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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十三章:呪いが解ける時

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641.王子様なんかじゃない

 パラスケヴィ・エカトは、お姫様だ。

 勿論、本人談による自称で。


 遠い国を追われてしまった、高貴なる魔法使いの一族が、とある島国に流れ着き、その地で生んだ女の子。

 愛と祝福を一身に浴びて、最高の才能に目覚めた末裔まつえい


 エカト家は、自分達を裏切った陽州から巣立ち、更なる高みへ飛翔したのだ。


 一生涯にわたるサクセスストーリーで、一族の栄光を証明する。

 そんな夢と希望を詰められ、プロトはグングンと伸びていった。


 戦いも、勉強も、自分の力で勝ち上がり、誰にも文句を言わせないほどの頂点に立って、いつかは王子様が迎えに来るのだ。


 誰もがうらやむ理想の主人公。自分がそれだと、彼女は全く疑っていなかった。


 その思い込みの強さか、それとも自惚うぬぼれの深さのせいか。

 ただでさえ優れた“物語”を得ていた魔法は、その伸び方も異常なほどだった。

 

 トントン拍子に成長していき、1段飛ばしで登っていたら、国でも最高のステージに上がっていた。そんな順調さが、彼女に書き割りの世界を見せた。


 絵本みたいに簡略化された背景。

 クレヨンで書き殴ったような登場人物。


 何もかもが作り物。

 彼女を引き立て、押し上げる為の足場。


 世界は彼女を中心として回っていた。




 魔法は、核となる物語を信じ込んでいるほど、効力が強くなる傾向がある。

 だが盲信が行き過ぎると、コントロールが効かなくなる。


 


 普通なら、威力が大味おおあじになり過ぎて、かえって微妙な性能になるといった、怠け者へのしっがえしで終わる。

 

 だが彼女には、才能があった。

 魔学分野においてだけではなく、多方面での努力が報われるくらいの、豊かな土壌を持っていた。


 能力が劣化したり、成長が鈍化するような、生易しい結末に着地するには、エネルギーが有り余っていた。


 結論として、彼女は墜落した。


 まだライセンスも与えられていない、実戦経験皆無な小学生女子は、法律上のダンジョン入窟制限を焦れったく思い、実力でそれをくつがえしてやろうと、強硬手段に出た。


 地方の管理が甘いダンジョンに忍び込み、記録映像付きでソロ踏破してやろうと、勇み足のままに突っ込んだのだ。

 

 確かに彼女の力なら、そのエネルギー量だけ見れば、それが可能だと思うのも、仕方のないような手段だった。

 少女が頭の中だけで検証し、理にかなっていると自画自賛したのも、無理からぬ話ではあったのだ。


 彼女は知らなかった。

 ダンジョンとは、魔学とは、実戦とは、現実とは、

 予想外なんて当たり前に起こる。


 規制とは、予想外が起こる前提で、その時のダメージが致命的なほころびにならないよう、余裕を持たせておく為のもの。

 「完璧な自分がやれば完璧に実行して完璧に成功する」、それは計画ではなく、博打と呼ぶような代物なのだ。


 彼女はモンスターと遭遇し、その魔法で敵を焼き殺した。


 「殺した」。


 モンスターは生物のカテゴリに入るのか、その議論は絶えない。

 別の見方をすれば、魔法で作られたような異形の化け物であっても、そこに命を感じてしまう者が、少なくないという事だ。


 彼女もまた、理屈ではなく直感で、敵に“息吹”を、“意思”を見てしまった。


 蟻の列に別の虫を放り込んだり、蜘蛛の巣を払ったり、そういう無邪気な殺傷は、彼女だって経験していた。


 だが、彼女が初めて“死”を感じた瞬間は、その時だった。


 「殺した」と、確かにそう思ったのだ。


 次の瞬間、彼女の皮膚はぜ、血流は煙に変わった。

 ライトイエローがまばゆくダンジョン内を照らし、肉がくさく黒ずんだ。


 彼女の力は、意識という器の中で膨張し、それを割りながら溢れ出た。

 それが流れるのを止めたり、すくって戻したり、なんてことは、砕けつつある彼女では不可能だった。


 人間とは、集団で生きる者である。


 それは人間が弱いから、そうされてきた。

 では、強い人間ならば、一人で生きていけるのか?

 その答えが、そこにあった。




 人は、不足を支え、過剰を分け合うような、誰かが隣にいないことには、生きられない。

 どれだけの潜在能力があろうと、一個体だけで完結するなど、あり得ない。




 彼女はその教訓を、何よりも大きな説得力で刻まれたが、それを活かすことはできない。価値ある気付きは、無為とした。

 彼女はここで死ぬからだ。


 だが、ご存知の通り、彼女は助かった。


 ブスブスと胃が重くなるような匂いに包まれながら、痛みに目を見開いた彼女が見たものは、どこかで見た気がする平坦な顔。


 自らも焼かれながらも、眼鏡の奥の理知的な光を乱さずに、彼女の肌に優先して治療薬を塗る男は、小さな身体をダンジョンの外まで運び、その一命をからくも繋いだ。


 それからずっと、彼女はどこかおかしかった。


 性格に一応の慎重さが芽生えた。

 魔法の制御が上達した為か、戦闘能力がより圧倒的になった。


 だが、そんなことが気にならないほど、彼女の中では変化が起こっていた。


 これまでの彼女にとって、障害や邪魔なんて存在しなかった。

 教師を始めとして、今は勝てないように見える相手だって、いつか超えられるという絶対の自信があった。

 

 だから、そんな感情は、持ちようがなかったのだ。

 胸の内の一画いっかくを占拠し、隙あらば意識の表舞台に登壇して、そのたびに今にも走り出したくさせる熱をくそれは——

 


















——ムカつく




 苛立ちだ。

 彼女は、何か思い通りにならないものに、生まれて初めて出遭であったのだ。


 能力は使いこなせるようになった。

 どころか、更に強くなった。

 もうあんな不覚は取らない。


 事実、彼女の急成長ぶりに、学校中の生徒が、学校外の大人までもが注目していると、その実感があった。


 なのにどうして、こんなにイライラしてしまうのだろうか。

 自分で自分が分からなくなった。


 そうやって悶々(もんもん)としていたある日、彼女はある場面を目撃した。

 校内の揉め事で、中等部の生徒が勢い余って、指定区域外での魔力使用に及んでしまったのだ。


 あわや大惨事。

 同道していたクラスメイトを流れ弾から庇おうと、プロトが簡易詠唱を口にしかけたところで、目の前には既に背中があった。


 地味で、平凡で、かと言ってつつましいわけでもなくて、ただパッとしないような見た目の男が、周囲に撒かれかけていた破壊を止めた。

 

 当事者達を無力化し、周囲を見渡して被害が他に無いか確認したその体には、無数の破片が刺さり込み、焼け跡が痛々しく刻まれていた。


「よくやるよねー?大したマホーでもないクセに」


 翌日、彼女はいつの間にか、その教師に絡んでいた。

 廊下でその特徴のない顔を見た途端、無性にムシャクシャが込み上げてきたのだ。


「私の仕事ですから」

「あっそー?ふっ、うーーーん?」

「何か、疑問な点でも?」


 その男は、いつだってそういう態度だった。

 学内で起こったトラブルに、いつの間にか駆け付けて、被害を最小限に抑え、淡々と事後処理を終えてしまう。


 その手際が良過ぎる為に、起こった事は大した問題とも思われず、功績として目立たない。

 だからプロトもこれまで、その男のことを取り立てて、成果の多い働き者だとか、そういった目で見てこなかった。


 死にかけたあの日までは、視界に入れていたかすら怪しい。

 後から記憶を見返してみれば、確かにその仕事ぶりを見ていたのに、その時の意識のフックに引っ掛からず、あっさりスルーしていたのだから。


「センセーって、セートのこと、キラいなんじゃな~い?」

「いえ、そのようなことは」

「ほんとかなー?あっやしーい!」

「どういった理由で、そう思われたのでしょうか?」


 「改善したいので、もしよろしければご教示きょうじ頂けると、大変助かります」、

 クソ真面目なその態度に、腹立ちがよりつのっていく。


「だってさー?仕事だからってガキんちょにフり回されて、後始末ばっかやらされて、でもそれでキラキラできるわけでもないし、ほめられるわけでもないし……ってゆーか、子ども同士がケンカしても、センセーたちがセキニン取るんだから、むしろ怒られるんでしょー?」


 プロトなら、そんな生き方は耐えられない。

 弱い奴に足を引っ張られ続けて、それでなれる役が黒衣くろごAだ。

 割に合わない。


「ムナしくなるか、暴れるヤツにムカつくか、するよね~?フツー」


 彼女の直球で無遠慮な質問を聞いて、

 

「ふ…っ」


 なんと男は、微笑んだ。

 今まで見た事のない表情だった。


「はっ?なに急に笑ってんの?キモッ」

「失礼。エカトさんは、優しい人ですね」

「はあっ!?」


 これまでのやり取りから、どうしてそんな結論になるのか、彼女には本気で分からなかった。


「イミわかんない!どこにヤサシサ感じてんのーっ!?」

「私のような、トラブルを防ぐ、或いは修正する役の働きに気が付くだけでなく、その心情をおもんばかって下さるのですから」

 

 「稀有けうな思い遣りの心をお持ちです」、

 彼はそう言いながら、その場で膝を折り、腰をかがませ、右手を差し出す。


「ありがとうございます。あなたのように見てくれている人がいることが、我々にとっての励みになりますから」


 心底、分からなかった。

 この程度のこと、誰にでも分かることだ。

 見ていれば、普通に思いつくことだ。


 そんなことを「優しさ」と言う彼の節操の無さも、

 それで怒りが吹きこぼれる自分の沸点も、

 分からないことだらけだった。


「センセーは、セート、大事なわけ?」

「はい。とても大切に思っています」

「どんなに弱っちくても?ムノーでも?バカでも?メーワクかけても?」

「言い方が良くありませんが、どんな生徒でも、私なりの全力で、向き合っているつもりです」


 「反省は必要ですが、迷惑を気にし過ぎるのも良くないですよ?」、

 握り返されず、迷子になってしまった手で、プロトの頭を優しく撫でる。


「皆さん、私の大切な生徒です。皆さんに迷惑を掛けられるのが、私の仕事です」


 肺の間に刺さって固定された、イガイガのかたまり

 それが一際ひときわ針を伸ばした気がした。

 

 彼は有言実行の男だった。

 誰にでも分けへだてなく接していた。


 初等部主任となり、そこに重点を置くようになった後でも、学園全体に目を配ることは、続けているようだった。


 プロトをギリギリで助けられたのも、日頃から彼女の様子を観察していて、過ぎた増長をぎ取ったから。


 そしてそれは、プロトだから見ていたわけではなく、自らの職責の範疇はんちゅうとして、“いち生徒せいと”に注意を向けているだけだった。


 彼は誰にでもそうするし、それを大して苦とも思っていなかった。

 

 あの日起こったことは、学園内で悪ガキが起こす、困った騒動を収めるような、日常の一コマに過ぎなかったのだ。劇的な変化もドラマも無くて、淡々と業務を遂行しただけ。


 そういうことを、当たり前にやれてしまう男だったのだ。


 校舎の廊下ですれ違った、様子のおかしい少年少女に、そっとその場で声を掛け、彼らの悩みを共に背負う。


 それと、我が身をかえりみずプロトを助けることは、彼の中で同列なのだ。


 同等なのだ。


 あの日、彼女を見下ろしていた目。

 柔らかくも冷静なそれが、何よりも語っている。


 彼にとっての彼女は、“守るべき子ども”の一人なのだ。


——ああ

——あああああああ!


——ああ!もう!本当に!


「ホントにさあっ!」


 外へのいたずらな放出を抑え、力を練り上げ収束させた、明るさ控えめのライトイエロー迷宮。


「ムカつくッ!ムカつくッ!ムカつくッ!」


 同色でありながら、他とは明らかに鋭さが違う光が、その中を縦横無尽に飛びく。


「ほんっとおおおおおおおお、にッ!!」


 空を割る白い雷電。

 それが青地の布を貫き、暴れ狂うボルテージは、

 亜麻色に和らげられてすぐにりを潜める。


「ゆるさないからッ!!」


 だが少女の光量は、落ち着くどころかはげしくなるばかり。


 彼女が発する、のうかんくらむ輝きは、


 両手で相手の頭を挟み、自らを目線で追わせるようだった。

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