649.忘れてない?勉強はちゃんとしようね
激化に次ぐ激化。
銃砲共の攻勢は強くなるばかり。
荒海による防御も破られ始めた。
抵抗を効率的に貫通するよう、撃たれる弾頭が銛型に変形したからだ。
あちこちのビル群から滑走路が伸び、対地火炎放射や制圧射撃を行えるヘリコプターや、爆弾投下や機銃掃射をしては空に逃げる急降下爆撃機など、様々な形となった眷属共が、メダルゲームの如く放り出されていく。
だが制空権は、未だせめぎ合いの最中。
人間もまた宙を翔け、壌弌の能力が作る防護アーマーで固め、変身能力者と共に空を奪回する。
そこに、カラスの群れに誘導された長距離投射魔法弾が降り注ぎ、天地問わず鉄槌を下す。
恐るべきことに、この戦場における命中率は、両勢力ともにほぼ100%。
片方はローカルで、もう片方は連携と技術で、全弾命中連続記録を更新し続ける。
一度逸れて、壁や地面にぶつかろうとも、そこからまた飛び立って、別の目標へと向かう。
弾の一発一発までもが、飛行能力を持つ兵隊であるかのように、
それらは敵と見たもの目掛け、執念深く追跡を続ける。
バントウ作戦フェーズ4開始から、約2分。
illが手足のように操る要塞都市という、“不可踏域”の縮小再生産版のような環境下で、120秒も戦死者ゼロのまま戦い続けているのは、偉業と言える記録であった。
〈ふ、フホッ、フハッ、HAHAHAHA……〉
その全力の仕事に、
最高の戦士達に、
彼女が平気でいられるわけがない。
〈Ah~…!oooOHhhhhh……!!〉
銃身という銃身を赤熱させ、熱で膨らませ、先端の溶け出した金属を、分泌液のようにぴゅうぴゅう飛ばして、
〈ああ……!最高だ……!〉
冷却の為の排気と共に、深く深ぁく、甘い息を吐く。
〈サイ、コー、だ……!良過ぎるよ!君達……!〉
街のあちこちから、白い熱煙が噴き出して、局所的大気温を1℃ほど、体感温度を数十℃底上げ。
〈感無量とは、まさに、この気持ち……!〉
攻撃が、僅かに弱まる。
だが不穏は、決して晴れない。
〈これだよ…!僕が恋した国だ…!〉
“千総”は思い出を優しく撫でる。
あの戦争で、彼女は間接的にしか関われなかった。
だが自分が出来得る限り、砕き、壊し、折って、焼いて、灰の山だけにしてやった。
戦場も、そうでないところも、悲惨な死に様が転がっていた。
凄惨な死神がほっつき歩いていた。
彼女好みの極限を突き詰め、やがて耐えられずに崩れていった。
終わった筈だったのだ。
あの時に一度、ここは綺麗さっぱり、完膚なきまでに、叩き潰されたのだ。
気持ち良かったと、彼女は満足してそれらを捨てた。
だが、
だがそれでも。
〈灰の下でまた根を張って、芽を出し、葉を出し、花を咲かせた!〉
彼女がある日、その地に降り立つと、
以前と同じ、いやそれ以上に、そこは発展した都市だった。
〈なんて、なんて、素晴らしいんだ……!〉
目を丸くしたものだ。
大いに笑ったものだ。
〈だって、そうじゃあないか!そんなの、そんなの…!〉
彼女にとって、都合が良過ぎる。
思うまま、好きなだけ、破壊と殺戮の限りを尽くして、散々遊び尽くし、気持ち良くヤリ捨てた後に、
壊れる前より価値あるものとなって、また目の前に現れるのだから。
“千総”にとって、それは怪談に出て来る、呪いの人形と同じだった。
叩いて、千切って、焼いて、沈めて、何をやっても、手元に戻り、怨念との殺し合いを提供し続けてくれる。
彼女が欲しい玩具、堂々の第一位。
そんな妄想そのままの品が、こうして実在しているのだ。
そして人形は、ちょっと寝かせておくだけで、牙を磨き、爪を研ぎ、この時の為に、殺傷力を高めてくれていた。
昔の恋人に遭ったら、前より自分好みになって、彼女をはしたなく誘惑するのだ。
こんなのもう、喰らいつかないのが嘘だ。
乗ってやるのが甲斐性だ。
また、
あの戦争のように、また、
端から端まで味わい尽くして、人民の隅々まで犯し尽くさなければ。
民族浄化の勢いで、列島全ての併呑を図って、
彼女の全てを出し切らなければ。
今度は、間に何も挟まない。
この刺激の全てを、直接的に摂りまくれる!
〈また焼け野原にしてあげるよ!次はどれくらい掛かるのかな?どれだけ強くなって、戻ってきてくれるかなぁ!?〉
ゥゥゥウウウウウウーーーーーウウウゥゥゥゥ!!
サイレンの輪唱が、人々の頭を押さえつける。
それは設置してあった機材が鳴らしたのではない。
快楽を覚えた怪物の喘ぎ声だ。
〈何機撃ち落とせるかな?何個ドッカンしちゃうかな?〉
ビル群から、1対の翼に計4基のプロペラという、古い型に見える爆撃機が飛び立つ。
〈さあどうしよう!これはどうする!下手に触ると、大変なことになっちゃうよ!〉
“千総”を構成する物語の中で、最も残忍で凶悪、最高の破壊力と最悪の汚染能、それらを併せ持つ禁断の兵器。
それを搭載した機体が、数十機ほど顔を出す。
これらを生み出すエネルギー確保の為に、攻撃の手を暫時緩めていたのだ。
〈軍事基地でもない、ディーパーが特別多いわけでもない地区で、人という人を沢山殺す。それだけの為に、ややこしい爆弾をせっせと運び、街一つを呪われた領域に変えて、そんな極秘のお使いの帰り、誰にも見られずサメの餌!〉
彼女の大好きなジョーク。
戦略的な進展より、実際に撃ったらどうなるか、そのデータ収集欲が我慢できなかった。
その背景を含めると、更に笑える話である。
〈さあ!今度もまた!知らない爆弾を評価する、計器代わりにされちゃうのかな!どうするんだい!どう止めるんだい!それとも、「奮戦空しく」、かな!〉
それぞれ別方向目掛け、丹本に黒い炎雷を降らせに、
助走をつけて躍り出て——
——我が皇御孫命は、
——豊丹原水穂國を、安國と平けく知食せと、
——事依奉りき
『こちらP01。各P小隊、全作業完了』
——國中に此く依奉りし
「東部方面総監が神宮に完全詠唱を要請しています」
『使用を許可する。G10に話は通してある』
『各員!こちらCP!フェーズ5に移行!XⅡ全機起動!繰り返す!XⅡ全機起動!』
——荒振神等をば神問はしに問賜ひ、
——神掃ひに掃賜ひて、
——語問ひし磐根樹根立草の片葉をも語止めて
甲都、雨坐大神宮の中枢部。
丹本の精神的支柱、その一つを継ぐ者の座す聖域。
——雨の磐座放ち、
——八重雲を伊頭の千別きに千別きて、
——天降し依奉りき
政十家を始めとした、五十妹本庁の有力人物が2列に並び、
朗々と祝詞を詠み上げる奥で、
御簾に神楽舞の孤影が躍る。
——種種の罪事は天津罪、國津罪、
——許許太久の罪出でむ
「大戦中、連合軍は、ドミノボムを四都に落とさなかった…!」
輸送機内で射程圏内に留まり、完全詠唱を維持し、部下達を守り続ける降下部隊長。
彼は笑いながら、殺人機械へ一方的に出題する。
「何故だと思う……?」
——此く出でば、
——雨津宮事以ちて、
——雨津祝詞の太祝詞事を宣れ
「五十妹が怖かったからだ」
——“天流産土常盤堅磐命”
「歴史に学べよ、若輩」
変化は、誰に目にも明らかだった。
視界から煤けた色が消え、明暗や濃淡がくっきり分かたれる。
晴れた。
雲に真円の穴が開き、そこから日輪が街を睥睨した。
日の当たる場所から、赤に輝く稲穂が生え育つ。
それらが銃器を蝕み、巨砲を萎えさせ、人に活力を注ぎ入れる。
〈これが……!〉
爆撃機が、稲穂によって無毒化し、推力を失って落ちていく。
〈これが、そう…!それで……!〉
丹本が本土防衛において、無敵と言われるその所以。
モンスターが蔓延ることなど、出来はしないと豪語する訳。
〈ああ……!そうか…!だから、僕と遊んでくれてたんだね!どうりで、付き合いがいいわけだ…!〉
頭上から派手に攻め込み、
地上部隊が彼女を固定し、
その間、地下で魔法陣回路を構築。
今の彼女は、
五十妹の完全詠唱の下で、効果範囲から逃げられない状態。
土も日陰も近くに無いのに、路面に放られたミミズの苦境。
この戦局に持ってくる為に、全ての駒は配されていた。
〈やってくれる…!それでこそ……!〉
それでこそ、吹っ掛けた甲斐があるというもの!
好きなように操られたと知り、“千総”は更に楽しくなる!
そして同時に、箍を一つ外す!
〈こんなに、追い詰めてくれたんだ!そろそろ本気で殺さないと——〉
——君達の頑張りに、
——失礼だよね?




