655.どう言ったらいいのか………
今回の学園襲撃は、結局何が何やら分からなかった。
強い目的意識を持った、影響力の大きい組織の犯行。
そう思わなければ、色々とおかしい。
規模とか、戦力とか、武装とか、諸々が釣り合わない。
チャンピオン一人の暴走だけで、済ませられるような話じゃない。
だけど、何がやりたかったかと言えば、あんまりよく分からない。
本当に差別と戦いたかったのか、丹本という国に打撃を与えたかったのか、“右眼”を俺ごと殺したかったのか。
というのも、主犯であるように見える“号砲雷落”こと“千総”が、どうも気分で動いているように見えてしまうのが、混乱の半分くらいを占めている。
あいつ結局なんだったんだよ。
一度本気で殺し合ったこともあるけど、その時からなんか、気持ちの悪いヤツだってイメージだった。
こっちの行動の全てに喜んでるって言うか、自分も含めて誰が傷を負っても嬉しがってるって言うか、MとSの欲張りセットみたいな感じ。
そいつが中心となって、流れる方向が安定しない渦が作られ、事態が七転八倒してる上に、単なる高校生からすれば、見えてる確定情報が少ない。
壱先生……、裏切られた形にはなるんだろうけど、俺は意地でも「先生」で通すとして、とにかく、あの人がillだったことまで含めて、支離滅裂としか言いようがない顛末。
どこぞの観戦大好きヤジ飛ばし女のせいで(((はい、私の目を見てもう一度)))究極聖美少女カンナ様のお蔭で、俺はダンジョン、モンスター関連の裏事情を、色々と知ってしまっている。
漫画に出てくるみたいな変な名前の特殊部隊に、名前を置かせて貰ってすらいる。
そんな俺にも、マジで全体像が掴めない。
救世教の人達に、色々と答え合わせをして貰って、それでようやく概要が分かる、くらいだろう。
ワンチャン、あの人達も一部については、「ごめん、それにつていはマジでわからん」、みたいな感じなのかもしれないけど。
で、これが他の明胤生ともなると、もっと分からない部分が多くなる。
黒塗り部分が多過ぎて、全体の情報量がクソ多いことすら把握できてないから、一周回ってシンプルな答えを出しかねない、というくらいの分からなさである。
表に出ている、最も安易で凡庸な答えは、「革命崩れ」。
虐げられてきた者達の、反動としての大爆発。
つまり、全ては漏魔症罹患者の為に起こった、という見方である。
声明を出したロベっていう人も、そういう主張を匂わせてたし、敵の大部分は、彼らで構成されていたし。
明胤生にとって今回の事案は、漏魔症から襲撃された、という認識になる筈だ。
見えない部分が多くて、疑問点すら隠されることで、そういう理解に帰結するのが普通。
少し前に俺は、疫病神として、彼らから猜疑心を向けられていた。
そしてその時、俺は反省を見せるどころか、「心当たりがない」とシラを切り通した。
彼らの怒りは燻り続け、そこに爆弾がぶち込まれたのが、今だ。
恐れた通りまた俺の周囲に、illが突っ込んできたんだから。
それでも彼らの言い分を否定し、「知ったことじゃない」というスタンスを取り続ける、それが俺の任務だ。
浅くなりかけた息を、エアコンや薬品の臭いがする空気と共に無理に呑み込んで、出来るだけ冷めた顔を作る。
彼らについて、心を痛めていても、それを示して伝えることは、「いいこと」じゃない。仕事の遂行より、自分の人情を再確認したいっていう、自己満だ。自分にそう言い聞かせ、彼らの横を何食わぬ顔で通ろうとして、
「すいませんでした!先輩!」
完全に足を止められ、表情を作るのにも失敗した。
「僕達が間違ってました!」
「え……」
「本当にごめんなさい!」
「ま、まって…!やめてよ…!」
揃って頭を下げられて、オロオロするしかなかった。
なんで謝られてるんだろう?
彼らが怒るのは、当然なのに。
「いつまで呆けてるんだウスノロチビ」
あまりの驚愕に全身硬直に陥っていたところに、後頭部を叩く一発。
「ここだと邪魔だ。話をするなら外にしろ」
言われてみればその通りだ。
今も患者の為に、忙しく働いている医療スタッフさん達。
思いっきり彼らの邪魔になる。
そういうわけで、俺達は医療棟を、人目につかない建物の間で、朳君の友人達の話を聞いていた。
「僕達、全然、ちゃんと動けなかったんです……!」
震えを止めようとするみたいに、身を寄せ合いながら彼らは言った。
「戦う覚悟があるって、どんな相手でも、自分のできる限りをやろうって、そう決めてたのに……!」
「それは……」
責められるようなことじゃない。
降って湧いた、敵が人間という戦場。
しかも、ディーパーでも対策が難しい、“銃火器”という理不尽の、更に強化版みたいなものを持って、数千人単位で押し寄せてくる。
モンスター相手と同じように戦えなくても、無理がない状況だった。
「でも、日魅在先輩は、遊撃部隊なんて一番危険な役を、妥協なく遂行してて……!」
「でも、途中で戦線を離脱したし……」
「それは!人間に化けるモンスターの、よく分からない攻撃に巻き込まれたからですよ!」
“千総”が、学園内に精神的ショックをばら撒こうとした、あの放送。
あれが逆に、俺達が壱先生に拘束され、離れられない状態だったという、不在証明として機能していた。
不信を煽る攻撃で、何故か俺の信用が上がっていたのだ。
「その前の、戦ってる時の映像も、見てました…!」
学園内に無数にある、監視カメラ。
生徒達はその“目”を共有されていた。
モンスターが大量に湧いて、破壊の限りを尽くされる前だったら、状況は細かめに把握できていただろう。
「私、調子乗ってたんです。大会を襲われた時は、上手くやれたから、だから自分は一人前なんだって。でも、いざ人を前にしたら、ちゃんとやれなくって……」
「俺がちゃんとしてなかったせいで、大怪我して、し、死ぬ、寸前まで、行った奴もいるんです……!」
彼らは一様に、青い顔をしていた。
そんな記憶を開示するなんて、自傷行為みたいなものだが、止めようとする俺の肩を、先輩が掴んで押し留める。
「聞いてやれ」って、そう言ってるみたいに。
「日魅在先輩は、そうじゃなかったですよね……!相手が誰であろうと、自分と同じ境遇だって、分かってても、手加減せずに、動きを鈍らせることもしないで」
それは、
褒められることなんだろうか?
俺のはただ、前科があったから、痛みはあっても、衝撃がなかっただけ。
「殺す」という事実が、全身を沈め潰すような、あの厭さを、何度も通っていただけだ。
彼らよりも、多く殺していただけだ。
「あの、砲撃を止めた時も、真っ先に動いて、身を挺してみんなを守ったのは、先輩でした…!」
「先輩が出ていかなかったら、他の防御が間に合わなくて、避難してた人達に、酷い被害が出てたかも……」
「それは、俺の探知能力が、他よりちょっと敏感だっただけで、精神の問題じゃ……」
「いいえ!魔法の強さは精神の強さだし、気付いてすぐに、躊躇なく行動に移せるのも、俺達だったら出来なかった…!」
「私達、どこかで、『一番危ないところは、自分達じゃなくても』って、消極的に押し付けてました…。今回、それがよく分かったんです……」
「先輩みたいに、そこですかさず行動を起こせる、その凄さも」
必死だった。
あれが着弾すれば、どれだけの人が死ぬか。
そう思って、止まっていられなくなった。
全体を見て、自分がやらなきゃと思ったわけではなく、考えるよりも前に、衝動で突っ走っただけだ。
死を覚悟した決意とかじゃなくて、直情的な専行でしかない。
「日魅在先輩は、弱い人じゃなくて、自分の気分とか、情とかよりも、やるべきことを、優先できる人で……」
それは、買い被りだ。
高純度の、幻想だ。
「僕、恥ずかしくって……」
「あれだけ責めた側が、ちゃんと役目を果たせてないって、あまりにダメ過ぎて……」
「私も、攻撃した人が、死んだかどうか、ちゃんと見ることすらしなかったんです。確定させるのが怖くて。自分が殺したんじゃないって思える余地を、残したくて」
「だ、だけど」
自責に駆られる彼らが痛々しくて、つい、余計なことを口走る。
「君達が言ってた、その、俺が不幸を呼ぶかもしれないって話があるなら、その、そんなことは、普通にやって当たり前のことに、なるんじゃあ……」
俺がマイナスにして、俺がそれをゼロに出来るだけ戻して。
そんなマッチポンプに、なるんじゃないのか?
「違うんです、先輩」
けれど彼らは、首を振る。
「俺達、分かってたんです。どんな理由があれ、許されないことをしたのは、襲撃した側で、先輩は、狙われたのかどうなのか分からなくても、被害者なのは確かなんだって」
「でも、私達、納得できなくて。私達じゃどうしようもない事が理由で、朳君が殺されたなんて……」
「だから、悪い奴が欲しかったんです。自分達で勝てる、悪い奴が」
彼らを動かしていたのは、無力感だった。
死んだ友達に、何もしてやれることがない、その悔しさだった。
「先輩は、そんな俺達も、守ってくれました」
「君達を、守ったわけじゃあ——」
「守りましたよ。あの時、誰よりも速く砲弾を止めに行った先輩は、確かに僕達を守ってくれました」
「ありがとうございました」、
もう一度、一斉に頭を下げられる。
どうしたものか。
俺は、なんて答えたらいいのか。
「こら、君達」
声の方を見ると、披嘴先輩と丸流先輩が立っていた。
「あんまり君達の都合で、彼を困らせるものじゃあない。謝罪が済んだなら、解放してやってくれ」
「あっ、すいません!そうですよね」
「ごめんなさい!お時間を取らせました!」
俺が自分の態度すら決めかねている間に、解散の流れになってしまった。
許されるべきじゃないことまで、許されてしまったまま。
「次は、俺達が先輩を守ります!そう言えるくらい、強くなります!」
「先輩に救われた命です!何かあったら、頼ってください!」
何度も頭を下げながら、彼らは医療棟内に戻っていく。
本当に、良い人達だ。
友達想いで、義に篤くて、素直で、自分を省みれて………
彼らが真っ直ぐであるほど、俺の醜さが際立つように思えた。
「好意は素直に受け取っとくもんですよー」
いつの間にか隣に来ていた丸流先輩に、肩を叩かれる。
「それについては、オレサマも同意だ」
「そうだよ。ススム君は、立派なことをしたんだから、胸を張ってなきゃ」
二人もそう言ってくれるが、単純に喜んでいいものか、俺はハッキリ決めかねてしまっていた。
「何をやっても、誰かしらからは嫌われる。顔が知れてる人間の、辛いところさ」
披嘴先輩が笑って言った。
「けれど、自分の行動で誰かを救えたり、自分を好いてくれている誰かがいたり。そんな事実だけでも、大事にしたいじゃあないか」
それは、確かに、その通りだ。
後ろめたさはあるのだけれど、それでも、
彼らの気持ちがありがたいのは、本当なのだ。
「自分くらいは、自分の事を、好きになってやりたいじゃないか」
嬉しく思ってしまうのは、偽ることができない本音なのだ。
「実はね、あの防衛戦に参加したことを、公表したんだよ」
「えっ…?」
「バカしょーじきですよねー、この人」
披嘴先輩が言った、その言葉が意味するところは——
「色んな言葉を、受け取ったよ」
「そ、それは……」
「応援と、心配と、お見舞いのメッセージを、たくさんね」
「………!」
そこまで言って、彼は目を逸らし、そのまま振り返る。
「僕が、人を殺したって、分からない筈ないのになあ………」
色んな感情が絡みついた声を残し、彼はこちらを振り返らずに去る。
丸流先輩はウィンクをして見せ、それから彼の後を追っていった。
俺は、
喜んでいいのだろうか。




