613.両方が引き撃ちしても勝負は成り立つ
ほぼ火球と言っていいエネルギー弾を撃ち、コア由来部分の質量が消失して軽くなったカートリッジを排出。新しい一本を刺し込んでセット。
これで残り四つ。
『身体強化って便利だね…!まるで追い着けない…!』
ディーズの嘆きの通り、逃げ回る魔法使い相手に、彼らはあと一手を詰め切れていない。
遠距離主体の能力ながら、近距離戦闘で充分に機能するよう、よく訓練されている。
『撃った!11時!距離100!道なりに接近してる!』
曲がり角の手前で構えたスパルタクス。
その頭上の窓を破って現れる、四角い耳と鋭角ボディの眷属。
強固なシールドとアーマーで受けながら撃ち殺し、ジェネレーターのカートリッジを交換。
残り三つ。
超音速で壁を透過するような理不尽攻撃でないので、対処が間に合っている。
だが消耗させられ、敗着に近づいていることは、否定できない現実。
身体強化に過剰な魔力を回し、無駄に体外へ溢れさせてしまう相手なら、追跡も容易。だがそうでなければ、撃った場所から移動された時点で、ほとんど完全にロストすることになる。
魔力探知による索敵だけなら、の話だが。
『速い…!けど動態検知には引っ掛かってる!マーク地点から北西方向!』
ドローンは、もっと厳密に言えばそれらが抱えているカメラは、極めて高性能なオモチャである。
魔力探知モードの最中にも、ハイスピード光学カメラが構えられており、一定以上のスピードで動くものが映ったら、自動的に撮影する機能付き。
進行方向が分かれば、これまでのスピード感から、大雑把な到達地点を割り出せる。
これで、足の速さ勝負にも大勝していれば、言う事ナシなのだが。
『うぅっ…!距離が縮まらない…!』
彼はアーマーの身体能力拡張機能によって、補助的な高機動を手に入れているに過ぎない。ランク6の優秀なディーパーの身体強化と、並ぶことが精々で、悪ければ引き離されることすら有り得る。
よーいドンで競走しても、間違いなく勝利はできない、ということ。
追い着けないなら、減るのは彼らの方だ。
長びくほど、相手が有利。
だがこの指し合いは、駒1枚ずつでやってはいない。
『もう少し待って…!今、絞ってるから…!』
ディーズが兵員を動かし、包囲を作っている。
即死クラスの攻撃手段を持った集団を配置すれば、少しは身動きを制限できる。
『だからそれまで……、!次弾!正面!距離変わらず!だけど高い!』
その報告が終わる前に、彼の胸に三連鋭角三角形が刺さる。
射殺するもアーマーが破損、シールドも割られた為にカートリッジ交換。
拳銃にセットしていたものも入れ替えて、未使用カートリッジは残り一つ。
ビル上から直線最短距離で撃ってきた。
連携で挟まれることを見越して、逃走より攻撃に比重を置き始めたか。
こちらからライフルで狙おうとするも、ディーズからすぐに敵が離脱した旨を告げられ、すぐに追いかけっこを再開。
このままだと、次の次で明確に負傷、
最悪を想定すれば、3手で彼は獲られる。
『スパルタクス!次の角を左!』
そうやって一刻の猶予も無い時に、ディーズは狩狼の逃走方向と正反対を指定してくる。
何を?
とは聞かない。
彼はすぐに意図を読む。
この状況を打破するには、それしかない。
『50m先!見える?』
その予想はすぐに当たる。
ディーズは最善手を引き寄せていた。
『!来るっ!』
そこに、より遠くなった相手から、刺客が放たれる。
今度は建物の隙間を縫うように彼に接近し、
だが途中で異変に気付いただろう。
スパルタクスが、速過ぎる。
先程と比べ、明らかに加速している。
そしていざ通りに出た時、相対速度が低下していたことで、これまでより軽傷で猟犬に反応。
自分の後を猛追した触れたそれを、シールドが削り切られる前にプラズマ弾で熱殺。
彼は“足”を手に入れた。
混乱の最中、キーを挿したまま乗り捨てられたバイク。
それを法定速度の数倍で飛ばし、屍と車で埋まった道路を渡らせる。
天候と相俟って、ツーリングにぴったりな交通状況とは言えないが、彼が自分で何かを乗り回す時は、大抵が最悪のコンディションだった為、特に問題とは感じない。
渋滞する蜘蛛の巣めいてゴチャゴチャした街中を、衝突が怖くないかのように、時に塀を蹴りつけ倒れるような方向転換をしながら、見ている側がハラハラする走りで駆け抜けていく。
『やった…!“網”に掛かった…!』
更に罹患者達が、とうとう狩狼を捉えたようだ。
敵も減速を余儀なくされる。
これで一気に王手『うっ、嘘だろうっ!?』とはいかない。
『5人居たのに…!一瞬で…!?』
身体強化と、焼夷弾も含めた合成眷属の強力さ。
それらによって、こちらが想定した以上に、手早く制圧された。
網は食い破られ、猛犬はまた自由に。
多対一で囲い込み戦法を取るという算段は、これにてご破算である。
『ご、ごめん、もうそこに回せる戦力がなくなった…!』
罹患者達の追走は、絶対に追い着けないのだから意味がない。
なら新たにもう一枚、網を用意するか?
否。
この一箇所の為に、これ以上全体の人的資源を、薄くするわけにもいくまい。
結局は、スパルタクスが一人で追い、一人で狩る、それが求められる局面。
『地図上に、幾つか建物をマークするね…!』
ならば、その条件下で、出来るだけ有利を作るやり方を考えるだけだ。
『相手の動きを見て、そのどこかに先回りするんだ…!』
ここから先、ビルが疎らになる区間が待っている。
カートリッジも、最後の1本がまだ残っている。
まだ敵の行動次第だが、もしこちらが一手でも、先んじることが出来れば、
この撃ち合いが、的当てになる、そういうチャンスが待っている。
そうなった暁には、
そこが決着の場となるだろう。




