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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十二章:取り返しのつかないもの

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627.来た…!

 肘や肩を殴る力。

 平手で顔の横を張られたような衝撃。


 最初の何発かは、撃っている側なのに感じるそれに、大いにひるんで腰が砕けた。

 尻を地面にこすりつけている間も、パニックで手が固まったことで、引鉄から指を離せなくなり、連射は続けられていた。


 自分より前に居た奴らは、たぶん全員死んだ。

 彼は何も出なくなった銃を抱え、道の脇に這い転がって、奇声を上げて突撃していく仲間達を、半分寝ているような倦怠感けんたいかんに包まれながら、息を殺してただ見送った。


 撃った弾が、何人か味方を殺したような気もする。

 だが、本当のところは分かりっこないのだし、気にすることではない。


 その思考に、彼は狂喜した。

 彼は今、気紛きまぐれで他人の全てを奪える立場なのだ。

 やられる前に、やることが出来たのだ。


 自分の命の自由どころか、他者の生まで握り込んでいる。

 平等で公正な世界が、彼の番だと言ってくれている。


「へ……、へへ……」


 雑踏や喧騒が遠くなっていった。

 その場に小康状態が戻る。

 銃把グリップから指を一本ずつ剥がし、名前も知らない長い銃を捨てる。


 腰のホルスターから小さい方を抜いて、ヨロヨロ立ち上がり破られた塀へと足を向ける。

その武器の方が、手にフィットして使い易く、彼はこのんでいた。


 途中、草むらの中に隠れるようにして、女が倒れているのに気付く。


 頭の上半分は、防具らしきもので覆われている。

 あらわになっている、ほんのりとうす桃色ももいろな頬と、血色けっしょくの良い唇が、天からのシャワーでしっとりとぷるつく。


「ん……、んン………」


 銃の反動を扱うには、魔力無しの女では厳しい。

 だから彼が属する軍勢には、女が居ない。

 と言う事は、これは敵の“魔法使い”だ。


 忌々しいディーパー。

 悪を蔓延はびこらせる“加害者”の代表。

 

 彼らは彼女にやられて来たのだから、

 やり返さないといけないのだ。


「んん゛…!」


 両手でしっかり握り、胸に一発。


 間欠泉のように真っ赤な血が……ということはなく、思ったよりあっさりと服の一点が破れ、ビクリとからだが痙攣するに合わせて、ぴゅー、と豪雨に紛れるくらいの少量が、飛び散っただけ。


「ん………!」


 もう2発。

 

 れぼったい口から垂れた一点のべにが、肌の白さを際立きわだたせる。

 撃たれるたびに、腰を突き上げるような上下運動を見せる。

 彼の指先が命じるままに、前衛的なダンスを踊ってくれる。


「ん……、は……!」

 

 も言われぬ信号が、腰の奥から脳天までを、め上げた。

 口の端から顎を伝って、手の甲に当たった生暖かい一滴を、雨のせいだと言い訳しながら、それを飛ばすようにもう1発。


 いや、1発と言わず、何度も、幾らでも。

 勝てなかった筈の、諸悪の根源。

 それを支配していることの優越に、ただただたっし、てる。


 先端から出し終わり、余韻が身を震わせながら駆け巡り、もっと欲しいと、腰をまさぐり次をれようとして、興奮の余りに取り落とす。


「あ、ああ……っ!」


 情けない声を上げ、袖やズボンが水を吸うのを不快に思いながら、容器からバラ撒かれた弾を搔き集め、拾い上げて戻そうとする。

 

「おい、こっちにも落ちてたぞ」


 一発をつまんだ長い指が、横から視界に入ってくる。


「あ、ありがとう……、たすかる…、助かるよ、ほんと……」


 拝み倒さんばかりに深く謝意を告げ、声の方へ向き直り、目を疑う。

 夢かと信じかけるほど、場違いに見えたから。


 ぞろえを肌のラインでぴったり決めた、スレンダーで端正な容姿。

 髪を頭の後ろで一つに纏めた、美男子にも美女にも見える、見知らぬ誰か。


 いいや、彼はその顔を、どこかで見たことがあるような気がした。

 一目で脳に刺さるほど強烈で、見るからに金回りの良さそうな人間。

 知り合いに居る筈がないし、居たとしたら忘れる筈はなく………


「あ」


 知り合いではない。

 一方的に、彼が知っているだけ。

 メディアに露出のある人間であるだけ。


「あづま——」


 がつん、

 その姿がボヤける。

 

「わ………」


 そうじゃない。

 ボヤけているのは、彼の意識の方だ。


 反射的に下方向へ伸ばされた手が、つっかえ棒や杖の役を果たす前に、頭が先に大地に着いた。


百万遍ひゃくまんべん死んどけ」


 吐き捨てた吾妻は、煙草一本を咥えて取り出し、けれどシナシナになっているのを見て握り潰し、箱ごと地面へ叩きつける。


「くそ……っ!」


 その長い脚の下敷きにし、


「なんで……!」


 滑らせるように蹴り飛ばし、水溜まりを一つはじけ散らせる。


「こーなんだよっ!」


 彼女の機嫌が悪いのは、テロという国難のせいでも、たった今けったくそ悪い光景を見たからでもない。


「なんでだ…!っんでだよロベのおっさん…!いや——」


——ロベ・プルミエル……!


 目標が向かったらしい、学園敷地内部を睨み付け、炎を息巻くようだった。


「んでテメーが、モンボーの、モンタの顔に泥塗りつけてやがんだ…!クソを練り込んでやがるんだ…!」


 彼女の黄金期、

 最上最高にして、今尚その在り方を決める、核とも言える思い出。


 それを侮辱されたことで、彼女の精神は沸点を突き抜け、プラズマへと変質していた。


 そこに五十嵐からの指令という、お墨付きが与えられたことで、


 突っ走る彼女を止めるものは、


 全てが取り除かれてしまった。




—————————————————————————————————————




「フー…ッ!フー…ッ!フー…ッ!」


 店内を徘徊し、テーブルの下まで覗き込み、次の獲物を探す狩人。

 

 それを慎重と称するなら、素晴らしい素質だと言えるだろう。


 これで狙いが人間でなければ、もっと多くから素直に褒めて貰えただろうに。

 

「フー…ッ!フー…ッ!」


 一つ一つ、順番に順番に、彼は割れたガラスを踏み砕きながら、隅から隅まで丁寧に洗う。


 清掃業者であれば、頭の下がる働きぶりである。


 男はやがて客席を回り終えて、カウンターの裏を覗き、バックヤードへとズカズカ踏み込む。


 中に人の気配はない、ように見える。

 だが錯乱気味である一方、極限状態で感覚が鋭くなってもいた彼は、不自然に転がされた中身入りのダンボールを見つけ、更に奥、備品倉庫へと踏み込んでいく。


 ここで視野が狭まるのではなく、観察眼に磨きが掛かるという、戦場で生きる才能を彼が持っていたのは、幸か不幸か、吉か凶か。


 ダンボールを蹴り飛ばし、そこにあった扉を突き破る。

 

 中には数人が、全てを悟って表情だけで悲鳴を上げていた。


 その中には、一時期メディアで顔と名が知れた、ある家族が混ざっていた。

 幼い息子が漏魔症にかかってしまった、3人家族。


 言うなれば彼の同族。

 だが彼は気付かなかった様子であり、気付いたとしても関係がなかった。


 彼にとっては、今の間違った世間に認められた者は、悪に受容された者達であり、すなわち全てが悪だからだ。


 ほとんど一斉に、頭を抱えて目をきつくつぶる。


 そして一発。

 思ったよりも打撃音に近い、衝突の調べ。


「アアアっ!?」


 彼らは声を上げ、今にも破裂寸前だったが、自分の番がいつまでも来ないので、恐る恐る目を開ける。


 男は銃を落とし、後ろにあったロッカーに後頭部を押し付け、四肢は床に投げ出していた。

 

 吹き飛ばされて、頭を打って、朦朧もうろうとしている、という状態らしかった。


 銃が爆散したことで、短い悲鳴がまた上がり、


「あっ、おい!人が倒れてるぞ!」

「要救護者一名!こっち!」


 そこに駆け込んで来たのは、機動隊員達。

 警察の到着に、市民達は糸が切れたかのように脱力していく。


 助かった。

 その感慨があった。


「皆さん大丈夫ですか!安心してください!救助に参りました!」


 一人一人助け起こされ、盾に守られる安心感に囲まれながら、連れ出されていく。


 その間、隊員達は部屋の状況を精査し、倒れていたのがテロリスト側だと把握。

デリケートな問題ながら、それでも彼らにたずねた。


「先程の男ですが、あれは一体誰が制圧したんですか?」

 

 だが、皆が皆、首をかしげるだけ。

 男を倒してくれたのは、警察だったと思っていたので、「聞かれること自体が意外」、そうと見て分かる反応だった。


 “攻撃”があった時、彼らはまともに前を向いていなかった。


 当たり前だ。

 あんな簡易型終末量産ツールを振り回す人間を目の前にして、事態の観察ができる民間人などいるものか。


「あかかった……」

「え?」

 

 唯一得られた証言は、少年の一言。


「あかいひかりが、パッ、って……」


 「赤い光」。


 こんなに幼い子どもに、魔力光が見えるとは考えにくい。

 となると、詠唱された魔法か、それとも副次的に発生した炎だろうか?

 

 仮説は幾らでもあるが、それ以上は踏み込めない。

 

 ここまで聞いて、それでも名乗り出ないということは、ディーパーであることを周囲に知られたくないのだ。


 そう理解した隊員達は、今は深く問うまいと頭を切り替え、

 

 安全地帯まで彼らを守る、その仕事に注力するのだった。

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