56.それはズルじゃん part2
ニークトの鎧が、変化する。
毛皮の表面にくすんだ金色の線が流れて、両脚を覆う部分に集い、盛り上がる。全体的には若干薄くなるが、その突起部は大きくなっていって、
先端に目と口が開いた。
スタッ、と、四足が地を踏んで、狼が2匹、俺に狙いを定めた。
「囲め」
散開し、俺の左右を通って等距離に位置取る狼共。
これはニークトが、防御をある程度軽んじても問題無いと、そう判断した場合に使われる、第二段階。
数で優位に立ち、攻撃力を上げ、終わらせるまでの速さ優先。
俺がニークトに、まともに当てられない。そういう評価の表れだろう。
困った事に、それは今の所真実だ。正直第一段階の方が戦い易いから、防御を固めてて欲しかったのだが、
「マズったな…」
敗色がより濃くなってきた。
俺は全く別のアプローチによる回答を出さなければいけないし、その為には考える時間を膨大に要する、が、ニークトがそれを待ってくれるわけがない!
〈グガオオオ!〉
狼が動き出す!魔力弾を数発撃つがするりと避けられて牽制にもならない!2匹がほぼ同時に喰いかかる、と分かったので足に齧りついて来た右側の奴をすかしつつ、首元を狙った反対側の口にナイフを「うおっ!?」
ニークト!本体が来た!
スタート時点では遅いが、その巨体に速度が乗れば凄まじく、俺の方が緩急に翻弄され反応が遅れ、今や剣を振り抜く直前!
ナイフは攻撃に回している上に崩れた体勢では受け流せるわけもなくバックステップ、の先にさっきやり過ごした1匹が回り込んで来る!この手際の速さ、先読みされてる!
変わらずの足狙い、避ける、足運びが乱れる、左の狼まで足を攻め始める、そちらを避けるには前に行くしかないが、そうすればニークトの手中で今回されている返す刀に捕まるので、背面に頭から倒れ跳ぶという普通でない避け方をする事で抜け、空中制動で立て直しながら着地!
いいや、抜けれていない!そこに追撃が、連撃が繋がる!
三体からの波状攻撃はただでさえ苦しい。更に狼に食い付かれれば当然しっかり歯を立てた上で離そうとしないだろう。継続的にダメージを蓄積されながら、フットワークを制限され、そのまま為す術なく負ける。過去の映像でも、そんな犠牲者を何人も見て来た。
反撃に出れない。
防戦一方な状態で、姿勢も万全に整えられず、鋭いカウンターも放てない。魔力の流動による防御によって、偶に一手を挟む猶予が生まれる程度で、窮屈な体勢で打たれたそれは、簡単にいなされるか防がれる。そしてナイフの刃は、そこに奔る回転刃は、徹底的に対策され、掠りもしない。
かといって、グローブや靴の表面に回転刃を作る、というような奇策に出れば、装備を破損させて余計に不利になる恐れがある。それが大丈夫だったとしても、自分のポイントを削るのは確定だ。
固められた。
制限され、狭められ、外堀を埋めるかのように、打ち筋を導かれている。
そのゴールは、壁だ。
後ろに避けられなくなった時、俺は詰む。
——何が違う…!?
編入試験の時は、これ以上の手数を相手にしていた。だが被弾自体は、もっと少なく済んでいた。
相手が手加減してくれていた、というのもあるだろう。魔力流動による防御を、どれだけ貫通するか、その割合の差だ。
しかし一番大きいのは、敵の連携だと感じる。
詠訵も言っていた。この狼共は、遠隔操作ではなく、自律行動タイプだ。簡単な命令を実行するロボットのようなものであり、本体のニークトからなんらかの信号を受け取る事で、命令が上書きされる。
例えば「左から足を狙え」だとか、「ジャンプして飛び付け」だとか、「噛みつく振りだけして後ろに回れ」だとか、そういったコマンドを、目まぐるしく切り換えている筈だ。
完全にニークトが動かしているのではなく、だから行動にそれぞれ独自の判断が、ズレが生じる。一方で、飛んで来る命令は速く、かつ的確に、俺の次手を潰す物。
このやりにくさ。
相手の腕が増えた、よりも、動きの正確性では劣る。最短で連動する事ができない。それが逆に、ずらしや騙しのようになり、こちらが合わせるのを難しくしている。
何より、魔力を見ないでも高精度で感知して、俺の反撃の芽をねちっこく、一つずつ順番に摘んでいく、ニークトの状況把握・判断能力!
これが高過ぎる!
編入試験は、どこまで行っても1対1だった。
だが今は、体感として、1対3だ。
「ちょこまか!しても!勝てないだろうが!いい加減!オレサマを!煩わせるな!」
なんか言ってるが、言葉の意味を受け止めてやる事も、言い返す事もできない。そんな余裕、俺には持ち合わせが無い。
——結局、いつも通りの、賭けか。
毎回毎回、本当にギャンブル依存症になったみたいに、危ない橋しか渡れない。
でも、言ってしまうと、俺が選んだのが、そういう道だったのだ。
俺がこの学園で、トップレベルの潜行者の世界でやっていくには、普通にしてるだけでは足りない、という事だろう。
——跳ぶか。
いつもみたいに、飛び降りろ。
後悔は、下に足が着いてからだ。
数手だ。
数手で落ちる。
壁が迫る。
あと半歩。
だから、自分から行ってやる。
脚を狙った一噛みを斜め後方への跳躍で回避、壁を蹴って、頭上を通り越す——
——ってのは分かってんだろ?
こいつがその危険を予測できないわけがない。っと言うか極論、壁でなくてもこれは出来る。だからいつでも頭上を取られて良いように、準備をしている筈だ。
だからもう一個、サプライズを用意した。
魔力炸裂、
空中制動、
上下を
ニークトによる対空迎撃用の縦一閃を間一髪で横に避け、
逆さに
その着ぐるみ狼の口の中にナイフを突き入れてガガガガガガ!
「ぬぁアッ!?」
その口が閉じれるのは予想できたが、今のに反応するのか。
狼頭が邪魔になってるせいで、上側の視界は制限されて、俺がどうなってるか分かりづらいと思って——
着ぐるみの方の眼が、俺を真っ直ぐ映している。
ああ、そっちもちゃんと見えてるのか。納得。
ナイフはもうだめだ。
手放す、直前でその大顎が振り下ろされた。
間に合わない。
一緒に床に引き下ろされる。
体外魔力操作によって叩きつけられる事を回避するのは成功、したが、地上に戻された。跳び上がるには二手以上掛かる。狼2匹と、ボス1体。彼らがゼロ距離で同時包囲攻撃を繰り出す方が、計算するまでもなく、
速——
「全く、最近は、甘やかし過ぎでしたかね?」
「えっ」
俺は急いで周囲を見渡す。
現状把握。現状把握を1秒でも早く…!
場所はさっきまでと同じ、アリーナだ。
だけど俺と彼女の他には、誰も居ない。
証明も薄暗く、日の光も射さない。
少しズレた世界に、迷い込んでしまったみたいに。
「えっと、あの、これはバババババ!?」
別に電流を喰らったわけではないが、稲妻が走ったような衝撃は受けた。
カンナの服装が、授業で見るタイプの、体育着になっていたからだ。
…あの、無意味に着替えるのやめません?俺が死にかけるだけなんです。
「今貴方の脳を、強制的に過重稼働させ、この無意識の世界を、構築しています」
「『無意識の、世界』……?」
「泡沫の夢幻、小数点以下一桁秒にも満たない、儚い脳内神秘体験です」
いやいやいや!?お前!それ!
「さて、ススムくん?」
今更かもだけどさあ!
俺が起きてる時にもそれが出来ちゃったら、もう何でもアリじゃん!
「お説教のお時間です」
言葉の割に乗り気な笑顔に、
俺の心臓は勝手に張り切って、
一瞬だけ、
負けかけている事も、忘れそうになった。




