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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十二章:取り返しのつかないもの

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621.やらなきゃいけないこと

 左の掌の上に、人差し指だけを立てた右手を乗せ、構える。

 

「“強弱均衡同害報復ダニャム・エンサム・アナ・ラバリム”!オトシマエ!ドスエ!」

 

 完全詠唱!

 「取り立て」の魔法!


 彼女が感じた損害を、そのまま敵へと返してやる!


 が!


「!浅い……!」

 

 外皮がボロボロと朽ちていくだけで、あかを落としたかのように無頓着。

 歩調は一定なまま、不快になる様子もなく近付いてくる巨獣。


「足リテネエゾ!チャント明胤学園全体トノ係争ジャッジダッタンダロウナ!?」


 跳ね回っていたオットーが隣に着地。


「そう設定してるドス!」

「ジャアマタ、繋ガリガ切ラレタカ!?」


 二人で原因を洗い出す。


「そういうのでもないドス…。でもそれは、おかしいドス。幾らなんでも、被害金額に見合って……いや…!」

「ナンダ!?」

「あいつ、融合したものを自分の所有物ヅラしてるドス!?」

「ア?……アリカヨソンナノヨー!」


 この場に、AとBの二者が居る。

 Aが受けた被害と同じ分だけ、Bからも取り上げる。

 それがジャミーラの魔法効果。


 この時、Aが思う被害の重さが強いほど、Bが受ける罰も大きくなる。


 今回のケースは、Aに「明胤学園」という自分が属する集団を、Bにナイニィを代入し、発動。


 だがナイニィ側の魔法が、融合したものは「自分そのもの」であり、故にお前達の物ではない、という物語を押し付け返した。

 

 本当であれば、魔法能力で強奪した物品なのだから、「った」という意識が生まれる筈。両者の間に発生する、「加害」と「被害」の関係性。その合意が縁となり、共有されたストーリーとなり、この魔法を成立させる。


 だが今のナイニィの倫理観は、野生動物のそれと同じ。

 殺意を持って人間を狙うモンスターと比べてすら、稀薄で考えなし。


 アメーバが捕食と共に広がっていくのと同じように、道程を取り込み進んでいるだけ。無軌道で享楽主義であった壊し屋時代以上に、「悪」を行う意識にとぼしい。

 

 大方おおかたの人間が虫を踏み殺しても、何かを「奪った」感触を得ないのと同じく、ナイニィは「加害」の自覚を欠いている。そもそも、「所有権」の概念すら育っていない。



 人は熊を法廷で裁けない。



「ダガ『出来ナイ』ジャア困ル!」


 きずぐちだ。

 それを殺すには、体内流動まで届く創傷そうしょうる。


「モウチョイ深ク!切レ込ミガ入ルクライヲ頼ムゼ!」

「……、獣と一緒なら、概念を理解できないってことドス…!」

 

 「なら奥の手だったら利くドス!」、

 指を支柱として、赤茶のはかりが出現。

 再審請求!


「次は行けるドス!」

「信ジルカラナ!」


 オットーは地を蹴りいつでも追撃可能な間合いまで再接近!

 

「“強弱均衡同害報復ダニャム・エンサム・アナ・ラバリム”!それは“お前”じゃないドスエ!」


 ジャミーラが次に片側の皿の上に置いたのは、人間だ!

 ナイニィが正門を突破した時の大破壊。

 その生存者の中で、最も重傷だが死んでいない者!


 「持ち物を壊される」という間接的被害でダメなら、直接的、肉体的被害を受けた原告を連れてくればいい!

 事前に無線で使えそうな職員を聞き出しておいて助かった!


「天秤に載せられることは同意済みドス!」

 

 そしてナイニィに触れても生きているということは、取り込まれそうになっても抵抗した者であるということ。

 ならばナイニィ側からも、“他者”として認識されている!


〈ニィィィィイイイイイイイイイイ……!〉


 今度は入った!

 「略取りゃくしゅ」の容疑は証拠不十分だが、「傷害」について言い逃れができない!

 全身数箇所がパックリ割れて、幾つかの脚が切断される!


「今ドス!」

スデニダ!」

 

 胴体部に最も近く、最も深い傷に、オットーの背から生える八足やつあしが捩じ込まれ、

 

「“神聖海棲釣足八本タナ・タプ・ハカハカ”ァッッッ!!」


 伝達阻害のたこすみ


 ナイニィが持つ、信号や栄養が通る経路に沿って、それは全身に広がっていく!


 その中であらゆる「伝わり方」が狂い、乱れ、途切れ千切れる!

 8割不随(ふずい)

 巨体を維持できない!


「ドンダケデカブツデモ!ツーカ!デカケレバデカイホド!身体ヲ端カラ端マデ繋グ“システム”ガ急所ニナル!」

 

 体躯たいくが大きいと、末端にエネルギーを届けるのに、より強い勢いが必要となる!

 盛られた毒も、それに乗って凄まじい速度で回ってしまう!


 オットー・エイティットの必殺!

 大型モンスターにはこの手に限る!


「可愛クナッタジャネエカ!」


 ビチビチとウネる先端部を、巨大なガス噴射戦斧(せんぷ)2本で斬り上げる!

 魔力や魔法の機能も阻害されているので、今なら触れても融合侵蝕は軽度!

 攻撃チャンス!


「地面ニ付カセネエゾッ!」


 敵能力に対する、

 完璧な対処!完璧な解答!完璧な適応!


 しむらくは、まだ“対人”のつもりでいたことである。


 魔力の流れから言って、本体があるのが頭部付近だと睨んだのは、正しい見立て。

 だが今のナイニィからすれば、“本体”は重要ではあれど、“致命”ではない。

 

 何故なら、魔学回路さえ逃がせれば、別の“本体”が手に入るから。


「ウオリャアアアアアア!!」


 連撃を入れるオットー!

 その数10m先でアスファルトがく!


『地下施設掘削されています!』

『目標進行中!』


「ナニィ!?」


『予測針路は!?』

『そのまま……こ、ここです!警備管制室に直行しています!』

『総員退避!急げ!』


 剥がれた表面組織、落ちた残骸達。

 その一つに魔学回路が移植されており、それが地面に着いて新たな“自己”を確立。

 

 物語は、それを覚えてくれる意識を求め、猛スピードで穿孔する!

 地下構造物を喰らいながら、大きさを増して進む様、ミミズの如し!


「ジャミーラ!」

「……載せられない……!」


 遠隔による取り立てを試みるが、魔法がそれを“主体”として認識しない!

 単純化されたプログラムそのもの、使い手無き魔法。

 それは敵ではなく、現象だ。



 地震もまた、法で裁けるものではない!



「じゃあなんで、“こっち”じゃないドス……!?」

 

 それがシンプルな“動作”そのものだとして、手近に居たオットーやジャミーラを通り過ぎることに、辻褄が合わない!


 否、それを問うなら、それ以前からだ。


 高度な思考など持たないように見えたナイニィが、どうして明胤が隠していた急所の一つ、警備管制室をちょうど進路上に収めて、一直線に学園を縦断していたのか?


 偶然ではないのだとしたら、


 その物語に、何者かが追加プログラムを書き込んだ?


『セキュリティシステムが各種機能停止!』

『到達予想まで……あと10(ヒトマル)!』


 ひらめきが降って、理由が分かったとして、

 これから全速力で追い掛けたとして、


 間に合わない。

 

 管制室が中の人間ごと“融合”させられ、ナイニィは本体を獲得し、地下に巨大なワームが巣食ってしまい、学園は陥落したも同然の状態に——







——“一一一一一(ぎ、ぃぃぃいい)一一一一(いいいいんんん)







 書画しょがに使う筆で、墨が撥ねるままに引いたような曲線。

 灰の空の下ですら、くっきりと映えるペンタブラック。


 それが無尽むじんの網目を引いて、管制室に雨を呼ぶ。


 かちり、

 鯉口こいぐちの軽やかな音と共に、腰の刀が納められる。


「り、理事長……!」


 正村家当代、明胤学園理事長、正村十兵衛。

 地面も、装甲も、隔壁も断ち切り、ナイニィが人に辿り着く前に、斬りきざんだ。


めっした……、が………」


 最終手段は、その立場に相応しい働きをした。

 けれども、彼らの肩を打つ雫が、状況の深酷しんこくさを物語っていた。


「遅きにしっした、か……」


 中の人間を出来るだけ多く助ける為、そしてナイニィを確実に除去する為、十兵衛は突貫工事で広く斬り掘った。


 彼が開けた穴は、地上から地下数十mの管制室までを、繋げてしまった。

 相手が漏魔症だけならまだしも、モンスターの大群まで現れている。


 司令塔が丸裸と、言ってよかった。


「ングゥ……ッ!」


 そして、ナイニィという危険な大物が消えたことで、そのエリアにも銃火器兵が満ちていく。


 最初の1発が弛緩した空気を刺し、それから銃弾大量到来。

 ジャミーラが撃たれた。

 胸や腹から中身をこぼしながら、なんとか自分に命中させた“幸運な”発砲者に、能力でダメージを返す。


 だが突発出血と共に倒れたのは3人ほど。

 火力の1、2割が減じ、そして新たに数人が銃列へ加わる。

 彼女をオットーが抱え上げる。


 回転させた斧、蛸足、そしてシールドで銃弾を受けながら、穴に飛び込んでその途中に身を隠すことに成功。


 されども治療役が、ここにはいない。

 苦悶に細い息を漏らすジャミーラを押さえつけながら、体内で止まった弾丸だけ手早く摘出し、止血処置を施すが、所詮は応急手当の域を出ない。


「おい、誰か」


 壱萬丈目が天井を指して、望みにすがるようにたずねる。


「誰か、ここに回せる者で、これを修繕できる能力者は、いないかね?」


 オペレーターの一人が、ディスプレイのバイタルサインと位置情報を目線で洗い、


「全て出払っているか殉職じゅんしょく済みです」


 職務をしっかりこなしてくれた。


 壱萬丈目は、両手でもったタオルで顔を拭くような仕草しぐさと共に、腰砕けで司令席に掛け、


「放棄だ。警備管制室の放棄を決定する」


 撤収を指示。

 即座に行動を開始した職員に、移転先を指定。


「敵変身能力者の動きからして、こっちの“頭脳”を叩こうという意図が見えることからして……簡易司令部は避難所や生徒詰所(つめしょ)から遠く……、地下アリーナ経由で行ける、南西、第9号棟に置こう。設備もある」


 明胤学園は、各所で司令部を設けられるようになっている。

 その備えを活かす時。

 だが問題が一つ。


「学園長、それまで全体の統制が利かなくなります」


 手を止めて振り返った若手職員が言うように、手綱たづなしばらはなされてしまうと、明胤の防衛力が脆弱化してしまう。


 特に、彼が命じた行き先は、最寄りの管制予備施設ではない。

 そのタイムロスは、極めて大きいものとなる。


「うむ……その通りだ……。だから……すまないが……」


 壱萬丈目は、信頼できる数人のベテランを、覚悟を決めた彼らの顔を一度見回し、頷く。


「最低限の人員は、()()()()()()()()


 「私と共に、だ」、


 ギリギリまで居残って、最高のスムーズさでバトンをパスする。


 明胤学園の長として、しかるべき決断。


 彼は十数秒で、その受け入れを完了した。

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