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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十二章:取り返しのつかないもの

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626.どうしても、やらなきゃいけないのか?

 疲れたな、と、

 素直にそう思った。


 教師という職業は、疲れるものだ。

 それは知っていた。

 生まれる前から、彼の骨身に沁みていた。


 どうしてだったか。

 あれは、そう、二千……、何年だったか。


 彼は矢張り教師で、人の為に働こうと、胸に決めていた。

 世の中を支える人間で、価値ある職務に就いている、その誇りを確かに持っていた。


 理不尽も多かった。

 人が足らず、必然、時間が足らず、給与額が良いわけでもなく、年々負わされる責は重くなる。


 けれども、踏ん張りどころだという覚悟はあった。

 自分がここで持ち堪えることが、社会にとって大きな意味を持つ、その想いは変わらなかった。


 その身を捧げ、人から信頼や尊敬を集めていれば、それ以上の幸せはないと、そう信じていた。

 

 馬鹿な話だ。

 信頼なんて、されていなかった。

 彼が積み上げたのは、うだつの上がらぬ中年男性の“気持ち悪さ”だけだ。

 

 少女が指を差し、身に覚えのない行為を騙ったその時、彼を見る目の色に、嫌悪と軽蔑以外は見つからなかった。


 彼は歯車として、分かってくれる人々だけでも、敬意を向けて、信じてくれていたら、それで良かった。

 

 だがその勤労が利権と呼ばれ、人気取りの短命政権が発注を潰して回り、会社が倒産し露頭に迷った後ですら、誰も彼に同情などしなかった。


 泥に塗れているから、ゼロをゼロのままで保つのは当たり前だから、彼はいないものとされた。

 彼がやる仕事は、無駄遣いとされた。


 何も起こさないようにする日々の働きは、何も起こしていないのだから、金を払うべきものではないのだ。


 だから彼は、社会というシステムから追い出された。


 ホワイトカラーになれなかったのがいけないのだと、そうも言われた。


 代わりが幾らでもいるような職しか選択できなかった、自分の無能を呪えと言われた。


 同じ世代でも半分近くは正社員になれた。


 お前が平均より劣っていただけで、それを社会のせいにするな。


 耳に胼胝タコができるほど聞いた。

 

 そこに病名が付けば、もう少しマシだったのだろうか。

 いや、それでも、彼が成人男性と言うだけで、弱き者として見られない状態は、ずっと変わらないだろう。


 公的支援はおんな子どもが優先だ。

 ジェンダーからの解放とは言っても、家の無い男を心配しようともしない意識は、脳にべったりと貼り付いて取れないもの。


 彼は憐れな被害者にはなれず、見たくもないゴミか、足を引っ張る加害者か、どちらかの役しか許されていなかった。


 この阻害されている感覚は、分からないのだろうと思う。


 親の経済状態やら思想やらを理由に、選ぶことが出来ない彼を横目にすら入れず、性別だか性的嗜好だかが、支援に値する“不利な要素”としてすくい上げられていく。


 彼は救われない。

 何故なら彼が不幸なのは、正しいことだから。

 そんなことを不幸と思う人間は、負けて当たり前だから。


 公平で、公正で、無垢で、無謬な裁きの結果、

 彼はどん底にちたのだ。

 

 見ていて不快な人間が不幸ふしあわせなのは、

 当然の報いがくだったから。


 彼がみすぼらしく転がっているのは、

 それだけ世間が正常だという証明。


 彼を見て、この世はちゃんと出来ていると、今日も誰かが安心する。


 ここが、新しい居場所だ。

 新しい役だ。


 彼は更なる底に潜って、社会を下支したざさえするのだ。


 彼が惨めに行き、悲しく死ぬほど、


 “人”が、社会の正当性を、世界の平等性を、


 信奉できるのだ。


 彼の罪は、


 視界に入るだけで相手を苦しめ、傷つけること。


 万死も足りぬ蛮人だ。


 そうだろう?


「はぁ……、疲れたな……」


 割れたレンズの内側、破片の一つ一つに種々の記憶を映し見ながら、彼は何度目かの溜息を吐き出した。


 眼鏡についた水滴をぬぐおうとして指先を持ち上げ、どうせひびだらけかと思い直し、やめる。


 そして彼の、少し上がった鼻の先に触れようと、飴色がズブズブと伸びって、原動力を使い果たして消えかかっていた所に、尻を叩くよう追加分が重ね撃たれる。


「なんで、こんなことに………」


 心底面倒そうに目蓋まぶたを緩め、空を仰ぐ。

 対地戦闘ヘリを、更にゴテゴテと銃身で装飾したような、一方的虐殺意思の具体例が、砲火を追いきする。


 明胤学園だけでなく、丹本国を弱体化させる手筋として、これは妙手みょうしゅと言える。

 彼がもう少し、あと少しだけ希死念慮きしねんりょれたなら、ここで黙って死んで、東門が突破されるだけに終わる。


 だが、最後まで足掻くのであれば、自動的に丹本の立場が崩れることになり——


——それだけ、か?


 もし、その先があるとしたら?

 例えばクリスティアが、これから何か更なる無法を通そうとしていて、その横車を押す突破口として、彼を使おうとしているのだとしたら?


 まあ、どちらでもいい。

 分かるべきなのは、ここで「生きよう」としてしまうと、その時点でクリスティアの術中に嵌まる、ということだ。


 大人しく殺されるべきか。

 そうすれば、どこにも迷惑を掛けず、幕を閉じる。

 

 ここで足掻くと、()()()()()()、マイナスを与えることになる。


「………なんだ、いつもと同じか」


 彼が黙って、物分かり良く社会から落伍し、リソースを食い潰すことなく死ねば、それで皆が厭な思いをしないで済む。

 誰もが納得して終わる。


「別に、悔いらしき悔いも、無いな……」


 目蓋が落ちていく。

 銃砲を撃ち込まれていると言うのに、

 耳に届くのは雨の静寂。


 小さく続くノイズのようなそれに沈むうちに、

 意識は眠るように離れていく。

 

 全身が吹っ飛んで終わりなら、それはそれで楽で良い。


 欠伸が出るような安寧の中、


 心地良く夜が降りて来る。













「せんせーっ!!!」


 弾かれるように振り向く。

 飴色の隙間から、ライトイエローが眼窩がんかを刺しく。


 何故ここに、

 舌がその一節を乗せ、口が開かれる前に、


 銃口が先に開く。


 人が嫌がることをする才能にかけて、自分と同等以上の者に出遭であったのは、これが初めての経験だった。


 飴色が横切り、大気や降水ごと中空を裂いた。

 そこだけが、青い空の下に、陽が直接()っているような明度。


 少女の小さな身体には、過剰とも言える集中攻撃。


 その前にひるがえる、深い色の大布。


 亜麻色が銃撃を吸い尽くし、それらが編まれて一本の縄を作り上げ、その先端の輪っかがヘリコプターの尾を捉え、X軸方向へと急速で引き回す。


 回転しながら棟の一つに体当たりして爆発炎上するそれに構わず、


 少女の前に立った“それ”は、頭を巡らせて背後を見下ろした。


 白面はくめんの獅子舞。

 簡略化して特徴だけ抽出すると、そういう表現になる。


 四つ足、に見える四本ともが、よく見ると巨人の太腕そのもの。


 纏う布は青地、そこに白い渦巻き模様が、鯉のぼりのうろこのように重なり合っている。


 頭からは脂ぎった黒髪が伸び、赤やシラミらしき白い虫で汚れている。


 顔は殆ど髪に隠されていたが、濁点部分が目の下に配置された、「へのへのもへじ」が辛うじて見える。


 口は笑っているかのように、横まで裂けて歯茎が剥き出し。

 

 首回りには、麻縄らしきものが巻き付いており、それは上へと伸びて、途中で別の空間へと消えていったふうに見えるほど、不自然に途切れていた。


〈はあ………、結局、こうなるんですね……〉


 突如現れたモンスターから、彼女が耳に何度も覚え込ませた声が聞こえる。


 大きな両目はポカンと見開かれ、碧緑へきりょくの瞳は針で開けられた穴ほどに収縮し、まるで白目をいているかに見えた。


「せ、せん、せ……」

 

 髪の毛の結びと、渦巻き模様が、六芒星魔法陣に変化。


辺獄現界アマゾニン・ダンジョン


 景色が、一変する。




              〈“箴埜筵インプレッシヴ・デプレッシヴ”〉




 そこは、教室やオフィス、路上や電車といった、どこか現代丹本を思わせる光景の、混合。

 縄で首を吊った男達が、あちらこちらからぶら下がり、或いは床を埋めている。

 

〈この姿で、あなた達の前に立った以上、他にありません〉


 整理など一切追い着いていない少女を、狼男が引っ張り戻し、パーティーの陣形内に押し込める。


〈「やくは外、福は内」。やりますよ、人とモンスター、どちらかが死ぬまで〉


 「ダンジョンの法則通りに」、


 誰にも望まれなかった筈の殺し合いは、


 このようにして始まった。

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