多くの名前を挙げられない。


 結構身近な、誰でもお世話になる業種なのに、具体的なイメージが出てこない。

 

「不思議な話だな。この国では大抵の人間に、家がある。都会に住んでいれば、高いビルの中で働くことも、珍しくない。そしてそれらは、人の手によって作られ、維持されている」


 花のような見た目の和菓子を手に取った彼は、念入りに咀嚼する。

 喫煙できなくて、口が寂しいのだろうか。


「考えたことはないかね?あれだけ強固に見える建築も、所詮は人がこさえたもの。積み木のように、簡単に崩れてしまうのが、自然なことなのではないか、と」

「それは………」


 確かに俺はビル群を見る時、「そういう場所」、「そういう風景」として、当たり前に感じていた。建物の全てが土地と結びついて、高層ビルは山の如く不動だと、どこかで思っていた。


 でも違う。

 あれは後から付け足したもの。


 ビルの高層階で俺達が踏んでいるのは、大地じゃなくて組み立てた足場。

 いつ穴が開いて、壊れて、倒れて、「自然な状態」に戻るか、分からないもの。


 山でさえ、時に形を失う。

 ビルなんて、もっと簡単に倒壊する。

 人が立てる建物なんて、デカけりゃデカいほど、不安定。


「しかし実際、そうなることは、そんなに多くあることじゃあない。何故か?」

「……建設業の人達の、技術、ですか……?」

「名答、名答だ。彼らの技が、自然に抗っている」


 だから俺達は、あんな不自然を当たり前として享受している。

 地上から数十mの高さに、土や岩盤が盛り上がったわけでもない地面があっても、何の疑問もなくその上でくつろげる。


 あそこにあるものは、そう簡単には変わらないと、安心できる。


「建設は、細部を寸分すんぶんたがわず設計し、その通りに組み立てなければ、大量の死人を呼びかねない。特に、地震、台風、ダンジョン関連害などが頻発する、災害大国である丹本では、そういった恐れは色濃く付き纏う」


 けれども、今のこの国は、世界でも有数の安全地帯と言われている。

 そしてそれは、潜行者が強いから、だけでは説明できない。


「この国に住み、安心を感じる人間は、ありがたい事にそれなりの数いてくれている。では、何故、何を根拠に、安心しているのか?これほど不安要素だらけな土の上で、何故彼らは自信に溢れているのか?」


 潜行者の存在?

 政府の優秀さ?

 土木の精密さ?

 技術力の高さ?


「全て、違う」


 総理は、強く首を振る。


「ただ、安心がある、それだけだ」


 考えあっての、人の功績を認めることによっての、確固たる安堵ではないのだと。


「人は、特に具体的な根拠なく、大人達の雰囲気と、これまでの経験から、安心しているだけだ。『誰かがその安心を作ってくれているから』、とは考えない。『ここは丹本なのだから、当たり前に安心だ』と、そこで止まっている」


 これまで特に何事もなかったという、稀薄な経験。

 「丹本」というブランド。

 それらによって、漠然と安心しているだけ。

 

「だから、自分達の家を、どんな人間が作っているのか、そんなことにすら、無関心になれてしまう。彼らが特別怠惰(たいだ)なのではなく、人間という種がそうなのだ」


 総理は菓子をもう一つ口に入れ、それを完全に嚥下えんかしてから、


「ある愚か者の話をしよう」


 ポツリと語り始める。

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