612.それもまた生存戦略
世の中広しと雖も、まず存在しないものがある。
だが人間は、「無いなら作れば良い」と、自らの手でそういう物を生み出してきた。
絵画や文章といった仮の器から、魔学、工学的な試み、遺伝子改良に至るまで。
無いものを実現しようとし、不可能を可能にしようとした。
「ディーパーを殺せる漏魔症」。
それも、そういった“作品”の一つ。
とは言っても、それが怪しげな実験によって生まれたスーパーソルジャーなのか、それとも純粋な研鑽の果てに生まれたフィジカルエリートなのか、それは誰も知らない。
どういった産道を通ったものか、いつの間にかそこに居た。
“カミザススム”以前から在りながら、暗部における活用方法しか存在しない為、歴史の表舞台から意識的に無視されている者。
それがスパルタクス。
単なる凄腕の狙撃手である。
彼の手口は、到ってシンプル。
相手が警戒していない時に、見えないほど遠くから、その頭を撃ち抜く。
どのようなディーパーであっても、身体強化も魔法も発動していない時に、脳汁が弾け飛べば即死である。
身体欠損を治癒できるほどの使い手が、近くに控えていたとしても、突然頭部が粉々になった雇い主の、延命に成功するケースは稀である。
では、もしそれすら可能な者が敵方にいたなら?
少し工夫してやるだけだ。
治癒能力者と標的を引き離してやるだとか、息を抜いた瞬間を逃さないだとか、続けざまに両方を殺してやるだとか、念入りな二撃目を叩き込むだとか、やれることは幾らでもある。
彼が好むのは、“ボルトアクション”と呼ばれる構造で、破壊力の高い対物ライフル。
単純で直しやすく、精度が高いメカニズム。
そしてちょっとした壁やシールドなら、破壊して余りある威力。
漏魔症がディーパーを殺すには?という疑問への解法。
一発勝負の漏魔症には、その選択肢しかなかった、とも言える。
剣だろうが銃だろうが爆弾だろうが、ディーパーが使った方が遥かに強い。
だが狙撃銃は、その限りではない。
必要なのは、視力の他に、頭脳と忍耐なのだから。
そんな、ほぼ一択に縛られている彼はこれまで、様々な戦場で使われ、そして生き残ってきた。
報酬の踏み倒しすら、一度も許したことがない、プロ中のプロとして、名を馳せた。
反漏魔症感情によって、生きる場所を持たない筈の彼は、誰もが同じ生死の境界線上を渡る“戦場”にこそ、自らの居場所を見出したのだ。
生息地を追われた被捕食動物が、他の種も苦しむ苛酷な環境に流れ着き、そこで己が入り込める隙間を発見し、生態系の一部を占領したように。
そして彼が、過去最高額の報酬で引き受けたのが、今回の大規模な仕事である。
と言っても、特別な心構えなどない。
ただ必要なだけ殺し、生きる。
彼の行動原理は、たったのそれだけである。
彼にとって、食事と殺人に大した区別はない。
「生きる為に殺す」のだから。
『あった。「ムツザネ・シュロウ」、これだ』
その常道としては、情報を得ることだ。
知らぬ物を口にしてはならない。
不明な相手に弾は当たらない。
彼が日頃から心掛けている訓辞。
勿論、その因果な職業の都合上、どうしてもアドリブを求められることもある。
だが猶予が1、2秒であっても、敵を理解する事に割ける時間があるなら、頭を止めてはならないものだ。
理解とは、どんな分厚い装甲をも貫通する、最強の矛なのだから。
『奇遇だね……。例の、“目標”と同じ学園、同じクラスに所属する生徒だ。DRは6』
だから、この国のディーパーについて、できるだけ詳細で網羅的なデータベースを、事前に要求しておいた。
特定の人物を狙うような、通常の依頼とは違う契約なのだから、相応の安全策を用意させたというわけだ。
零負遠照はその無理難題も、二つ返事で快諾してくれた。
どこから手に入れたのか、丹本国籍を持つディーパーほぼ全員のプロフィールを、一通り揃えて見せたのだ。
『“シュロウ”という家の、「猟犬魔法」らしいね……。高速弾、誘導弾、焼夷弾の三種類。それぞれ同時に一発ずつしか存在できず、二種以上を合成することも可能……。凄いな、この資料によると、眷属の嗅覚や聴覚探知は、かなり鋭いみたいだ』
それで、か。
彼はかれこれ20分ほど、四角い耳を持つ眷属に、追い回されている。
念の為、臭いも消していたのだが、それでも僅かに零れた残り香を判別可能なのか、はたまた移動時の音を頼りにしているのか。
一方、弾道が一定でないので、こちらからは撃ち出した地点がどこか分からない。
潜行者とは便利なものだ。
猟犬はどこまで行っても振り切れない為、ビルの中のような閉所に立ち、敵が彼を目指す際、限定されたルートか、床や壁、天井を破るかしなければならない状態で待つことで、毎回撃ち落としてはいる。
が、その作戦が期間限定品であると、向こうも分かって来る頃だろう。
『スパルタクス?弾倉はまだ、持ちそう……?』
黄色信号を送り返すと、「そりゃそうだよね」と強張りが鳴る。
彼が今持っている銃は、従来の弾倉以外に、銃身の下にグリップが付いている。カートリッジを入れるスロットだ。
威力増強だけでなく、プラズマ弾頭生成まで行える優れた機構を備えているわけだが、言い換えればどうしても、消耗品ありきなのは変わらないということ。
最大威力で撃てる実体弾が、あと3ケース分。
対物ライフル弾薬の残りは、1ケース。
カートリッジは10本を切った。
アーミーナイフ以外、何一つ持たない素寒貧になる時も近い。
『後方と合流して欲しいけど……』
当然向こうも、彼がここを動く事を、許そうとしないだろう。
見えない相手に、一方向的に狙われる。
いつもの逆の立場に陥った彼は、しかし鼻呼吸を乱しもしない。
『よし、来た。到着した』
次の手順は既に決めてある。
他の区域に使っていたカメラドローンを、ディーズが呼び寄せている。
なんなら、スパルタクスが要請するより早く、それは実行中だった。
優秀な観測手である。
『魔力探知モード起動……。さーて、出てこい出てこおい……』
指の関節をパキポキ言わせているのが聞こえる。
準備完了の合図だ。
彼は肘で窓を破ると、通りに向かって数発撃った。
それは敵の耳にも届いただろう。
狙撃手。
それは戦場で最も嫌われる役回りとされており、そこからも分かる通り最も恐れられている。
銃火器を持たない法執行機関にとっては、何よりも消えてほしい相手。
そう考えて、狩狼はスパルタクスを優先して攻撃、封じ込めようとしているのだ。
だが、必ずしも殺す必要はない。
自らと向き合って、釘付けにしている間なら、息を潜めて、時間経過を待てばいい。
生きているだけでプレッシャーとなって、相手の動きを制していることが分かるからだ。
だが、テロリストが市民への攻撃を再開したなら、また気を引かなければならない。
もしもそこで、命惜しさに丸くなってやり過ごそうとするような人間なら、このまま何事も起こらないが、
『いた!動いた!』
どうやら今回の敵は、しっかりと正義感に忠実なタイプだ。
殺しや破壊より、人助けに重きを置く“好ましい”人格。
撃ってきた。
スパルタクスを仕留めるか、少なくとも威嚇する為に。
『発射地点マーク!』
素早く周辺地図上に座標情報が描き込まれる。
行動開始。
彼は一つの躊躇も見せなかった。
『誘導弾!さっきより速い…!7時から10時を行ったり来たりして君を追ってる!』
猟犬ミサイルの射ち手、狩狼を追跡するスパルタクス、を追尾する狩狼の眷属。
アヒルの親子の行列、どころか互いの尾を呑む蛇である。
ジェットパックユニットに残り少ないカートリッジを入れて、出力を上昇させる。
壁を蹴り砕き、空を渡り裂きながら、敵が「さっきまで居た場所」を目指す。
当然、発射と同時に引き払っているだろう。
なら、もう一度撃たせるだけだ。
逃げながら眷属を殺し、再度撃たせて、また追いかけっこ。
そのイタチごっこの中で、徐々に距離を詰め、リソースが切れる前に殺す。
かくれんぼ、いや鬼ごっこか?
命懸けの逃げ足勝負の時間である!




