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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十二章:取り返しのつかないもの

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622.大人達の責任

「指揮は教頭に、瀬史君に引き継ぐ」


 各々がノートPCを抱えつつ急ぐ中、言葉少なに引き継ぎを終えようとする壱萬丈目。

 

「学園長……、やはり、貴方がここに残る必要は……」

「元々お飾りだから、ここに居ても居なくても変わらない、と言いたいのかね?」

「い、いえ……」


 気まずそうに目を逸らす彼女の肩を両手で叩き、


「必要なのだよ、私は」


 滅多に見せない、「ニヤリ」とした笑顔を浮かべる。


「ここに居る意味がある、居なくてはならんのだ」


 彼にその表情で言われてしまえば、彼女にはどうしようもなかった。


「私より、大変なのはキミの方だ」


 困ったように眉を寄せている所に肉薄させ、他に聞こえないように何事かを呟く。


「……!」


 瞬間、瀬史の目が鋭さを増した。


「驚いたかね?」

「………」

「私が気付いていないとでも、思っていたんだろうがね」


 「どっこい、こう見えて、それなりに通じているのだよ」、

 そう言ってから、席に掛け直す壱萬丈目。


「行きたまえ。キミの頑張り次第では、私の末路も未確定だろう?」


 気休めだけを瀬史に手渡し、殿しんがり達へと向き合って、二度と後ろを振り返らない。


「……学園長」


 瀬史は足を開き、手を後ろに組んで、


「ご武運を」


 礼とばかりに「気休め」を返す。


 そして去りゆく背中に、


「キミもな、教頭」


 壱萬丈目も背中でこたえた。







「それで……」


 長く息を吐きながら、彼は傍らに立つ老人に目を向ける。


「貴方にも、退避して頂きたいのですが」

「異なことを」


 顔の6割を隠す髭をもてあそびながら、まるで面白がっているかのように声をはずませる十兵衛。


彼方あれらの指揮拠点敷設までに、此処を持たせられる人間が、他に居るとでも?」

「貴方はチャンピオン、国の秘蔵ですよ?」

びついたれだ。刀の真価は使われることにある。斬れぬようになる前に、ここらが使い切りどきだろう」


「冷蔵庫に半端に残ってる、お好み焼きソースじゃあ、ないのですから」

ぬしにしては所帯じみたたとえだ」

たまに家族で一緒に食事を作るパーティーがあるのですよ。子どもに顔を忘れられるぞと、うるさいのが居るもので……話をらさんでください」


 「照れ」が出そうであった為、彼は話題を軌道に乗せ直す。


「ここに貴方が居る意味はありません。いいえ、貴方がここから居なくなることが、私の存在価値です」


 壱萬丈目蔵之助は、元防災大臣である。

 任期の間は、特異窟関連に力を入れていることで知られていた。


 国が管理する明胤学園、その機関における学園長というポストは、大臣辞任後の彼に用意されたものであり、一般的には“天下あまくだり”のようなものである。




 さて悪名高い「天下り」であるが、その“悪習”が生き残っているのは、それなりの理由がある。


 現代において、旨みという旨みがほぼ全て消え去った、“政治家”という肩書き。


 方々から飛んで来る文句を集積し、選り分け、それら全体の平均達成率が最も高くなる妥協点を模索し、人の気紛れや自然現象といった偶然に絶えず揉まれ、60を過ぎようとプライベートほぼ返上で働き詰めて、向けられる憎悪は増え続け、実利や名声は年々目減りしていく。


 そんな、「割に合うわけがない人柱」の類義語に志願するのは、実家が太く志が高い者か、目立つことに全てを捧げる承認ジャンキーか、自分の正義を曲げられない過激派、つまり総じて異常者である。


 その中でまず最初に消えるのは、政権内部に極端な奴だけしか居なくなる“いつか”を恐れ、少しでもバランスを取ろうとする“真面目な”人間だ。


 良く気が付き、独善にならぬよう慎重であり、考えることをめず、自分に厳しいストイックさも持っているが故に、猪突ちょとつ猛進もうしん単細胞タイプと比べて疲労が激しくなり、真っ先にり減って折れるか消滅する。


 一方、強固な国とは、より多くの事態、環境に適応できるもの。

 極端さより万能さ、潰しが効くことこそが求められる。

 「これが正しい」「それ以外はクソ」で突っ走る国など、一撃で崩壊する。


 そんな国にならない為に、集団が極まり過ぎないよう、繋いでおく首輪。

 安定した国家運営に不可欠な彼らは、放っておくと一番に居なくなる。


 何故なら彼らには、大抵狂おしいほどの推進力が無いからだ。

 それを持っていたら、それは「極端」側の人間になっている、ということなのだ。


 異常な精神が生む勢いが無ければ、政府に所属できない。

 そうなった国は理論上、時代が進めば必ず混沌へとちる。

 構造から、そういうふうに出来ている。


 ではどうすれば、彼らを引き留められるのか?

 消耗を抑制できるのか?

 普通に「真面目な」、「極端でない」者達を、国政に残し続けられるのか?


 “利益”を、鼻先にぶら下げる人参にんじんを与えることだ。

 旅の途中に、贅沢をくれてやることだ。

 虚栄であろうと、名誉をさずけてやることだ。


 正義感だと行き過ぎる。

 深慮であれば振り落とされる。




 ならば思想以外の「推進力」を、

 エンジンを外付けしてやることだ。

 

 


 そうやって、国が狂気に呑まれる“災厄の日”にあらがうべく、理性ある者達が残した、数少ない「政治家で良かったポイント」。

 その一つが“天下り”だと、壱萬丈目は諒解している。


 当事者の彼が他人事のような認識なのは、明胤の学園長というポストが、“ご褒美”でもなんでもないからだ。


 通常の天下りは、死闘の舞台から降りた退役戦士を、老後をむさぼる場に座らせてやること。


 それに対して明胤学園への赴任は、戦場から戦場への配置換え。




 つまり彼は、未だに“現役”である。



 

「私の役目は……高度な政治的判断を、現場でくだすことと……」


 気持ち細くなった息を吐きながら、テーブルに肘をついて指を組む。


「……今回のような場合に……、」


 深い考えを隠すような構図は、その実のところ、腕の震えを隠そうとする、小心な初老の姿でしかない。


()()()()です……」


 学園長自らが、最も危険な場所で戦い、死んだ。

 その事実が、様々な批難や言論的攻撃から、学園や潜行者全体の立場を守る、避雷針となる。


 世論の溜飲りゅういんを下げさせることで、特異窟や諸外国の脅威に対抗する、潜行者という財産を守ること。


 ………表現としては、“人身御供ひとみごくう”の方が適切か。


「私のつとめは……、息の根が止まるまで……、国の歯車で居ることです……」


 壱萬丈目には、「エンジン」は要らなかった。

 彼は「極端な異常者」だったから。


 親の代から政治家で、常日頃言われ続けてきた。

 国を栄えさせる為、粉骨砕身せよ。

 何を犠牲にしてでも、“国”というシステムを守らねばならない。



 人の内なる狂気、

 外なる大自然、

 それらの“敵”に対抗する、確かな手段であるのだから。



 彼は死ぬのが怖い。

 怖くて怖くてたまらない。


 なのに、この歳になっても、危険から遠ざかることができない。

 尋常な“天下り”を選ぼうとした時も、頭の中で声が響いた。


 彼が殺す大勢の声だ。

 国が狂奔きょうほんに走った先で空中分解したせいで、血反吐ちへどまみれた糞尿の山に叩きつけられた、現在と未来の国民達の声だ。


 今、こうして、確実な死を前にしても、その怖ろしさに襲われていても、彼の足は逃走を選べない。


 だからきっと、彼は頭がおかしいのだろう。

 生命として、壊れてしまっているのだろう。


「私は……、理事長、私は、職分をはみ出ないように、事実以外の圧力を生み出さないように、窮屈に立ち回ってきました……」

 

 それは臆病だったからだ。

 彼のような「極端」な人間は、仕組みを変える側になってはいけないと、そう怯えたのだ。


 だから彼は、いつでも既存制度の代弁者たらんとしてきた。

 感情無き規格品として、自分を金型かながたに押し込めた。


「それなら、最後まで制度上のロールを……『職分』を全うすべき……。違いますか……?」

 

 潜行者に、戦いの当事者になる勇気も無いのに、国の為にしか命を使えない、それが彼だ。

 ならば、国にとって重要な何かの代わりに、死ぬべきなのだ。


「貴方を、我が国が誇る潜行者を、私の延命の為についやすのは……、そんな事を起こしてしまう私は、“機能不全”だと言わざるを得ない……!」


 他にここを守れる人間が居ないとしても、十兵衛はここを離れるべきなのだ。


「思い違いを、正してやろう。蔵之助よ」


 返す刀に、迷いは見えない。


「一つ、我はぬしの同類だ」


 彼は単なる一振ひとふりであり、道具に過ぎない。


「もう一つ、我が守るのはぬしではない」


 彼もまた、までも“丹本国”というシステムの一部であり、


 同情やあわれみなどでなく、忠義をつらぬくべく、ここに残るのだ。

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