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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十三章:呪いが解ける時

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644.哀しいことを言わないで

ケラッケラッケラッケラッ




 耳によく馴染んだ、4音のチャイム。

 ここは学校だと、遺伝子レベルで理解する。


 教室の隅で、肩身を狭くして本を読む一人。

 顔は黒く塗り潰されているが、制服から男子生徒らしいと分かる。

 

ケラッケラッケラッケラッ


 この空間のあるじは、その少年。

 けれど笑い声は、彼から聞こえたものじゃない。


 周囲を見ると、白い顔にニヤけた口を開けた、異形の群れが立っている。

 それらに目は無いが、彼の方を向いていないことは分かった。


ケラッケラッケラッケラッ

 

 パタパタと、

 机に落ちる水滴。


 少年の隣で、少女らしき黒塗りから、締めきれていなかった蛇口のように、こぼれているのを見つける。


ケラッケラッケラッケラッ


 何故泣いているのか分からなかった。

 そのままにするのも忍びなく、話を聞こうとした。


ケラッケラッケラッケラッ

 

 そっと身を乗り出し、声を掛け、

 

ケラッ——


 笑い声が、止まった。

 ハッとして視線を上げると、白い顔が一斉にこっちを見ていた。

 歯を見せず、口は単なる一本の線になっていた。


 それらは少女を庇うように、二人の間に立つ。

 少女は助けを求めるように、そちらへと逃げていく。

 

 そこで悟った。

 彼女の涙の理由は、自分だったのだと。


 がたん、

 踏み台が蹴り倒される。


ケラッケラッケラッケラッ


 彼はそこから居なくなった。

 教室には、にぎわいが戻ってきていた。


ケラッケラッケラッケラッ


 彼は地中に居た。

 汚れという汚れを浴びながら、そのパイプを取り換えることが、彼の仕事だった。


ケラッケラッケラッケラッ


 外を通る足音と共に、笑い声が降ってくる。

 それを支えることが、彼の誇りで生き甲斐だった。


ケラッケラッケラッケラッ

 

 彼は束の間の休息に、太陽を求めて穴から顔を出した。


ケラッ——


 笑い声が止まった。

 道行く者は彼を見て、口をつぐんでいた。


 がたん、

 踏み台が蹴り倒される。


ケラッケラッケラッケラッ

 

 彼はそこから居なくなった。

 雑踏は活気を取り戻していた。


ケラッケラッケラッケラッ


 彼は道の隅で横たわり、隠れるように脚を抱えていた。

 寒さが身にみるが、他に行くところもなかったのだ。


ケラッケラッケラッケラッ


 通りの向こう側に、派手な身なりの少女が立っている。

 財布の中の札を数えていた彼女の周囲に、見覚えのある何人かが集まってきた。


ケラッケラッケラッケラッ


 彼らは少女を安心させるように、皆で暖かく抱きしめていた。

 守ろうとしているのだと、何となく分かった。


 割れ物のように丁重に、どこかへ連れて行こうと振り返り、


ケラッ——

 

 彼が視界に入ったのか、足も笑みも止めてしまった。

 冷たい戸惑いだけが、そこに漂っていた。


 がたん、

 踏み台が蹴り倒される。


ケラッケラッケラッケラッ


 彼はそこから居なくなった。

 通りに平和が——


「そんなもの、見なくていいんですよ」


 彼女が最も求めていた人の声が、やっと聞こえた。


「センセ…!」

「ああ、探さなくていいんです。見ないでください」


 辺りは暗闇に変わってしまい、方向という概念すらも喪失していた。


「私は、様々な怨念の混成体アマルガムです。酷くお見苦しい姿をしています」


 こんな時でも、彼の声は平然としていた。


 レンズで瞳を読ませない、平板へいばんな表情。

 あれが目に浮かぶようだった。


「分かっては、いたんですよ。分かっていたんです」

「分かってない…!センセーは、なんにも分かってないじゃん…!」

「分かっていますよ。空気を読むことが不得手ふえてでも、流石にここまで分かりやすければ、気付く気付かないの問題ではありません」


 あっちにも、こっちにも、彼はいない。

 こんなに近くに感じるのに、声も届いているのに。


「私は、居ない方が良かったんです」


 自らが世の害悪であると知りながら、生に執着してしまった、罪深き者達。

 それが、彼の物語だと言う。


「居るだけで誰かを不快にさせ、社会の資源を食い潰し、人の心の怒りを煽る。生まれてきたことが間違いだったと、認めるまでに時間を掛け過ぎた」


 「その後悔が、私です」、

 彼女の頭の中に、数々の記憶が去来する。

 それはどこまで本当のことなのか、知る術はここに存在しない。


「教師なんて役をやっていたのも、誰かの明確な上位者になって、『役に立つパーツ』の気分を味わいたかっただけ。人を導く、手助けする側なら、教えられる側より上等な証。っそんな“見下し”の為の地位なんです」


 彼女は走っていた。

 方向が正しいか分からず、そもそも移動できているかすら瞭然りょうぜんとしないが、それでも走り続けることにした。


「一度死んで、忘れ去られて、それが怖くてまた生まれ直して、そうしたらまた、大勢を不幸にしました。日魅在さんも、乗研さんも、それ以外にも、沢山を悲しませました。


 教職をまっとうしたところで、何の罪滅ぼしにもならない。


 あなたの言った通りです。

 懇願されたとて、私を助ける必要はありません」


 無我夢中で闇の中をけた。

 彼女の稲光いなびかりは黒を晴らしてくれず、だからポツンと一人きり。


「私の優しさなんて、私ですらいだけるちっぽけなもので、私がけば毒に変わってしまうもの。それに涙を流してくださるなら、もう救いようのない私に向けるより、もっと守るべき誰かに——」




「うぅ、るぅ、さあああああああああい!!」




 知らず、あふれていた涙を払いけ、声量だけで相手の意見を黙らせる。


「アタシにとって、センセーはサイコーの先生なの!規則がどうのとかネチネチしてて、頭カタくて、仕事人間で、なんでもかんでもルールの言いなりみたいで、でも、でもアタシ達のことが本気で大切で、だから助ける為に平気で命を使えちゃって……!そういう…!そういうバカアホクソ真面目メガネ人間な先生だったから!目の前でそんな、脳ミソ疑っちゃうほどマジな先生を、利他な感じの実在人間を見ちゃったから!」


 だから彼女は、世の中の綺麗ごとを信じていられた。

 馬鹿を見ようと、それでも貫く正直者。

 そんなUMA(ユーマ)は確かに存在したのだと、そう臆面おくめんもなく言い切れた。


「私はill(イリーガル)ですよ?あなたを救った時も、命の危機などありませんでした」


「じゃあさっき、なんでアタシをかばったの?正体をさらして、世界中から逃げ場を失くしてまでさあ!」


悪者ワルモノになる覚悟も無いから、自らの行く末をあなた達の技量に託した。卑怯者だっただけです」


「それだけじゃないでしょ!アタシ達に自分を殺させれば、セートとイリーガルがグルなんじゃないかったギワクが消せるから!カミザのヤツが色んなところから疑われるのを少しは防げるから!」

 

 それに、あのどこから弾が飛んで来るか分からない戦場より、このダンジョン内の方が、ある意味では安心出来るのではないか?


 少なくとも、生きる為に人を殺さなくていいという点で、戦いやすいのではないか?


詭弁きべんですね。あなた達の命や将来を気遣ったならば、本気であなた達を殺そうとするわけがありません」


「そこはセンセーのことだから。どーせイリーガル仲間との約束を破っちゃうこともできないリチギさのせいで、イタバサミになってるだけでしょ!」


「だとしたら、全てが中途半端です」


「だとしても、義理とか優しさとか正直さが絶対ある!あるったらある!」


 「律儀」。

 彼を評するなら、その言葉に集約されるのだろう。

 

 モンスターが放った内通者のクセに、職務に真面目になり過ぎる。

 子ども達に正直でありたいクセに、ill(イリーガル)に迷惑は掛けられない。


 結局、加害者意識が行き着くところまで行って、死ぬことで役割を果たそうとした。

 

 手を抜かず全力で戦えば、“環境保全キャプチャラーズ”への筋は通しつつ、罪悪感を子ども達に与えずに、この世から消えて無くなれる。


 彼女達なら勝ってくれると、生徒への厚い信頼を元に、解決策を考えたのだ。

 

「アタシ達ならイリーガルに勝てるでしょって!アタシ達のこと大好きか!どこが悪い先生なのさっ!バーカ!バカアホセンセーっ!」


 少女が伸ばした手が、暗闇を掴む。


「センセーの言いなりに、キラいになんて、なってやるもんかっ!ベーッだ!」


 舌を出しながらそれを引っ張り、人の形の黒いよどみを引きり出す。


「ねえ、せんせー」


 血に汚れた汚泥のようなそれに、少女はどうしてもきたかったことを口にする。


「撃たれそうだったのが、アタシじゃなくっても、やっぱりおんなじことした?本当の姿で、かばったりした?」


 腐敗し続ける有害な思念の集合体は、


「特別なことではありません。あなたは私の教え子の一人ですから」


 四角しかく四面しめんな文言の後に、


「ただ、特別に頑張っている人には、特別にむくいたくなってしまいますね」


 答えになっていないような答えを返した。


「じゃあアタシは、モハンセーだ」

「あなたは本当に、言うことを聞いてくれませんけれど」


 「今みたいに」という言葉は、声に出さずとも伝わっている。


「じゃあ、『これだけはお願い』ってことを言ってみてよ。聞いたげるから」


 少女はけがれの塊を、嫌悪も怯みも見せずに抱き締め、耳元で優しく微笑んだ。


「それでは、プロトさん」


 真っ白な曙光しょこうが、世界を満たす。

 二人の境界が、熱で溶け合っていく。

 

「世界にありふれた、小さな優しさを——」




——守ってあげてください




 彼女という雷電は、()()()()()()()()()、その怪物をほろぼした。


 


 目を焼く輝きを越え、5人の視覚が回復すると、死体は綺麗に片付けられて、少女だけが立っていた。


「プロちゃん…!」

「おい、平気か…!?」


 駆け寄ってくる彼らに、ニッと歯を見せて笑ってみせる。


「ヨユーヨユー!アタシがどんだけサイキョーか、知ってんでしょー?格下に心配される筋合いナーシ!」

「ちょっと待って、今体見るから…!」


 慌てたようにリボンを巻きつけてくる詠訵を、大袈裟だと笑うプロト。

 それを言葉に出すと、撫で回されながら返される。


「だって、髪が……」

「え?」


 頭を探る。

 確かに、二つに纏めていた部分が、そっくり無くなっている。


 変身魔法から元に戻す時、構成情報が欠落したのだろう。

 だから彼らは、血管や臓器といった重要な部位に欠けがないか、案じているのだ。


「でもピンピンしてるし」

「痛みを感じない内臓だってあるでしょ!」


 叱られて舌を出し、大人しく簡易の身体検査を受ける。

 ふと、その首をぬるしずくが打った。


 見上げると、おぼろげだが荒天こうてんが見えた。

 ダンジョンに綻びが生じ、元の世界と干渉しつつあるのだろう。


 しばしの安息に浸るように、頭の中がかすみかっていく。

 顔に雨粒あまつぶが当たるのを、下げたり逸らしたりして避けようともせず、


「センセーさあ……!バカじゃん…!ホント…!」


 彼女はひとちる。


「『忘れないで』とか、言っちゃえよ…!こーゆーときくらいさあ……!」


 誰にでも優しい、彼女を特別扱いしてくれない、

 「王子様」とは正反対な恩師への追憶の最中さなか


 清水しみず花弁かべんが頬をつたい落ち、


 顎の先から()()()と離れた。

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