645.こいつほんといい加減にしろよ!!
飴色が、降る、降る、降る。
黒が、喰う、喰う、喰う。
収納し切れず、袋の尾を突き抜けた流星。
それを弾くは、同色の残軌。
門を通した飴色を、別の口から出しながら、
その黒色ごと破壊力を、振る、振る、振るう。
震える。
脳芯に脳震が来る、来る、狂う。
火の矢の洪水を翼から、真っ新に洗い流すべく浴びせかけ、
けれど塵芥の一つぽっちが、こびりついて離れない。
何度スポンジで擦っても、皿に居残る黒い点。
爪を立てても、金属で擦っても、綺麗に消えてはくれなくて。
これは、
これは汚れではない。
これは、瑕だ。
白い皿の表面に、ぽつりと開いた些細な“欠け”だ。
ならば、洗うのでは駄目だ。
これを無くすには、二つしかない。
直すか、
それとも壊すか。
その女にとって、選択とも呼べなかった。
その手の中にある手段は、いつだって一方通行だから。
「壊そうか!」
両手の多連装ランチャーを撃ち、両足で50口径小銃のトリガーを引きっぱなしに。
「粉々に!瑕だ“欠け”だが気にならなくなるまで!」
両耳からも短機関銃を連射。
飴色が全身を包み、シャープな鎧と一対の翼を作る。
「Good Luck!Hard Lack!」
だがそいつのやりたいことは、攻撃である。
即席のアーマーは、高機動能力を得る為であり、ガン攻め手段の一つでしかない。
その飛翔は、直線のみで構成された図形を描き、
その中心、球体に近い飴色の塊に、満遍なく爆炎を振りかける。
「やかましーーーーんだよーーーーッッッ!!」
それを経線に沿ってパックリ割る炎尾一閃!
そこから飛び出し燕の如きスレスレのターンを決めて、上下逆姿勢で詰めて来るのは、掌印を結び続け楕円ゲートを操る吾妻!
「効かねーっ、って、言ってんだろーがーーーッ!」
ブーツが、
その裏に開かれた黒色が、頭部目掛けて振り下ろされる。
翼が削り取られ、空いた部分から足刀蹴りを捩じ込まれる。
だが機関銃がそれを撃ち、ゲートの許容量を超えて靴底を叩く。
ブーツの踵に別のゲート。
楕円の中から炸裂した飴色の爆発。
その反動を使って、吾妻は足の軌道を直角に変更。
相手の鎧の一部を抉りながら飛び離れる。
吾妻に利用された爆発が、大きくUターンして再び彼女を追う。
それをゲートに通し、その出口をたった今突っ込んで来たバイク型の中程に開く。
手頃な傾斜をジャンプ台にして跳躍してきたそいつは、前後真っ二つにされながらも、ヘッドライトの両脇から生やした銃身で、最後っ屁を乱射する。
それをまたゲートに通し、足の裏から噴出させ、他のゲートで受け取れ切れなかった飴色にぶつけ、或いは飛行の為の推進力として使う。
空間に満ちる全てが、彼女を狙っている。
殺して焼いて砕いて溶かそうと、躍起になっている。
だからこそ、彼女の反撃が強くなる。
吾妻はその全てを、自分の為に使うことが出来る!
「ああ!いいね!凄く!最高だ!」
飴色で全身コーティングされたヘリコプター型が突っ込んできて、ローターブレードで切りつけてくる。
一度敵の砲火を纏ったキックで削った後、同じところをゲートで呑み込み、ぶった切ってやる。
同様の二重攻撃で、あちこちを破損、破断させ、撃墜していく!
「何がそんなにオモシレーんだよ!オメデタイ頭してんな!クソアマがッ!」
「何が!?何がだって!?君には分からないのかい!?」
二人は燃ゆる残影を絡み付かせながら、灰色の雲に曲がりくねる螺旋を描く!
「僕にはもう何も無い!地位や仲間と一緒に、しがらみも無くなった!」
そいつは楽しんでいた。
敵との激しい撃ち合いに、悦んでいた。
「どうだい!この放漫さ!解放感!分かってくれないかな!僕を見て、感じてくれないかな!」
「キッショいんだよサイコキラーが!」
強くなる為でもなく、偉大になる為でもなく、
殺し殺されの実感が欲しくて、憎悪のガソリンに放火する。
「自由!君らの言語の、特に好きな部分!『銃』響きが似ているからさ!」
己を高め、可能性の極限に達する。
どちらもそれを志向し、嗜好している筈だった。
ならば、この断絶はなんだろうか。
どうして吾妻は、そいつを理解できないのか。
「銃は自由の象徴なんだ!革命権!誰でも強者にノーと言える権利!覚悟で世界を変えられる力!」
それはある種、他者の扱いの差であった。
吾妻にとって、他者は屈服させるもの。
彼女の偉業を認めさせ、彼女の正義を呑ませる相手。
では、そいつにとって、
“号砲雷落”にとっては?
他者とは、同じ祭りを盛り上げる仲間。
同じく殺し殺される、一心同体の共演者。
真実を共に描写する、愛しき共同制作者。
敵であろうと味方であろうと、全て同志、全て等価値。
「殺せば死ぬ」者。
「殺して生きる」者!
「ダッダダダーダ…!ダッダダダーダ…!」
口ずさむ。
生命の賛歌を。
「ダダダーダ…!ダダダダーン…!」
死出の挽歌を。
混沌の凱歌を。
「今が一番、僕が僕らしく在れる時間!」
両手に指ピストルを作り、カメラの画角を測るように、長方形を作り出す。
「Para Bellum!明後日の戦争の為に!明日の平和の為に!今日は饗宴の準備をしよう!」
飴色の弾道が、その背後に光背を生み出す。
「今日こそ狂宴の支度をしよう!」
六芒星魔法陣を、幾つも組み合わせた図形を引いていく。
銃撃と砲射でダンスパートナーをあしらいながら、
昂りのままに詠唱を結ぶ!
戦乙女の行進曲を!
「“合衆国憲法修正第Z条”!!」
1キロ先にすら熱風を届ける大爆発。
建物数棟を巻き添えにしたそれが、火山のような噴煙を吹き上げ、
その中に数十m級の巨影が轟く。
厚い幕を切り裂いたのは、飴色をした融熱の間欠泉。
現れたのは、銃身を束ねた2本腕の戦車。
大きさも形も異なる砲身、それを何百も針鼠の如く生やして、どこからどう見ても射殺欲を明示。
上半身は滑らかに動き、背からはステゴサウルスの鰭めいて、高射砲らしき物が乱雑に並び突き出る。
〈Yes!It’s me!No Future!“千総”!!〉
怪物は一鳴きの後、背から学園中を一斉迫撃。
雨滴が地面に着くすら許さず、残さず気化させ飛ばしてやろうと、高密度の弾幕を展開。
〈弾薬Full Full Full MAX!〉
上体の先端、操縦席のような、細いガラスが張られた部分。
その下が大きく開く様は、そこが口腔だと主張するかのよう。
中から戦艦も青くなるような巨大口径砲が伸び、それが上下に開いて内側からまた伸び、そうやって砲身長と射程を確保したそいつは、東の空へと一発放つ。
積乱雲に穿った穴が、衝撃波によってまあるく拡がり、そこだけ見えた青色に、飴色の一射が吸い込まれていく。
その号砲は、何を始め、どこに着いたのか。
それは思いのほか、すぐに分かることだ。
〈折角だし、もっと参加人数増やして、盛り上げよっかぁ!!〉
戦車の下で、再度巨大な爆発。
数対の翼をはためかせ、底から生やした砲口から弾頭連続発射。
それらの反動で、空を満喫するill。
〈僕が愉しむ自由の為に!〉
“千総”は、学園を出て、市街地に向かった。
もう市民も“純粋自由派”もなく、ディーパーも漏魔症罹患者もなかった。
ただ、蹂躙される者達があった。
〈全部纏めてここで死ね!〉
死に瀕し、死を受け入れるか、死を厭いながら死ぬか、
生を求めて抗うか、その上でやっぱり殺されるのか。
そいつは降り立ってすぐ、全身から飴色の線を放射した。
半径数百mに及ぶ針山は、狙い過たず範囲内の人間を撃ち抜いた。
ビルに穴が開き、折れ倒れる。
補強された地面が掘られ、地下鉄車両が蛇のように跳ねる。
それら瓦礫や破片、衝撃波に煽られた物品が、残らずローカルの適用を受け、更に外側の生き残り達に向かって、誘導弾化して襲撃する。
〈さあ!どうするんだい!どうするつもりなんだい!どうしてくれるんだい!〉
都市を更地に近づけながら、
丁都に無人の荒野を作りながら、
怪物は嬌声を上げ、待ち人に焦がれる。
〈待っているだけじゃ死んじゃうよ!守ってるだけじゃ勝てないよ!〉
一秒たりとも止まらぬ飴色の土砂降り。
それで一帯から生命の概念を排除し続けながら、
〈さあ!さあ!さあ!さあ!〉
そいつは待つ。
逢引きの相手を。
戦争の対手を。
「クソが……、ドグサレ外道がよ……」
楕円ゲートを重ねた傘の下、吾妻は毒づき舌を打つ。
何故なら、またしても手柄を取り損ねたからだ。
「美味しいトコは、あっちに持ってかれるのかよ……!クソイラついて、必死こいて殴り合って、これが、」
彼女が見渡すのは、破壊の限りを尽くされ、好き放題辱しめられた、人類の歴史の堆積物。
「これが、戦果かよ…!割に合わねーぜ…!」
彼女はもう、出ていけない。
今ここに居ることさえ、権限ギリギリだ。
勿論、「ギリギリアウト」という意味。
これは五十嵐の独断専行による出撃。
あんな目立つところに、ノコノコ現れのは流石に無理だ。
誤魔化しや忖度、目溢しにも限度がある。
特に、これから“彼ら”が来るなら、そこに割り込んで討伐計画を乱すことは、要らない面倒や反感を買うことになる。
今や問題にすべきは、彼女が行くかどうかではない。
「彼ら」があと何分で、ここに現着してくれるのかだ。
「さっさと来いよ…!1秒ごとに死にまくってんぞ…!」
功への焦りや、湯水の如く溢れる被害。
それらにもどかしさを感じながらも、
指を咥えるしかなくなった。




