650.ちゃんと強いのが本当にイヤ
丁都、浪川。
その地下では、100人単位の隊員達が、穴を掘りながら壁を補強し、特定の形状のトンネルを作っていた。
炭鉱夫めいてピッケルを振るっているように見えるが、その実彼らの手にあるものは、鍬である。
蛇皮に似た光沢を、暗黒の中でも浮かび上がらせる、魔の産物たる木目の農具。
それらが岩を割り、土を耕し、魔法眷属たる植物が、爆発的に繁茂していく。
草が結び合い、枝が絡み合い、それぞれが図形を作る事で、巨大な多重魔法陣を構築。
ダンジョンケーブルを補助に使って、五十妹の詠唱成立用舞台を設えた。
巨大な筒が少しずつ進みながら、落盤を防ぐ為に固めた内壁を、スコップやドリルで掘り進み、陣の破壊を試みる銃列。
それらと相撲を演じつつ、破損箇所は素早く修復。
それはまるで、免疫と自然治癒。
地下が一つの命と化している。
「フェーズ5」。
地下に大規模魔法陣回路を敷設。
五十妹の完全詠唱によって、敵を焼き払う。
〈Not Bad!だけど!“千総”には火力不足、さ!〉
ビルが傘のように上部を広げ、他の多くの眷属を守る。
本体に到っては薄く赤らむだけ。
一部の武装が使えずとも、9割方の主砲は無事だ!
〈さあて!〉
キャタピラが前後に折れて、4脚の形で地に刺さり込む。
細いサングラスにも見える、頭部のガラス窓がキラリと光り、上体がお辞儀のように前傾する。
結界の、ある一面。
一つのバリケードに向かって、彼女から生える大砲という大砲、その全てが口を開け、ありったけ吐き出す準備を終えた。
〈FIRE!!!〉
砲口が上げる咆哮!
群れを直感させる個体の嘶き!
魔具のスロットが火花を飛び散らし、ぺっぺとカートリッジを吐き出す!
だがその瞬間、予備カートリッジによる第二魔力源に切り替わり、強制停止を辛うじて回避!
「カートリッジ交換急げ!」
「メインカートリッジ交換!」
その間に主要動力源の復旧作業が進む、
が、当然それより“千総”の火力積み上げが上回る!
ほとんど連射と言っていい猛攻により、飴色がバリケードの防御機能を完全に『XⅡ全機、照射開始!照射開始!』
魔法による砲身への干渉が、突如一点に偏った。
そんなことが、全身の各所で起こっていた。
弾の出口が潰され、暴発に次ぐ暴発で内側から四散する。
〈太陽が…!?〉
五十妹の魔法、それは日光に当たっているものを対象とする。
そして今、虫眼鏡で集められたみたいに、光が数十の焦点を結んでいる!
〈その……、車両……!〉
バリケードを補強する設備かと思われていた、トラックに牽引されている装置。
その上部が、消防が持つ“はしご車”のように、鎌首を上げて先端を開く。
三角と四角で構成されたパラボラアンテナ、そう表せる装置。
その用途は、キラキラ光るレフ板めいたパーツと、中央から点射される強い閃光、それらを見れば察することが容易!
〈鏡かあ…っ!考えるね…!〉
“超交叉反射増幅鏡拾弐型”。
コールサインは“スーパーミラーXⅡ”。
隊員内での非公式別称は“ハッシャク”。
壌弌重工が開発した専用魔具は、受けたのが単なる太陽光であっても、ミサイル撃墜が可能なレベルにまで、エネルギーを集中させる。
反射させるものが五十妹の魔法ならば、対人対物対空ビームを発生させる事まで出来る!
〈だけど…!光を遮ってしまえば…!〉
軍事に関するテクノロジーの数々を、自らの身体器官として生み出せる“千総”。
日が当たらないよう砲列を覆い隠し、表面のコーティングで光線を弾くことなど、思考不要なほどに容易い!
ベキベキと変形し、全体がソーラーパネルめいた殻で覆われる。
唯一開いた部分から、無数の銃身が突き出て並ぶ。
その様は喩えるなら、頭が上になったオウムガイだ。
足の全てが殺人機壊な、世にも珍しい多足類。
これであれば邪魔されずに、暴弾裂破を垂れ流せる!
という対策くらいであれば、人並みな脳ミソが付いている者は、誰でも思いつきそうなものだ。
と言うことは、防衛隊だって発想している、そう考える方が無理が出ない。
ならば、彼らが解答を用意していないなんてことが、あるだろうか?
『N各員!N01!結果内への突入を開始!繰り返す!突入開始!』
入場したのは、空を行き来していた降下部隊。
一方向を除き、全体の弾幕が薄くなったのを確認後、即押し入り!
一部のXⅡが絞りを緩め、彼らを覆うように五十妹の魔法を照射。
弾道を無理に曲げて彼らを襲っても、決定打を与えられない!
到頭体表に到達!
それぞれの魔具で外殻を三角形に鎔断していく!
電流や高熱、音響兵器で対抗するも、壌弌と五十妹の二重加護が芳しく機能!
これまた致命傷は与えられず、全てを振り落とすにも足りない!
〈離れなよっ!Ladyの体をベタベタとっ!〉
壁に叩きつけようとするが、結界は防衛隊に干渉せず、潰すことができない!
一部の外殻がトラバサミの動きで挟み殺そうとするも、回避されるか耐えられる!
「全身不謹慎モンスターめ!」
「零輪丹本の放送コードじゃ余裕で規制対象だぞこのドンパチビッチが!」
ここまでが、「フェーズ5」。
身動きが取れなくした目標に、五十妹の完全詠唱を浴びせ、防御に回ったところへ、降下部隊が切り込んでいく。
完璧な読み。
完璧な連鎖。
完璧な組み立て。
〈この僕が相手でなければ、だけどね〉
殻が爆発した。
降下部隊がポップコーンみたいに跳ねた。
外殻の破片は、ローカルの効果で狙った場所に、
鏡からの照射を遮る空間座標に配置され、固定される。
数秒ほど、“千総”は日陰で涼を取った。
熱中症対策は万全。
本体から生える銃身全てから、滝のような制圧砲射。
継続的に強い負荷をかけることで、遂にバリケードの一つが境界を停止させてしまう。
ここで彼女最初にやることは、
結界内から速やかに離脱すること、
ではなかった。
期待値を更新し続ける彼らに、よりやる気と殺意とを出して貰う為に、嫌がらせをすることだった。
頭部に当たる部分から、入れ子のような砲身が再び迫り出す。
発砲は為された。
太蔽洋を横断可能な威力の砲撃が、
街のすぐ近く、ある施設に向けて放たれる。
着弾地点には、
行政の長と、守るべき市民と、子ども達、
その全てが詰まっていた。
あと瞬き何回かのうちに、一つの学園が地図から消えようとしている。




