635.その復讐者の相手は
エンジンの駆動音。
滾るアクセル。
燃え荒ぶ排気。
全地形対応四輪車の形をした自律銃器、その死神と相乗りする男。
“純粋自由派”の顔、ロベ・プルミエル。
彼が向かうのは、避難民の収容所。
明胤学園の生徒達が守る場所。
明日の為に戦う若者達を手に掛けることに、心苦しさが無いわけではない。
だが痛みがなければ、真の敵を倒すことはできない。
彼が戦うのは、“人間”。
“ヒト”という種。
それ持つ、“無関心”という生態。
これは復讐だ。
正当性などというものは、初めから捨てた。
ただ“魂”が生きるか死ぬか、シンプルな生存競争。
言い訳をするな。
勝つ為なら全てに手を染めろ。
戦火や輝跡が飛び交い、雷のように何度も閃光が瞬く方へ。
次の戦場が見えてきた。
中央棟、そしてその周囲の建物。
避難民達は、国を、世界を歪ませた主犯達は、あの中で最後まで守られる気でいる。
そうはさせるか。
彼らこそ思い知るべきだ。
常に戦争をしているのだと、それを理解するべきだ。
死の恐怖を思い出させ、それに抗う意思を蘇らせる。
そうすればたとえ、たとえ肉体が死せると雖も、
魂は死なない。
精神を貶められることはない。
もう二度と、そんなことはあってはならない!
「“単一にして不可分”」
平和と安寧の為に戦う。
自由の為に勝つ。
その願いの集積である、至高存在。
それは戦士達の想いの結晶であり、愚者達が無視して忘れ去ったものであり、信仰されるべき絶対の軸である。
「すまない……」
彼の目が射抜くは、飴色に胴を割られる少年少女。
「だがこの戦いの後、お前達は至高存在の中で、生き続ける……!」
次こそ人は、彼らの前に傅き、献身を讃えることだろう!
「そこではもう、お前達の死は悲劇ではなぁい…っ!」
彼が作る世界で、潜行者は羊飼いに、空を支える柱になるのだ!
その魂は、二度と滅びることはない!
「さあ!戦え!さすればお前達に永遠を約束し——」
彼の魔法を纏わせた両刃剣。
その一部が黒色に染まった。
「………!」
これまでとは全く異質な魔力!
それに反応し変色している!
「くおおおおおっ!?」
ほとんど反射だった。
彼は自身の首から顔にかけてのラインを、正面から短剣で守った。
直後それが何かに接触。
それは二次元的な薄さだった為に、真横からは細い線としてしか目に映らず、故にこの距離まで来なければ気付けなかった魔法機雷!
黒い楕円形!
別世界を繋ぐ扉と、それが持つ「出入口を開ける能力」をコピーした彼の刃渡り。
それらが接触し合い、黒いゲートが中心線から別たれ、異界に干渉しない通り道が開かれる。
これにより、ロベの首は異空間送りにならずに済んだ。
が、その剣より前にあった、モンスターの上体部分は、スッパリ断たれて黒い道を通り、別の楕円から「ペッ」と吐き出される。
それでも四輪は止まらない。
ライダーに見える部分は、結局はパーツの一つでしかない。
車体が本体であり、今のところは止まる理由がない。
だがロベは戦場経験豊富な者の勘で、追われるように飛び出して離脱。
全力疾走するモンスターは、
「“虚ろ是れ世の母なり”」
進行方向に突如開かれた無数のゲート群に突っ込み、減速や回避が間に合わず無残な姿に。
「ぐうっ!」
転がりながら受け身を取って即立ち上がるロベ。
銃を向けた先は、異様にして膨大な魔力の気配を放つ、三つ揃え防刃防弾耐爆耐熱モードスーツの女。
両手の親指、人差し指、中指で作った輪を、左の親指を上に、指が交互に挟まるよう噛み合わせ、残り4本は真っ直ぐ伸ばす。
「スゲー能力だよ、あー、勿体ねー」
女は掌印を解かず、ロベが指一本であっても動くならカウンターする、その気をムンムンに臭わせる構えで臨む。
「吾妻、漆………」
「ロベ、プルミエル…!」
彼らは実のところ、全くの初対面ではない。
どちらもそれなりに互いのことを知っており、数回顔を合わせたこともある。
3年前、彼が居なくなる以前は、戦場で。
そしてそれより前に、ある少年伝に、それぞれの事を聞き及んでいる。
「おい、テメー……!」
瞳孔が開き、黒が深くなる。
「なんでテメーが、こんなクソをやりやがる…!」
足首を捻り、金属製らしき無骨なブーツが、煙を吐いて衝動を昂らせる。
「テメー……、よりにもよってテメーが…!」
右足をその場で踏みしめ、アスファルトに罅が、どころかクレーターが刻まれる。
「どーゆー料簡でモンタを侮辱しやがってんだって、聞いてんだよっ!」
彼女の聖域に土足で踏み込んだのが、その聖域を最も大切に守っていた筈の同士だった。
それが何より許せない。
裏切り者を見る目を凍てつかせる彼女に、
「侮辱ゥ……?」
ロベもまた、露出した口元だけではあるが、怒りを皺として滲ませる。
「俺が……、俺がモンタを……、あの子を侮辱しただとお……!」
「そうだろ!テメーはアイツが守ろーとしてたモンを——」
「いいや!違うね!逆だ!」
「断じて違う!断じて侮辱などであるものか!」、
それは吾妻と食い合い、時に押し返しかけるほどの熱量。
「俺は!モンタの魂を、信仰される絶対善へと昇華しようと、復活させようと言うのだ!」
「は…?何、言ってんだ……?」
理解できない。
そう呆れた表情を作られるのは承知の上と、彼は見切りをつけている。
「モンタは、地に叩き落とされ、踏み台にされ、靴裏の土で散々に穢されて、擦り減って使えなくなったら捨てられた!尊厳など一切無かった!それを奪うのに、何者も躊躇などしなかった!」
しなかったのだ。
迷いなく彼の息子を使い捨てる敵と、それを止めず、声も上げず、知らないフリをするか、或いは知ろうともしない多数の恩知らず。
社会に居たのは、それだけだったのだ。
「モンタは侮辱されている!俺が何をしようとも、何をせずとも、あいつが侮辱された!その事実は変わらない!消えない!」
そして、思想の説得力を演出する背景として、賞味期限が切れた後、搾りカスとなった少年は、記憶の隅からも廃棄された。
もう社会には、要らないとでも言うように。
「俺は……!俺は妻をダンジョンに殺された…!その時にディーパーとなった息子もまた、ダンジョンの餌食になった!誰でもそうなる!誰にでも当たり前に起こる不幸だ!そしてあいつは、モンタは!」
少年は世の不幸や理不尽と、戦うことを選んだ。
全ては、自分以外の一人でも多くが、戦わないことを選べるように。
ありふれた少年が、勇気を奮い起こした。
それを、
それを!
「それを奴ら、パフォーマンスの小道具にしやがった…!エンタメのオカズにしやがったんだ……!!」
腹立たしい。
怒りのぶつけ先の無い悲劇。その不満を全て、潜行者にぶつける大衆。
その盾として、“英雄”を担ぎ上げる“識者”達。
彼らが最初に語るべきは、一度崩され、それでも修復されていくこの“平和”を、誰が維持しているのか、誰が持たせているのか、それ以外になかった。
現実に唱えられたのは、その功労者達を徹底して弄ぶ、論戦気取りの罵詈雑言ごっこだ。
原因は分かっている。
彼らは、死なない方が当たり前で、死ぬことをミスだと思っている。
死ぬのはおかしい。
それが起こったのは、どこかに失敗があったから。
失敗は正さなければならない。
だから、責めていい。
いや、糾弾をしなければならない。
死なせた奴も、死んだ奴も、どちらも自業自得であるから。
そういったロジックでロックして、それ以外の基準を許さない。
諫めようものなら、生活や生存の敵として、徒党を組んで上から潰す。
死ぬのが当たり前の世界で、誰も死なないよう戦い、それでも力及ばなかった者達を、何もしていない怠惰より強く責め立て、謝意の一つすら意地になって口にしない。
「安心できる暮らしを提供し、娯楽として陳腐化した戦争を見せるほど、奴らは生死のせめぎ合いを容易く忘れる…!自由の意味を忘れ、その代償を忘れ、自らがどうしようもなく不自由だということすら忘れる!」
エンジンが遠くで爆ぜて鳴る。
それは近付き、重なっていく。
「お前も国の潜行者なら、分かるだろう!吾妻漆!人は、認識していないものを、無いものだとしか思わない!死も、それに抗する者達も存在せず、寝てれば明日も変わらず生きられる、そんなメルヒェンの中から出ようとしない!」
「分っかんねーよ!テメー、何がしてーんだよ!」
銃声に似て、しかし遥かに継続的に、一定のリズムを刻むブレード。
その回転が、雨音を上書きするほど、聴覚を占有していく。
「奴らの世界で、死を再発見させる」
バイク型、戦闘ヘリ型が、彼ら二人を囲む陣を敷く。
「そうすれば、あいつは」
それ以外にも銃砲モンスターが、十や二十程度、せっせと360°を塞ぐ。
「あのとき死を顧みず、誰かの生の為に戦った、あいつの名誉は!」
ロベが左手のサブマシンガンの先端を上げて、吾妻へ斉射。
「復権する!」
開きかけていたゲートが、短剣の一振りで断ち割られた。
戦う者達、真に世界と対峙する者達。
彼ら彼女らを死から解放し、名誉と感謝を永劫に亘って与え続ける仕組み。
人の為を思い、働く者こそが、報われる世界。
その礎となるのだと、ロベは世界5位へと挑みかかった。




