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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十二章:取り返しのつかないもの

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618.有効活用だって言うのか…!?

 バシャバシャと、靴が水面を破る。

 ガサガサと、繁みを揺らす気配がある。


 振り向くと、小さい何かが横切って、脇の草むらに消えていく。


 植物を刈り散らしてやるつもりで銃を乱射。

 発射口を左右に振って、金気かなけの突風で掻き回す。


 当たったか?

 マガジンを撃ち尽くして、汗だか雨露あめつゆだかが蟀谷こめかみからもみあげを伝い落ちることに気を散らしながら、肩で息をする。


 とっとっとっ、

 また視界の外で小振りな足音。

 慌ててそちらを撃とうとして、カチリカチリと空撃からうちの駆動音。


「な、なんで…!弾が無くても、カートリッジが…っ!」


 実体弾を装填せずとも、プラズマ弾を発射できる機構。

 なのだが、無闇に撃ち過ぎた。


 カートリッジの保有エネルギーも枯渇し、コア材質が消失している。

 新しいものに交換しなくてはならない。


 だがパニックに陥った彼は、一向に手順を進めようとはせず、何かが居そうな方を向いては、カチカチカチリと鳴らすだけ。

 

「クソ…!クソ…!なんで、なんでだよ…っ!」


 彼の周囲には、仲間達が居た。

 さっきまで共に走り、巨悪の牙城を崩さんと肩を叩き合った、同志達。


 彼らは今、脚から血を流し、倒れていた。

 あの小さな生き物に、股の間をくぐられると、太ももあたりから出血して、力を失っていっている。


「なんでこいつら…!こいつらばっかり…!なんで…!」


 彼は普通の人間だった。

 普通に努力して、安定した生活を手に入れた。

 家族だって養っていた。


 だがあの日、ダンジョン生成現場に遭遇してしまったせいで、全てが変わってしまった。

 何も悪い事をしていない筈の彼は、偶然一つで人間でなくなった。


 どうして自分がローマンなんかにならなければいけなかったのか、その答えを誰もくれなかった。


 彼はそんな病気にかかるべきではない人だったのに、それを認めてくれる人はどこにもいなかった。


「いつも…!いつもこうだ…!」


 彼だけではない。

 その目で直接見える範囲内だけで、理不尽の被害者が何人も。


 職人や生産者として、社会を底から支えてきた者が、ローマンになったからというだけで、あっさりと侮蔑ぶべつされ、捨てられた。


「俺は悪くない…!悪くないのに…!」


 間違いだ。

 罰を受ける人達じゃない。

 なのに、漏魔症なんて、身に覚えのないとがを背負わされている。


 彼は巻き込まれただけなのだ。

 罰を受けるべきは、彼らではないのだ。


 それを誰も、家族も、友人も、信じてくれなかった。聞く耳を持ってくれなかった。

 だから、声を届ける為に、まずは意識を向けさせる。


 ありもしない罪で、彼らを裁いた世界に、ノーを突き付ける。

 そういう正しい戦いだった。

 正当な表明だった。


 その証拠に、誰が相手でも無視をさせない、そういう道具が彼らに与えられた。

 間違った受難を無辜むこだからこそ、天が恵みをくれたのだ。

 神様か何かが、「正せ」と言ってくれたのだ。


 世界は正しい方へ向かう。

 けがれが河を流れるうちに、きよく解体されていくように、間違いは自然によって修正される。


 なのに、

 彼らは負けそうになっている。

 奴らから一方的に、恐怖と屈辱を受けている。


「お前らばっかり……!そんなに、そんなにしがみつきたいのかよぉおおお…!」


 正しさを取り戻そうとしている彼らを邪魔するのは、間違ったままの方が都合が良いからだ。

 特権的な立場を、ディーパーが手放したくないからだ。


 全部奴らが、国に気に入られているディーパーが悪いのだ。

 奴らが世の中を正していれば、彼らはこんな思いをせずに済んだ。


 ローマンという呪いから、何も悪くない彼らまでもが脱け出せないのは、ディーパーがチヤホヤされたいからだ。

 卑怯なやり口で、甘い汁を啜る奴らが、全部全部悪いのだ。


「俺は…!だって…!俺は…!」

 

 弾倉交換の余裕は無かったが、自動で排出されたカートリッジの代わりを、同じ場所に刺すことはできた。


「俺は何も、悪い事してないんだよおおおおお!!」


 再びの連射。

 雨風が吹き荒れる下で、小さな熾火おきびがジャンプする。


「負けろよおおおお!間違ってんの、そっちだろうがああああ!」


 トリガーを引きっぱなしに、全周をさらう。


「俺がお前らに勝つ方が、ってるんだるぉぉおおおお!?」


 まだ味方が立っているかも、といった気遣いは微塵みじんも持たず、権利を叫びながら過ぎた凶器を振り回す。


「はー…っ!はー…っ!ヒー…っ!」


 森に逃げた兎を掴まえる為、木々の全てを焼き払う。

 それと同じくらいの勢い任せだったが、やった甲斐はあった。

 足音が消えたのだ。


「ひっ、ひひひっ、やった…!」


 当たったんだ。

 正義はやっぱり勝つんだ。

 彼は間違ってないから、きっと仲間だった奴らよりも潔白だったから、最後まで生き残ったんだ。


「みんな、みんな嘘つきだ……!俺以外、みんな、罪人だったんじゃあ——」

 

 さっきの小型生物を遣わしたあるじを探して、頭をキョロキョロしていたら、


 急に、白い影が寸前へと現れる。


「………?」


 直立してシーツを被った人間らしきそれの、正体を知る前に銃で撃って動かないようにしようとして、次の一呼吸ひとこきゅうが重く詰まった。


「がぼ…ッ!?」


 ぶくぶくと多少の気泡を立てて、そこが抵抗の限界だった。

 顔が水球に覆われた彼は、自分の声も満足に聞こえないまま、溺死。


 何が起こっているか分からない。

 ただ、苦しい。

 彼は苦しんでいた。


 それは間違いだ。

 彼は必要のない苦しみを味わったのだから、もうこれ以上苦しんではいけないのだ。


 こんなのは、嘘で、卑劣で、おかしい。

 通してはいけない。

 彼は正しいのだから、勝たなくてはいけない。


 色んなものに貢献してきた彼が苦しむのは、不快なのは、変だ。

 理屈に合わない。


 人は彼を、救わなくちゃいけない。

 彼の漏魔症は治らなくてはならないし、治らないならそれに見合った補償が、賠償が必要だ。


 奪われた者達が、奪われた者達であることを理由に、更に奪われる。

 こんな世の中であって良いはずがない。

 変えなくてはいけない。

 それを拒絶する奴らは、絶対に間違っている。


 彼は「世の中が間違っている」と、自分が極端な行動に出ることで知らしめた。

 つまり、奴らは間違いを知った。

 それなのに、まだ彼に勝とうとしている。

 殺そうとしている。

 彼の言葉に耳を貸さない。

 彼が漏魔症であることを良しとして、救おうとしない。

 どころか罪悪感もなく排除しようとしている。

 ほら見た事か。

 奴らは悪だ。

 間違いようもなく悪いヤツだ。

 

 無実の人間を殺そうとするなんて、

 これが人のやることか?

 いきどおる。

 いかり狂う。

 

 全部奴らだ。

 奴らが悪いんだ。


 そこまで恨まれて、憎まれているのに、

 大人しく殺されないのは、奴らが悪人だからだ。

 いさぎよく全てを差し出さないのは、奴らがズルいからだ。


 許してはいけない。

 世の中を良くしなくてはいけない。

 正しいことは行われなければいけない。

 許してはいけない。

 

 許してはいけない!


「おおおおおおぼぼぼぼボボボボゴゴゴゴゴォ……ッ!!」


 飲み干そうとしているかの如く、水中で頬が千切れるほど口を開け、


〈おおえっぼおおおおおお!!〉


 黒い筒が飛び出し、

 先端から飴色を吐瀉としゃする。


〈オオオオベエエエ!ゲエエエエ!!〉


 手足が左右に裂けて、体内から幾つもの銃口が、脚部のように突き伸ばされる。


〈ワルイ……!アイつラが…、ワるイ…!〉


 違法改造車のマフラーめいて、何本も銃身を伸ばしたそいつは、頭に該当するらしい巨砲で、目に付いた中で最も大きなものに向けて発砲。


 外壁を貫通し内部に転がった弾頭は、1秒後に超高熱爆裂。

 内側からコンクリートを融解させ、鉄筋をズタズタに引き裂いた。


 オレンジに焦げた煙が膨らみ、天の恵みを焼きあぶる。

 全身が銃に変わったそいつは、体の左右に無数の口を持ち上げて、仰角ぎょうかくを取ってから気ままに無制限射撃。

 それをもって対空迎撃弾幕とした。


 向かって来ていた眷属や魔法弾が、鋭く変化する軌跡を残す飴色に貫かれ、その形を保てずに空へ散る。

 

〈ワルイ……!マチガイ…!ワルイ…!タダシク…!シナイト…!〉

 

 中から質量を取り出しているが如く、体積を伸ばしていくモンスター。

 その足元に反射する波長。


 怪物と化したことで、そいつは初めて、そのベージュ色を目にすることができた。

 小さな犬と狸の合いの子のような生物、それが咥えるタヌキ人形が、派手な存在感で自分の居場所をアピールする。


〈オれ…!ローマン…!マチガイ……!〉


 腹に並んだ細かい銃口が、魔学回路どころか物理的風穴で通しまくってやろうと、狙いもつけずに連発。

 保育園児の図画工作に使われる色紙いろがみよりも無惨な姿になりながら、それが放り投げた人形は、その先に居た別の一匹にキャッチされる。

 

〈オマエラ、ローマン!タダシイっ!〉

 

 それも殺処分してやろうと、照準しょうじゅんしぼってから撃つどころか撃ちながら照準を調整していたそいつの周囲が、より一層曇った。


 上を取っていたのは、巨大な石像。

 ベージュを発するビーコンを目印に遠投され、白い魔法陣を通って力とサイズを増していたそれは、やりたい砲台野郎に上から取り付いて、恐るべき剛力ごうりきで地面と引き合う。


〈ギャボオオオオオッ!!〉


 潰れた蛙。

 それほど可愛げがあれば良かったのだが。


 そいつは血肉や内臓の代わりに、飴色の熱波を噴射。

 壁や地面を抉り取り、数々の設備をダメにした。


〈ナンデ…!ナンデナンデナンデナンデ…!〉

〈ローマンナンカ…!でぃーパーなんカ…!ゼンブシネばイイ……!〉

〈ふザけンナッ!クニとディーぱーガくそなノガイケナイノニッ!おれダケっ!オレダケっ!〉

〈ズルイ…ッ!ズルイズルイズルイズルイ……っ!!〉

〈ナオせ……!なおセよ…!すくえよおおおお!!〉

〈シネシネシネシネシネ……!〉


 そして倒れていた他の面々が、同じように“脱皮”していく。

 

 大砲が並べられ、次々と火を噴く。

 

 夏の暑さも雨の冷たさも、ここでは全てが誤差におとしめられる。


 死せる彼らを動かすものの名は、“正義”。

 それは彼らが持つ唯一にして最大の娯楽。

 極上のストレス解消法。


 肉にみ付いた憤懣、骨髄こつずいそそぎ込んだ怨恨えんこんを、

 自分でも殴れる相手に全力投入する、暴力的善行。


 それがまなにぶつけられる。


 守りし者達に浴びせかけられる。


 彼らはもう、まとを選ばない。


 誰もを憎んでいたから、


 誰を叩いても満たされないから、


 結局、誰でもよくなったのだ。


 どうせ理由が付けられるのだから、


 正しさを言い張れると知っていたから、


 選ぶのが面倒になったのだ。

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