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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十三章:呪いが解ける時

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654.救われない人達

「受け流して、どこまでも気楽に……、それが、出来てるつもりだったんだ……、だったんだけど、ね……」


 殊文君の助手、いつも飄々《ひょうひょう》としていた良観よしみ先輩は、ベッドの上でやつれた顔を垂れ下がらせた。


 すぐ横の窓の外では、多数のアームを持った、動く建築物みたいな重機が、瓦礫がれき撤去や各所の修復にいそしんでいる。

 魔学駆動系を持った、最新鋭の機材なのだと、先生から教えて貰った。


「君のような、当事者にとっては、ズルいスタンスだとは、思うけどね」


 長く流した前髪越しの眼は、水分を失ったようにしぼんでいる。


「『可哀想』だって理由で、社会が人を救うべきじゃあ、ない。時間を掛けて、そそぎ込むリソースを精査すべき。それが僕の考えなんだ」


 俺について、漏魔症について調べた、その理由の一つが、「現在の扱いが妥当であるのか」、それを客観的に検証する為、らしい。


「誰か、困っている人に、手を差し伸べたい。それは、美徳ではあると思う。だけど、人の本能は身勝手だ。『助けが必要なのだ』と、気付きやすい対象と、気付きにくい対象、どっちもあるのが、特に良くないところなんだよ」


 感情で助けていると、人間意識というプログラム的に、「可哀想」と認定しにくい、一定の人達を無視することになる。


 あわれんでもらえた時点で、社会に認知される強者となる。

 真の弱者は、誰からも苦境を認識されないもの。


「弱者を救う。それは、一部のグループを特別扱いすることだ。疎外して迫害することにもなるし、英雄として扱うことにもなる。どちらかではなく、その二つは根本的には同じことなんだ」


 だから、弱い者を助けるというのは、時に危険なのだと、彼は語る。

 助けを求めて喉をらして、それでも耳を貸してくれない。そんな鬱屈うっくつを溜め込んだ人達の前で、大した理由もなく優遇される者達が居る。

 

 その状態は、容易に人をとす。


 公平公正に扱ってくれるという、社会からの約束が、有名無実となってしまったら、

 法も秩序も、人はその場で脱ぎ捨てるようになる。

 それらを守ったところで、良い事なんてないと、そう思い込んだら最後、屑紙くずがみみたいに丸めて投げる。


「勿論、その感覚がいつだって正しい、というわけではないさ。感情に振り回されているのは、彼らの方も同じなんだ。失うものなんてないと拳を突き上げたせいで、まだまだ幾らでも失い続ける、そういうことだって、よくある話さ」


 だから彼は、優遇不遇の主張合戦に対し、論証による説得を試みた。


 ディーパーや漏魔症罹患者は、政府から守られていて「ズルい」のか?

 有望な潜行者は、才能があるから「ズルい」のか?

 深化を起こす者達は、運に恵まれているから「ズルい」のか?

 

 それらを検証し、その上で公的な扱いなり、支援なりを、適切な形に整備する。

 良観先輩が目指したビジョンは、そういったものだった。


 それにはまず、信頼できるデータが必要だ。

 新開部に入り、そこで出会った優れた頭脳、殊文君と協力し合い、「本当の弱者支援とは何か」、そのテーマで魔学の世界に切り込んだ。


「冗談じゃないって、そう言うだろうね。君がこれまで苦労して、政府の支援が無ければ生きていられなかったことは、君にとって真実だろう?そこに疑いを差し挟まれるなんて、恵まれた者の寝言を聞くようなものだろうさ」


「いえ……、視点としては、普通に分かるって言うか……」


 何なら、似たようなことを言っていた人を、俺は知っている。

 日魅在(まもる)

 俺のにーちゃんだ。




 見えないところで追い詰められてる人が、一番悲惨なんじゃないか。

 そういう話を、小さい頃から聞かされていた。


 漏魔症は、どうなのだろうか。




 可哀想と、思われていない側にも見える。

 でも、事実として、実際の運用として、特別にお金を投入されて、たすけられている。

 働かなくても暮らしていけるように、社会が整えられている。


 元は、偏見溢れる世の中で、社会に受け入れられるまで、補助として支払われるものだったらしい。

 だけどいつからか事実上、漏魔症の隔離費用、みたいなものになってしまった。


 何か、社会でまだ認知されてないような、分かりにくい不利を背負っている人が居たとして、それか、自分がそうだと信じ込んでる人が居たとして、

 漏魔症罹患者って、とっても楽で、理想的な生き方に見えるんだろう。

 

 上も下もないって言ったところで、「特別扱い」が制度として実在してしまっている。

 その本当ファクトが彼らの背中に、まるで神話の刑罰みたいに、大岩を乗せて行動力をぐ。

 それか、恨みや憎しみに油を注ぐ。


 絶望が、人から約束を奪って、獣にしてしまう。

 

 と言うか、たぶんほとんどの人が、「自分だけに降り掛かる不幸」を、それぞれ個別に持ってるんだろう。


 それは個人的なことで、聞いてもらえないのが当たり前だから、誰かが特別にされた瞬間、「なんであいつだけ」と思うことを、止められなくなるのだろう。


 弱きを助けるって言うのは、「自分は弱い」と思ってる大多数に、無力を与えたりイジけさせたりすることと、表裏一体。


 だから、「約束を破ったのではありません」、「どころか、約束を守る為にやってるんですよ」、そういうちゃんとした理屈を周知することに、意味が生まれる。

 

 従って、「やる前に理論武装を徹底する」、その姿勢も普通なことだ。


 


 そこまで考えたことを、かいつまんで先輩に話した。

 社会が人の集合である以上、おおやけの力を使うなら、まず納得させる理屈ありき。

 そういう順番でゆっくり進めるしかない。


 理解できるし、同意する。

 彼の牛歩ぎゅうほも、漏魔症への支援の再検討も、怒るようなことじゃない、と。


 良観先輩自身が、それに首を振る。


「それはそうだ。正しい。正しいから、僕は思い上がった。思い上がってしまったんだ」


 なまじ、それが一本に通っているのが、気付きを遅らせたのだと、彼は語る。


「良観先輩は、何を、分かってなかったんですか……?」

「笑ってしまうほど、当然のことさ」


 彼の自嘲には、明らかに力が無かった。


「『時はかねなり』。時間は、貴重だってこと」


 時間経過は、常に、確実に、起こっている。

 だからこそ軽んじられがちだが、実際のそれは純金より重い。


「間違いが……、本物の不遇が、世の中にあったとして……、その是正に時間を掛けるってことは、それだけ被害の拡大を許すってことだ。それだけ見捨てる人数を増やす、ってことだ」


 急いで変えれば、何も奪われなかった、救われたかもしれない人達。

 それは1秒ごとに沈殿ちんでんし、下に掛ける負荷を強めていく。


 底が抜けるまでの、崩壊の力。

 それが今も、堆積し続けている。


「で……、でも、だからって、焦ってやったら、新しい問題が、生まれちゃうことだって……」

「そう、そうだ。うわつらの情に流されて、その場その場で『良いこと』をするなんて、社会転覆の最適解なんだ。だから僕は、今のやり方が正しいって、自信を持っていた。疑わなかった」


 けれども——


「『それが解決する時、自分はもう手遅れになっている』。そう思いこむ人間が出て来るのも、疑いようのない当たり前だったんだよ」


 幾ら正しいことをしようが、幾ら改善していこうが、その者達にとって、社会はにっくき敵である。


 自分の力で解決することも、助けを求めることも許さず、彼らが犠牲になるのは仕方ない、そう断じてしまったのだから。


 それは、思い込みだ。

 それは、我がままだ。

 それは、言い掛かりだ。


 では、誰がそれを、証明してくれるのか?


 彼の主張の是非が出る頃には、彼はもうドロップアウトした後。

 今死んでも、後で死んでも、結果は同じ。

 少なくとも、そう信じてしまった者達に、理屈なんて無意味。




 死後に向日葵ひまわりの絵が売れたところで、

 作者はそれを喜んだのか?


 いなだ。

 彼はもう死んでいるのだから、喜ぶどころか知ることすらできない。




「彼らは、間違っている。間違ってるんだけど、だけどその事実を指摘しても、何の意味もない。彼らにとって、社会の『正しい』挙動こそが、自らを処刑するギロチンの所作なんだからね」


 社会を「正しく」運用するとは、そういうことだ。

 その社会が、未来でも残る為、より強くなる為、弱くなるとしても最小限の損失にとどめる為、子々孫々の出来るだけ多くが幸せになる為、


 今を生きる者の中から、出来るだけ少なく、けれど絶対に、

 幸せを削り、人生を手放させる。


 誰かが、「その役」になる。


 自分が救われないのを知りながら、社会に奉仕し、隷属し続け、墓の下まで約束を握り続ける。


 社会の形成過程で、それを誰かがやらなければ、真に平等で、真に平和な国なんて、作れない。



 

 “本物”を作るには、時間が必要で、

 人間の寿命は、そこまで待てないから。




「僕は、受け流している、つもりだったんだ。『可哀想』だとか、『救いたい』だとか、そういうものにのめり込み過ぎず、強い心で前に進んでいる、って」


 それは思い違いだったと、彼は頭を抱えた。


「『正しい』ことは、誰かを捨てて、殺すことと同じだったんだ……!僕は、『受け』られていなかった……!避けていただけ……!避けて、避けて、自分が避けていることすら気付かなくて……!」


 これまで運良く触らずにいられた。

 ぶつかってすらいなかった。

 それを、分かっていなかった。


 受け流せているなんて、思ってしまった。

 実際に受けた時、その重さに背中から、地へと叩きつけられた。


「僕は……!僕は、人の幸せを……!誰かを救うって、素晴らしいことに、正しさをえられるなら……!もっと、もっと世の中が良くなるって……!」


 ベッドやサイドポールまで、音を立てて揺れ始める。

 顔からせてしまった彼の背を、殊文君が撫でて落ち着かせる。


「もういい、良観…!もういいだろう…!今は休め…!」


 俺とミヨちゃん、ニークト先輩の目にも、良観先輩は限界なように映った。


 救おうとしていたものを、その手で殺す。


 その倒錯とうさくした、悪趣味なシチュエーションを、俺と同じように、彼もその手で味わった。


 自分の色んな中身が崩れてしまうのも、無理はない。


 彼が言いたかっただろう内容は、全て聞けただろう。

 後は、全部吐き出したことで、快調に向かうことを祈るしかない。

 

 俺達は二人に幾つか言葉を掛け、後ろ髪を引かれながらも、その病室をすことにした。


 廊下に出てしばらく、気まずい沈黙が漂う中で、全員が下を向いていたのだろう。


 小さく驚く声に、前を確認したところで、3人とも初めて気が付いた。


 そこに居た数人は、仲の良い友達同士だった筈だ。


 何故知っているかと言えば、一度、彼らと話したからだ。


 俺を守って死んだえぶり君。

 

 彼について俺を問い詰めた、


 あの時のメンバーに混じっていた顔触れだ。

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