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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十三章:呪いが解ける時

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629.分からないから考えないって、退屈だもの

 大気にその身を擦り付け、火花を散らして道を引く。

 直径1cmに満たないつぶてが、彼らの胸を通り過ぎる。

 

 そこから、横に一歩。

 軌道から完全に離脱。


 直後、見えていた光景に重なるようにして、音を切り裂きたまが通る。


 並んだ十数人が、銃口を移動先へズラそうとする。

 魔力弾を撃ち、一人を倒す。


 次々と爆殺されていくテロリスト共。

 咄嗟の反撃であったにもかかわらず、複数の潜行者が放った攻撃は、一人として射撃目標を被らせていない。


 訓練の賜物たまもの、と言えれば格好もつくのだが、この連携は、ある人物の能力による補助で支えられている。


 それは、現代的な防御陣地として設計された西門、その上部からグラデーションで変化する瞳で見下ろしている、丈の長いケープを羽織った老齢の淑女。


 高等部主任、八志やごころかねり


 親指、人差し指、中指で輪を作り、上下逆で第一関節から第二関節までをせっさせて、8の字状の図形を作り、顔の下で構えている。


 二つの輪はどちらも、彼女の虹彩と連動して色を変えており、何者か神秘的な存在が、それを通して覗き見ているようだった。


 その輪の中から伸びた直線が、前衛で戦う者達と繋がっており、彼らはひたいに同じ色の穴を、“第三の眼”を獲得している。


 周囲数十mの情報を収集、分析、計算し、その結果を共有者達に直接流し込む。

 「流し込む」と言うと間に一つ挟まるイメージを得るが、実際には処理能力が一つに統合されている形であり、彼ら全体が大きな脳といった状態。


 思考の範囲も深さも速度も大幅に向上し、結論はほぼゼロ秒で情報共有される。


 何より八志の“思慮を兼ねし先見(トコヨ・ハチイカネ)”は——




「『未来が見える』、ってマジなん?」




 今年が始まってすぐ。

 世界大会参加の為に赴いたクリスティア。

 そこでの訓練中のことである。


 小休止中の六本木が、八志にそう聞いてきた。


「厳密には、可能性が高い予測を描くというだけだ」


 体術だけで殴り合うニークトと辺泥に、虎次郎と進が飛び入り参加していくのを見ながら、八志は答えた。


「本当に未来が見えるわけではない。それはまだ“ない”ものだ。『ない』ものは知りようがない。そうだろう?」


 どれだけ確実に思えても、時にくつがえるのが、“未来”という代物だ。

彼女の魔法は、ほんの細かい変数まで探知、計算に入れ、高精度の未来予測を構築する。


 だが、人が触れる「変数」など、言ってしまえば高が知れている。


 広大な地球、壮大な太陽系、巨大な銀河、無間の宇宙。

 それらのどこかで起こったことが、タイミングなど考慮せず、世界のあちこちに降り注ぐ。


 最小単位で見た世界では、粒子が偶然ポッと生まれる、という現象が茶飯事さはんじらしい。


 例えばそらこうの遥かな果てで、ひっそり起こった現象が、玉突き式に力を伝え、何億年もかけたすえ、遠く離れたこの場所に、ある些末な粒子を生み出す。

そういうこともきっとある。


 ならば彼女がどこまで細かく、何処いずこまで遠くを見抜いたところで、完全な計算など出来る道理が無い。


まで、『起こりそうなこと』、だ。勝負勘や天気予報と、本質的には変わらない」


 半径100m未満を完全に知り尽くしたところで、そこで何が起こるかなど、断言できるわけがない。

 

 が、それは人の意思決定の、全てに対して言えることだ。


 人は大抵、結果を期待して行動する。

 「こうすれば、これが起こる」、自然とそう思い込む。

 

 何かまれな偶然があれば、そんな予想は簡単にくつがえると、そんな杞憂きゆうをわざわざ考えない。


「『偶然』?」

「例えば、お前はどうして学園に来て、物を学び、力を磨く?」

「……アレっしょ、生活の為」


 将来、生き延びる為。


「そうだろうな。明胤学園という場で、何らかを得ることで、それは知的な貯蓄となり、社会を生き抜くことに役立つ」


 当たり前に過ぎる話。

 六本木は相槌あいづちも打てず、いぶかしむ。


「だが、それは本当に、“正しい”だろうか?」

「……んん?ガッコーキョーイクの方向性が、どうこうって言いたいん?」

「もっと簡単な問題提起だ。お前が学園に通う決断が——」


——逆に、お前の命を奪うとしたら?


「あーしが、学園のせいで、死ぬ?それは、訓練で?」

「極論だがな、死ぬ可能性という話なら、それが皆無な瞬間など、生涯一度もおとずれん。ダンジョンや魔法など、関係なくな」


 強くなる為にダンジョンに向かおうとして、道中で交通事故に遭うかもしれない。

 切磋琢磨の為に人と会い、その時に感染症を貰うかもしれない。

 身の安全の為に家にこもり、自然災害で潰されるかもしれない。


「現実とは、容易くこちらを裏切るものだ。否、そもそも現実は初めから、私達と何の約束も結んでいない。


 苦難や努力が成功を確約しないのと同じように、頽廃たいはいや悪徳が不幸を確定させないように、


 『これをすれば、こういう結果が来る』、そういった法則は全て我々の経験則で、すなわつちかった体感が導く決め付け、それだけでしかない」


 事の原因を突き詰めると、究極的な答えは“運”だ。

 「そうなりやすい」、「そうなりにくい」、それらを出来るだけ積み上げて、賭けの確度を上げることしか、人間達には許されていない。


 必ず“勝負”を強制される。

 さいを振ることからのがれられない。


「では、我々は、諦めるのが賢いのだろうか?どうせ必然など作れぬのだから、博打ばくち以外の選択肢がないのだから、ならば全ては世界のせいだと、成り行き任せで流されるのが、正しい人間なのだろうか?」


 「どう思う」、

 八志は隣に立つ生徒に問う。

 六本木は真っ直ぐと見返し、


「んな萎え萎えなの、ゴメンっしょ」


 笑って答えてから、仲間達へと視線を戻す。


「ちょっと前のあーしだったら、そーゆーダサみが強いこと言って、サゲてたと思うけど。でも今はもうムリ」


 彼女は「勝ち取る」ことを知ってしまった。

 みっともなく足掻き、戦い続け、サイコロの目と振る回数を、どこまでも“確実”に近づける。


 そのやり方を、忘れられなくなった。


 どこぞの馬鹿共のせいだと、彼女は断言する。

 世界で一番楽しげな恨みごと


「私の魔法は、結局そういう意思なのだろう」


 ニヤリと鋭利な笑みを返し、八志は続けた。

 

「どこまでも賭けを有利にする、それを突き詰める。世界と相対するという勝負から降りず、偶然という理不尽に、“”によって対抗する」


 ポーカーの勝率を100%にする為に、目には見えないものまで、仔細に見通そうとしてきた。


 本物の姿など人には見えない。

 そう分かった上で、見ようすることをやめない。


「私の能力は、未来を見ることじゃあない。

 本物を見抜こうと頭を動かし続けること、だ」


 彼女に発現した能力は、他者と協力して「考える」力を増強する、そういうものなのだ。

 時間を超えて条理を曲げるような、大それた奇跡などではない。

 

 それは、ささやかな諦めの悪さだ。


 言い換えればそれは——




「私だけの、専売特許ではない、ということだ」




 人はいつも、一歩先を見ている。

 自分の足跡や、今踏んでいる土ではなく、これから踏み出す先に向いている。

 

 そうでなくては、脳を動かさずサイコロを投げる機械と、何も変わらなくなってしまう。


 今に立脚し、先を見る。

 これから起こることを、予見する。

 

 彼女は世界と戦っている。


「八志先生!敷地内から敵です!」


 その直後に大きな揺れと風圧。

 破片が飛んで魔法防御やエネルギーシールドを光らせる。


「距離100!報告にあったモンスターとの混成軍!」

「数は?」

「確認できるだけでも、モンスターは19体!人間は100以上!」


 正門か東門から入った勢力が、こちらにも流れてきたか。

 そして、モンスター達の破壊力と射程は、既に何度も聞き及んでいる。


「第二射!来ます!」

「防御陣構えぇい!」


 またしても床が上下に波打つ。

 天井が轟音と共に剥がされ、雨水がシールドの薄青い膜をチリチリと打つ。


「挟まれたか…!」


 門を一つ落とされた時点で、遊撃部隊を編成して向かわせたが、手が足りていないのは明らかだ。


 何より、“千総フュージリアー”と思われるモンスター達の登場という、想像できたら逆に異常者である事象が、彼らを極限まで追い詰めていた。



 このようにして現実とは、何も約束してはくれない。



「どうします…!?」


 1秒の逡巡の後、決断する。


「打って出るぞ」


 背後から来る軍勢を引きつけ、彼らが居る場所まで雪崩なだれ込んだ瞬間、そいつらを前に放り出しながら、正面の敵陣へと切り込むのだ。


 二つの勢力を混ぜこぜにして、その中に自分達も飛び込み、常人では敵味方などあったものではない、混乱の頂点を意図的に生み出す。

 少なくとも、罹患者の兵隊達はパニックに陥り、まともに機能しなくなる筈だ。


 そのランダムな連射地獄の中では、高度な状況解析と弾道計算を瞬時に導出し、敵の反射的思考までトレース可能な、八志の能力がフルに生きる。


 「下手な鉄砲、数撃てど外れず」、そのローカルも、作用する瞬間にはエネルギーの励起れいきが観測できる。それなら、計算式に組み込めるという寸法。


 カオスの中で、最も自由に泳ぐのは、彼ら西門防衛パーティーだ。


 彼女は一同の顔を見回し、同時に能力で繋がった者達の精神を覗く。


「よし、良い面構えだ」


 互いに覚悟という名の拳を、相手の胸へと打ちつけた。


「連れう相手に、これ以上無し!」

 

 後方への防備を厚くし、“波”がここまで到達するのを待つ。


 勢い余って、この門を登ろうと突っ込んで来るまで、釣り人のように出来るだけ静かに、「今来られたらマズい」という顔で、耐え続ける。


 前へは攻撃を優先することで、敵からの反撃を抑制することをもって、取り敢えずの防御とした。

 

 どうせ長続きさせる気が無いのだから、今はこれが適切だろう。


 彼らは学園内部の動きに、神経を張り詰めさせていた。


 抜群のタイミングで、行動を開始する為に。


 だからだろうか?


 遠く離れた場所で発信されたそれを、


 死が吹きすさぶ学園の空気に、


 一服の清涼を吹き込ませる気配を、


 彼らは明確に、観測できた。

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