652.返ってきた一発
〈あああああ……!あつ……!あつ、い……!〉
地下構造を更に溶かし掘りながら、そいつは這って逃げていた。
〈damn it……!ちからが…!はいらな……!〉
溶鉄のナメクジの如き外見のそれは、なんとかこの場から遠ざかろうと、全身を波打たせて漸進を試みる。
歩くなんて高度な技能を駆使する余裕を失い、少しでも距離を稼ぐことだけにベストを尽くす。
身体のどこを使ってでも、とにかく1mmでも先を目指す。
〈こんな……!こんな……ことで、おわるなんて……!〉
大勢の足音が、狭い隧道で反射を繰り返し、そいつが身を隠す穴にまで響く。
来る。
来ている。
逃す気などない。
〈させる…!もんか……!〉
重金属芋虫は、ズリズリとその身を削りながらも、決して諦める様子を見せない。
〈なっとく、できるか…っ!こんな、しょうか、ふりょうが…っ!〉
“醉象”がやっていた、A型という側面で、自らを産み直す手法。
見様見真似で模倣したまではいいが、それすらも「内側から何かを生成する」行為であり、新たなエネルギー発生を必要とした。
故に、産み落とされた身体もまた、その瞬間から制御不能な白熱に侵され、満足な四肢を用意できない。
肉体の修復より先に、自分のパワーが自分を崩壊させてしまうのだ。
〈ぼく、が…!じがい…!なんて…!〉
自分で自分を殺す。
戦場の付け合わせとしては、それなりのアクセントになる。
だがそいつは、ステーキを丸齧りしに来たのだ。
最後の晩餐がスパイスを舐めて終わりなんて、そんなに侘びしいことはない。
〈やり、なおす…!つぎは、さいごまで、イク…!〉
100%、120%、150%、1000%………
最高を超えた究極を突き抜け、限界など無いかのように高まっていき、それが思いもようらない惨劇を描き出す。
最悪の戦場。
醜悪な修羅場。
そこに顕れる真実!
その中で死ぬ為に、これまで努力を重ねてきたのだ!
最善を尽くさないまま、自分から死ぬなど、「本物」を最も踏み躙る行為!
〈ぼく、はぁぁぁ…!またや、る、ぞぉぉぉ…!〉
だから、生き残らなければならない。
完璧な戦争を実現する為、石にかじりついてでも。
〈ぉぉぉおおおお……!〉
ドロドロと延長されていた穴の先端が、突如広がり光を吸い込む。
つっかえを失い、空間に放り出される“千総”。
僅かに溜った水が、じゅわりと蒸発。
〈う…、うお……〉
そこは、別のトンネルだ。
大してZ軸方向に掘れておらず、別の通路にそのまま出てしまったのだ。
〈うおおぉお……〉
そしてそれは、視覚的には隠れている状態からも、追い出されたということであり——
〈うぉぉぉおおおおぉぉおぉぉおお………!〉
足音が近くなってくる。
一方で“千総”は、腕すらまともに動かせない。
〈ば、ばかな……!〉
紛争と言えるほど長引かず、革命と言うほど影響はなく、単なる“乱”と呼び捨てられる。
そんな闘争が、そいつの最後。
〈そんな、クソつまらない、おわりかたぁぁぁぁ……!〉
優秀な戦士に鎮圧されてEND。
そんなの、捻りがないじゃあないか。
普通過ぎて、何も感じられないじゃあないか!
〈No…!Hell No…!No、NO、NONONONONONO……!〉
“千総”は戦慄する。
刺激を欠いた死こそ、最も忌避する事象であるから。
〈ぼ、くはぁぁぁぁ……!〉
「おっと、気をつけてくれると嬉しいカナ」
〈!〉
周囲が一切見えていなかった為、その男の出現に気付かなかった。
光源が疎らな筒の中、駆逐し切れない闇から溶け出る。
全身黒ずくめの東洋系。
白い顔だけが、茫と浮かぶ。
誰もが知って、“千総”は特によく通じた男。
〈わー、すと…!〉
「あんまり近付かないようにして欲しいナア。高温過ぎて、触ったら大火傷だ」
こいつがここに居るということは——
〈だん、ジョンは……!〉
「失敗したよ。門番に足止めされてる間に、増援が来ちゃってね。入れなかった」
掌を上に、肩を竦める遠照。
それを聞いて、“千総”は逆に喜んだ。
互いの全力をぶつけ合う、そのマッチが成立する余地が、まだ残っている。
「コアは無事かい?」
〈とうぜん…!ここに、しっかり…!〉
「ヨシ。放熱を急いでくれ。もうちょっと冷めたら、ボクの能力でキミを逃がせるから」
〈ああ……!いいとも……!〉
足音は更に大きくなる。
並んだ太鼓が叩かれ続けるように。
〈くそ…、もう、そこだ…!〉
「時間が無いナア……。どうしよっか?」
遠照が聞いた相手は、瀕死の“千総”ではない。
彼の背中に隠れるようにして、その身を小さくしていた青年。
彼女はそれを見て、意外に思う。
てっきり、もう死んでいて当然と、そう考えていたから。
身の程を知らずに、無謀にも現実へ突っ込む、真っ先に死ぬ新兵のような、知恵が少し回るだけの臆病者。そういう人種だと思っていたから。
青年は中折れ式の単発銃に、弾丸が装填されているのを確認。
敵が来るだろう方向へ、左手首を台にして構える。
「ワールド・ウォー、聞きたいんだけど」
撃つ前に、彼は最終確認を入れる。
「僕に君のローカルは、ちゃんと適用されてるの?」
彼の体質だと、例外扱いをされかねないから。
〈もちろん、だとも…!〉
“千総”は太鼓判を押す。
〈じ、ゅうは、なにものにも、びょうどう、だ…!きみは、かくじつに、ねらったものを、うちぬける…!〉
それが使い手を選ばないからこそ、
誰でも簡単に死と恐怖を蔓延させられるからこそ、
彼女が生を受けたのだから。
「信じるよ…?」
そこまで聞いても、どこかおっかなびっくりな顔で、
青年はトリガーを引き絞った。
〈………〉
“千総”は、様々な感覚器官が死んでいたが、それでも弾丸がどこに行ったか、ローカルがどのように発動したか、それを辿ることが出来た。
だから、その結果を見ようとした。
誰かを殺すのか、
何かを壊すのか、
どういう知略で切り抜ける気か興味があったか〈ごぅ〉ら……?
大口径の弾丸は、
狙い過たず、
射線の先から蜻蛉返りして、
“千総”のコアを撃ち抜いていた。
〈E……?〉
「大当たり。いや助かったよ。射的の腕には、そこまで自信が無かったんだ」
〈……?……???〉
彼女は遠照を見上げた。
「おかしいだろ」と言って欲しかった。
彼は破壊を欲して、彼女と結んだのだから。
彼女に居て貰わなければ、いけない筈だから。
「悪いね。キミに生きてられると、後々の段取りが、七面倒になるからサア」
けれども彼は笑っていた。
「ここで確実に、死んで欲しいんだ」
それから弾丸が摘出したコアを、踵で念入りに踏み砕いてから、
「ま、背中から撃たれて、実力を出し切れず死ぬのも、戦争っぽい、ってことで」
ディーズと共に、黒へと吸われていった。
すぐ隣の照明の下に、決して現れることはなかった。
1秒もなく、防衛隊が到着した時、
“千総”は丁度、この世から完全消滅するところだった。




