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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十二章:取り返しのつかないもの

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608.門前払いにされてるうちが花

 丁都、神宿。

 この辺りは、しとしとと肌を撫でる程度の、小雨であった。

 

 車道が大勢の人体で満たされている。

 歩行者天国、というわけではない。

 彼らは歩くどころか、身動き一つ見せないのだから。


 転がる彼らに何度かつまずきながら、数人の男がへっぴり腰でジリジリと行進。

 横並びの彼らは、バラクラバのように顔の下半分を布で覆い、血走った目をギョロつかせている。


 時折、スマートフォンについたアクセサリーや、カバンから飛び出た小物類を踏み砕き、自分でその音に驚いて、目前で倒れた体に穴を追加開通。

 

 一人がそうなると、それ以外も急に精神の平衡を失調し、バタバタと喉を掻き鳴らし、やがて互いに肩を叩き合って、神経を鎮めようと試みる。


 見るからに、初陣。

 新兵丸出し。


 だがその両手で把持はじした、筒の高度進化形態のような獲物が、彼らに殺戮者の玉座を用意していた。

 彼らはそれを持っている間だけ、虐げる側の人間である。

 

「なんて、そうは問屋がおろさねえだろうが」


 異音がしたらしつこいくらいに反応していた彼らは、その時もまた引き金に掛けた指を動かそうとした。

 だが、叶わなかった。

 

 彼らは金縁に青色のたてがみに目を奪われ、その中央で剥き出された牙に竦み、

 重圧が彼らを釘付けにした。


「“仁任師獅子重労苦ペオン・カラリオン”。怖えだろ?動きたくねえだろ?」

 

 雄々(おお)しく地を叩く唸り声に、膝を震わせる男達。

 背に獅子を負う、機動隊のアーマーを身に着け、全身を覆える盾型魔具を持つ刑事。

 

「こいつに睨まれると、動けなくなんだよ。お互いの力の差がデカい、勝てるわけない、ってそう思うほど、肩も足も重くなる」


 指の位置すら動かせなくなった彼らは、「勝てない」と思ってしまったのだと、彼ら自身にそう分からせて、効力を更に上昇させる。


「俺もな、動きたくねえんだ。極力な」


 彼らの睨み合い、いや、睨みつける者とすくみ上がる者という、一方的な邂逅かいこう

 格付けは、既に済んでいる。


「仕事だから見逃すってのはナシなんだが、俺はこう見えて、いやそっちからどー見えてんのか知らねえが、まあパッと見より、和をもっとうとしとなすタイプだ」


 「言ってること分かるか?」、

 獅子が顎を引き結び、そこに籠もった力の増大を視覚的に分からせる。

 

「お前らの方は、第一印象だと平和主義っぽくは見えねえが、まあ人は見かけによらねえからな」


 「俺と気が合うってんなら、そんなに嬉しい奇遇はねえわな」、

 汗と、雨粒と、視線と。

 その肌をつた数多あまたによって、彼らは温度という温度を奪われる。


「お前らに同情しねえでもねえんだ。俺はそれなりに優しいからな。だから——」


——すんなり降伏してくれりゃあ、

——命までは取らねえ


 極度の緊張にさらされた彼らに、それを終わらせて楽になる、そんな道を教えてやる。


「無駄に疲れて、無駄にグロッキーになるだけだ。やめようぜ?もう」


 彼は歩み寄る。

 獅子もまた、彼らに近づく。




 同じ頃、明胤学園、正門前。




「良イノカヨ?」

 

 潜行用アーマーの上に、背から生やした八本の蛸足を巻き付けて、全身を守る男。

 彼が正面に堂々と立ち、学園の敷地を囲む数百、数千人と相対する。


「ソレ使ウンナラ、加減ナンテ出来ネエゾ?」


 顎で示すのは、群衆が持つ殺人機構。

 覚悟も無しに握っていいものではないと、彼はそうさとす。


「ソウイウ事ヲシネエッテ約束ガアルカラ、俺達ハ弱イオマエラヲ守ロウトスル。俺達ニ反抗シテモ、配慮スル。殺サネエヨウニ」


 ここには国があり、ルールがある。

 命のやり取りにも、むしろその領域にこそ、越えてはならない一線が引かれている。


「俺ダッテ、戦闘講習トカデ呼バレタ身ダシナ。オマエラガ憎クテ此処ココニ立ッテルンジャネエ。偶々居合ワセテ、仕事ガ増エタダケダ」


 過剰な暴力、報復は行わない。

 適切な限度内で、割り切るようにする。


「ダケドモナ、“ソレ”使ウッテンナラ、話変ワッチマウンダヨ」


 どちらかがその「約束」を破ってしまうと、情け容赦の無い、痛みとクソにまみれた、誰も得をしない血みどろが始まってしまう。


 最低保証、セーフティーネットが取り払われ、勝ったとしてもり減り切って、負ければ虚無の奈落に堕ちる、そういう夢も希望も語り得ない未来しか、残らなくなる。


「オマエラ、救イヲ捨テルンダナ?ソレヲ使ウッテコトハ、守ラレル弱者ジャナクテ、殺シ合ウ敵、ッテ立場ニワザワザ就クッテコトニナルケドヨ?ソレデ良インダナ?」


 地獄に入門しようと言うのか?

 ここから先は、どんな言い訳も、苦情も、請願せいがんも通用しない。

 

 負ければ死ぬし、勝てても死ぬ。

 理不尽ばかりの、戦士の世界だ。


「ソレデ、コッチ側ニ入ッテクルト見テ……、良インダナ?」


 負ける気はない、それを態度で示す。

 同時に、この戦場から「勝利者」が消える、それをほのめかす。


 尊厳ある個人として扱えるのは、ここが限界。

 これ以上は破壊対象か、破壊された残骸、打ち捨てられたゴミか、どちらかとしてしか見れなくなる、という最後通牒。


 彼らが何かにせっつかれて、勢いでこれをやっていると、それは戦場にこなれた者の目からは明らかだった。


 精神が戦う者の形をしていない。

 叫び声を上げて、誰かが眉をしかめたのを見て、「声が届いている」、そう実感したいだけ。


 児戯じぎだ。

 それだけの心持こころもちで、彼らはこれをやっている。

 これだけの混沌を実現している。


 それを可能にしてしまうのが、銃器。

 器に見合わない、外付けの力なのだ。


 彼らには、思い出してもらう。

 それが彼らの手に余ることを。

 

 このような大それたこと、御し切れるほどの度量を、彼らは持たないのだと。

 小人物は、その身の小ささを忘れた時に、破壊的な厄介者になるのだと。


「ヨクヨク、考エロヨ……?オマエラソコマデシテ、ヤンノカ?残ッタ僅カナ可能性ヲ売リ払ッテマデ、絶対ニ幸セニナラナイッテ確定サセテマデ、コレヲヤリテエッテノカ……?」


 目元を引くつかせながら、一人が銃口を下ろそうとしている。

 冷や水によってアドレナリンの酔いがめたら、恐ろしさを思い出すしかない。


 一個が崩れれば、それで全体がバタバタと連鎖的に崩れる。

 

 無血むけつで事が落着する、その最善を彼らは掴んだ。

 



 獅子の頭が横から吹き飛ばされた。

 対物弾による狙撃。




 蛸足を守っていたシールドが突き破られた。

 敵陣の奥から、大将自ら小銃ライフルによる一番槍。

 



 一つが倒れれば、それが全体に波及する。

 銃声は、一回で足りていた。




 手の中にあった収束は、


 力づくで手繰たくられた。

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