624.ただでは落ちない
「お前なら、そうだろう、ジュウベエ」
ロベはライフルで何度か単射。
どれも吸われるか弾かれるかするのを、驚きもせずに受け止める。
「お前は、出て来ると思っていた」
正村十兵衛の技巧は、かつての戦場で彼の海馬に、強く刻み付けられていた。
味方側から見ても鮮烈な、絶孤の剣豪。
そして底知れぬ大食漢のような内なる猛獣を、従順に飼い馴らす圧倒的忍耐。
“老い”以外で、あれに勝てる人間など、片手で数えられる程度だろう。
“千総”の力を借りている今であっても、安心などという概念は遥か彼方。
「だが、勝つ。俺は勝利する」
ライフルを捨て、
左手にT字型に近い短機関銃を、
右手で腰の後ろに差した、短い両刃剣を。
「お前を秘匿区画に戻さないことが、俺の役目だ」
逆手に持った右の魔具、その柄を通し、剣身に魔力を抽入。
「“単一にして不可分”……!」
完全詠唱。
ただしそこに、決められたハンドサインやジェスチャーは伴わない。
これは訓練の成果であると同時に、彼の思想と「決まりきった儀式」との親和性が低いからこそ、という側面もある。
刃渡りに磨き抜かれた鉄のようなものが糊塗され、側面に弾閃飛び行く雨空が映される。
ペンタブラックから彼を狙って、弧状の剣閃が飛ばされる。
飴色を発するチェーンが伸び、ライダーがそれを振るって迎撃。
それでも止めきれない。
斬撃はロベに届く。
短剣がそれと十字に交わるよう防御。
その時、剣の色はペンタブラックと飴色の2色に変化。
「衰えたな…!」
切り払い、止まらず直進。
間合いまで残り5m、
「俺の“劣化品”で、魔力量で、足りるぞ!」
1秒を更に何分割にもした、カンマ単位の時の中で、
すれ違いざま、二人は剣で語り合う。
——主ほどの男が、何故か
ペンタブラックの剣圧。
喰らおうとすれば同じ仕組みで喰らい返され、刃先を通されると確信していた十兵衛は、“発散”で、溜めたエネルギーの解放で受けて立った。
同色がぶつかり、エゴの押し付け合いとなる。
片や極度の疲労状態、片やillとの共闘。
これにより、膂力や技量では互角程度に縺れ込み、
瞬間に限り、精神論的世界観が具現化する。
ロベと十兵衛、どちらの思い込みが強いか、
それだけの勝負。
——お前達は、人を“恐れ”から遠ざけ過ぎた
先鋭化した正義感と、研磨された業突く張り。
——恐れなき徳ほど、無力があるものか
それらは、けれど天秤を微動だにさせなかった。
全くの同格、同レベル。
覚悟から妄執まで、どちらも同じだけの深度を持っていた。
鍔迫り合いは、彼らに勝敗をつけなかった。
両者の渾身に、優劣は無かった。
だが、戦いの行方は決めた。
背中に手を回して発砲した短機関銃。
その弾丸が飴色に染められ、肩を通って剣の上を滑り、防御の内側に入り込んだ。
纏っていた装備による護りは全てが弾けて光り、破け口から散った絵の具が、モノクロに赤という極端な色彩を足した。
剣速が大きく低下。
砲撃だけを切り伏せるのが限界で、小振りな弾頭に引き千切られていくのを、誰も止められはしなかった。
「将を獲ったぞ、ワースト、スタッグ」
肉の端まで飴色に洗い流されるチャンピオンを見届け、彼は独白する。
「あとは、お前達が上手くやれば、俺達の勝ちだ」
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——主も見てきただろう?あの“可能性”達を
目を瞑り、その言葉を胸に宿す壱萬丈目。
——生い先短いチャンピオンと、あれら
——どちらかしか助からないのなら、我は後者を選ぶ
——あれらを一つでも多く残す為、この身の残りを捧げるのだ
「あの方らしい物言いだ」
彼はそう微笑む。
国に益を与える、その道具としての最適解。
全体の指揮系統が乱れ、生徒の被害が拡大するのを、老人一人の命で止められるなら、安いもの。
あまり褒められた価値判断でもないが、そういった狂気がなければ、ダンジョンに追われる人間が、「平和」な国など作れない。
壱萬丈目もまた、人の命を量った側だ。
有効な“使い方”を、計算した側だ。
その答えとして、自分を支払えば得だと、気付いてしまった。
個人単位では損な役回りだが、それもまあ仕方ない。
もっと楽な道があったのに、自由意思でここに来たのは、彼の方だ。
弱さに負けて、自分勝手でいることで得る、気分にも心情にも耐えられなかった。
公の為に、そのお題目に逃げた者は、最後までそれに従うべきなのだ。
縦穴を降りてきた、銃砲の化け物を見ながら、十兵衛が持参した、パンチャ・シャンの伝言を思い出す。
——出来れば死ぬな
——あんたの後任を見つけるのには、難儀しそうだ
怪物と目が合ったような直感と対した時、
彼は彼なりに答えた。
「すまないな。私だって、死にたくはないんだがね」
コンソールに取り付けられていたカバー、
上げられたそれの下、穴に挿された鍵を回す。
最終的戦略手段用動力源として、床部に埋め込まれていたカートリッジ群が一斉に活性化。
魔法陣回路にエネルギーを流し、莫大なエネルギーを発生させる。
閃光の中で壱萬丈目が考えていたのは、死の恐怖のことだけ。
残された者達については、心配していなかった。
彼のような狂人も、
正村のような強者も、
まだまだ居てくれている。
明胤学園を見てきた彼には、その確信があった。
案ずることなど、何も無かったのだ。
王と金が取られた。
だが銀将が、指揮を引き継いだ。
獲られた端から首が挿げ代わり、明胤という体を動かし続ける。
いつでも、誰が死んでも回るように、
それが、丹本国公的機関における、基本理念である。
その様はまるで、頭が幾らでも生え変わる、
神話上の多頭生物であった。




