619.覚悟出来てるって言ったって
『奪え!燃やせ!壊せ!殺せ!君達を踏み潰さんとする正義に、空から神々の炎を降らせろ!』
敵の動揺を誘いながら手勢を鼓舞する、“号砲雷落”の一斉放送。
それに心を砕いていられるほど、余裕のある者ばかりではない。
『君達の右手にある物は!革命の権利だ!執行の義務だ!』
「“牛首武塔除難招来”ンンンン!!」
紅白魔力で構成された、三本角の牛頭が現れ、魔力のミサイルを全身から多数噴き出させる。
敵を撃つだけでなく、味方の治療や、魔法攻撃を侵蝕して威力を強める事もする。
三都葉の一族が使える強力な魔法。
だが、魔法が物語である以上、効力が著しいものは、極めて目立つこととニアリーイコールになる。
並の防御であれば貫徹する遠隔攻撃を持つ軍団を前に、注意を集めるのは時にマイナスとして作用する。
例に漏れず、銃を手にした“民衆”達は、一様に同じ敵へと狙いをつけようとする。
『「戦争は女の顔をしていない」と誰かが言った!けれど女が社会に出ざるを得なくなった理由は何だい?女を資源として工場に送り込まなけりゃいけなくなった、圧倒的な現実《Real》とはなんだい?』
そこを煙幕が横断。
視界が奪われる。
すぐに抜けようと走るも、中で吹き荒れる風のせいで、方向感覚が狂ってしまう。
更に突風に乗って、光る剣や槍を持った数人が横から突っ込んできて、次々と斬り伏せられてしまう。
誰もが前後不覚に陥り、所構わず射線を振り回す。
襲撃者にも掠るが、それよりも同士討ちで倒れていくペースが上回る。
『そうさ!国家総力戦!戦いだ!殺し合いだ!男女は戦争という“本物”によって平等になったんだ!』
「ごめんですけど」
斧槍を振るって通り過ぎる、やけに露出度の高い女が、鋭い視線を寄越しすらせず懺悔する。
「ファンが待ってるからさ、生きて帰んないといけないんです」
聞いて貰おうとも思っていない、ただの独白。
だからか、小さな呟きで終わり。
一人、他より少しだけ肝が据わっていた者が、拳銃を抜いて彼女に撃ちこむ。
「づ……っ!」
前に出した左腕の素肌部分で受けた瞬間、鋼鉄の球とフライパンで行う異次元卓球みたいな音と共に身を反らし、
「ったいなあ、もう!」
反撃に穂先で突き殺す。
強い圧力や衝撃を相手にするほど、より硬くなる肉体。
それでも肌に青痣が浮き、内出血を訴えた。
骨が折れているかもしれない。
紅白魔力の一発を受けて傷を癒しながら走行を再開。
謝罪一つ聞けずに、大刃の錆となった男が「生きていた」という証が、ぐちゃりと長柄を這い上がり、頭痛を強くする。
生体系のモンスターを殺せても、人が敵になった途端に、この気分の悪さ。
なんとワガママな生き物なんだと、自嘲しながらまた一人、始末する。
這いつくばりながらその背を狙っていた一人が、頭に魔法弾を受ける。
『分かるかい?もう男も女もなかった!一億総火の玉になり邁進!撃滅!その団結こそが今日を作った!平等は戦争の恋人さ!』
そこに広げられたのは、一方からは完全に見通せる不思議な濃霧。
学園側の射手からすれば、悪天候を差し引いても視界は良好と言えた。
雨、魔法の光、斬撃の風を受けて倒れていく軍勢。
ディーパーとは言え、所詮子ども。
そう考えていた反逆者達は、徐々に尻込みし始めている。
『財産だって、同じ事さ!丹本も!クリスティアも!あの大戦で、富裕層達がボコボコ没落した!格差は圧縮され、世は平らに均された!そうだとも!君達のやり方が、最も正しい!最も実効性が高い!』
その背を押すように、
更なる深みへ突き放すように、
後方からの熱光波が煙幕に穴を開ける。
ディーパーの陣が爆散。
ギャグ演出のように、何かが落ちた水面から飛ぶ飛沫のように、
人らしき影が宙へと飛び散る。
空気が叩かれた余波で、鼓膜が破られたせいか、聞こえてくる筈の悲鳴が見当たらない。
耳の奥が、針でも刺さったかのように、甲高い痛みを訴える。
顔の横を押さえながら振り返った彼らが見たのは、
「せ……戦車……?」
銃身で歩き、銃身で飾り立て、銃身を眼球みたいに回す、生きた砲塔とでも言うべき兵器。
人工物の冷たさと、生物特有の無作為な気持ち悪さ。
両方を持ち合わせたそいつらが、自分達の来た方から、スプリンクラーと同等のカジュアルさで死を撒いて、こちらへ這いずり進んでいる。
『殺し合いこそ!真理への最短経路!ああ!どんなに愚かしい!ああ!こんなに愛おしい!』
戦場の洗礼の只中に置かれていた新兵諸君は、何かをしなければならないという焦燥をダイレクトに行動に移して、「何か」をした。
要は、叫んで、指でトリガーを引きながら、怪物が居ない方に駆け出したのだ。
『諸君!自由を求めよ!平等を求めよ!勝利を求めよ!その為に戦いを求めよ!』
避難民が詰めているホールに貼られた防御壁が割れては足されるのを繰り返し、チカチカと落雷のようなフラッシュを雲霞に投影。
「守るべきもの」の優先順位を正しくつけた結果、前線で戦う生徒達の耐久が薄くなり、ただでさえ不条理に足を突っ込んだ攻撃力を前にしている状態で、当然のように被害が拡大。
それを守るように、紅白魔力を受け取った一体が前に出る。
蝙蝠の羽4枚と鬼の頭、戦士の体を持つ、数m級の石像。
変身魔法の使い手だ。
2枚の羽で味方を丸く包み、欠け毀れながらも傾斜に沿って銃撃を逸らす。
紅檜皮の瘤が砲身に付着。そこから髪の毛めいた物が伸び、モンスター共の動きを止める。
その足下が淡黄色に光り、数百度の奔流と上部からの強烈な圧力が発生。
密閉空間を大規模構築しながら、その両方で叩き挟む。
だがそれでも倒れず、自らを閉じ込める障壁を自爆も気にせず砲撃して破砕。這い出ていく。
石像は空いている羽のうち1枚を巨大な弓に変形させ、もう1枚を手として使って生成した矢を番え、放つと同時にまた射掛けて、連射。
移動砲台を撃っている間に、彼の目前に敵歩兵が一人駆け込んでくる。
迷いが、あった。
彼の能力は、その場から動けなくなる変わりに、敵を退ける力を得る、というもの。
「その場」を拡大解釈して、メンバーと協力することで地面ごと動いたりもするが、今はそこまでの連携を取る暇が無い。
すぐそこに迫っている男は、目を血走らせ、銃もしっかりと抱えている。
助ければ話を聞いてくれるようには、とても見えない。
殺さなくてはいけない。
仲間を守る為に、殺人に踏み切らなければならない。
——それで、その後は?
人殺しが、社会に受け入れられるだろうか?
彼は、人気のインフルエンサーだ。
ダンジョン配信とは、潜行者として働く者が、世の中に好意的に受け入れられる、その土壌となる行動だ。
そこで人気を得た彼が、そんな事をして、それは潜行者全体の風評を、貶めないだろうか?
彼は社会の為に、より良い世界の為に、
三都葉の関係者として、潜行界の未来を担う者として、
自らを人気者にプロデュースして——
嘘だ。
嫌われたくなかっただけだ。
彼が知る「特別な者」は、好かれなければ嫌われ、疎まれた。
無関心の方が残酷だとも言われるが、彼にはその選択肢自体が存在しない。
何故なら、ディーパーになってしまったからだ。
常人と違う未解明の能力を持っている。
それを恐怖や嫌悪に結び付けて欲しくなかったから、他人の御機嫌を取ったのだ。
両親や、事務所や、三都葉本社の言いなりになってるのも、権力に嫌われたくないから。
日魅在進や、問題を起こす潜行者、配信者、明胤生に目くじらを立てるのも、同じカテゴリだからと、巻き添えで世間から嫌われたくないから。
人気者は、少なくとも誰かから好かれている。
嫌われていることだって、稀な事例や幻想だと、心から追い出せる。
楽になりたかった。
嫌われたくなかった。
少なくとも、それは成功していた。
見目好くモンスターを倒す英雄。
ついさっきまで、そうだった。
では、彼が人を殺したら、どうなる?
異様な能力で、人間を殺す存在。
それは人外の化け物だ。
——好転のしようがない
——誰だって嫌いなんだ、そんなやつ
人を殺してはいけない。
でも、守る為には、殺さなければいけない。
学園でも、ずっと教えられてきた矛盾。
その二つを両立しなければ、公務員をやっていけない。
国を動かすパーツになれば、いつか、選ぶ時が来る。
限られた命しか救えない時。
どちらかを救う為に、どちらかを見捨てる時。
だから彼は、国になど関わりたくなかった。
将来はフリーのディーパーとして、一生ダンジョンに潜っていたかった。
では何故、この戦いに参加したのか?
学友から嫌われたくなかったからだ。
嫌われるのは、厭だった。
それは疲れる。
眠れなくなり、昼夜を問わず足をフラつかせる。
だからそれだけは避けてきた。
なのに、
どうしてこれほど嫌われているのか。
どうしてこんなに憎まれているのか。
顔も知らなかった相手から、殺意まで向けられて、
これから世間から、世界から嫌われなくてはいけなくなった。
どうして?
答えは出ない。
彼は弓を射る手を止めず、一発を近づいてくる男の前に撃った。
そいつが怯えてる間に、砲火が嘗めてくれるのを期待した。
怖気づいて、ここから居なくなって欲しかった。
そいつは尻餅をついたものの、また立ち上がり、叫びながら向かってきた。
彼は自分の羽で守られている数人を見た。
散らばった手足をくっつけようと、必死になっている。
ここまで迎え入れれば、彼らが殺してくれるだろうか?
今は誰にも見られていないし、モンスターに意識が割かれて、魔力も微弱な人間に意識が回らなかったと言っても、誰も彼を責めないのではないか?
あと数歩も近付けば、男は彼らに銃を向けるだろう。
あと数歩、知らないフリをすれば、
あと一歩、
思ったよりも早く、男は構えた。
気付いた時には、遅かった。
男の上半身が、大矢で貫かれ千切れ飛んでいた。
これでもう、取り返せない。
彼は門を潜った。
みんなの人気者では、なくなってしまった。
『そうだとも!望みがあるなら、戦って勝ち取るしかない!』
最低限走れるようになった生徒達が、彼の庇護下から退避。
それを見て、次を助けに向かう。
選択をしてしまった以上、それを貫くしかない。
中途半端は、全員から嫌われる。
味方が居なくなってしまう。
『なんか来たぞ!?南西方向だ!デカい!』
頭を低くし、羽で守りながら、無線から聞こえた方角に視野を移す。
厚い雨のヴェールの向こうから、流体を纏ったようなシルエットが、のっそりと濃くなっていく。
四つん這いになった、頭が長い人型。
いや、体を支える脚は、10本程度にまで増えている。
進もうと前脚を上げる度に、ごっそりと地面を剥がしていき、その低く大きな揺れが、このカオスの中でも感じれるようになってきた。
つまり、それだけ近くなってきたということ。
『あれが例の……変身者……なの、か……!?』
人が単独で変じるものとして、異常なサイズ。
正門を破った決定打、
その存在が、避難民の鼻に匂う、
それだけの距離まで、詰め寄られた。




