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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十二章:取り返しのつかないもの

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607.戦争が、やってくる

 大気がジメジメと水を吸い、重くなっていく。

 池の底みたいに、息が苦しくなったような錯覚。


「ニークト様……イカメシ顔ッスね……」

「“いかめしい顔”だ」

「それッス……」


 トクシのメンバーで学園に居合わせたのは、俺、ミヨちゃん、ニークト先輩、八守君、訅和さん、来栖君、二瓶君の新開部組。


 六本木さんは他の友達と遊びに行くと言っていた。

 狩狼さんは別のメンバーで、ダンジョン攻略に向かっていた筈だ。

 トロワ先輩は武者修行と称して、後輩女子ズと遠征しているらしい。


「六本木さんと狩狼さん、巻き込まれてないといいんですけど………」

「行き先からして、ちょーど包囲網の境界らへんになるからねぃ………」

「奴らなら戦火に囲まれても、ここまで無事に辿り着く。そう信じるしかあるまい」

「もう一つ、言いにくいことを言います」


 二瓶君の笑みに、玉の汗が一筋落ちる。

 目元が筋肉で意識的に歪められていると、見ただけで分かる。


「いかな僕であっても、ここに居ない先輩方を心配出来る余裕は、持てません」

「………そうだね。まず私達が生き残らないと、無事の便たよりを待つなんて夢のまた夢だよ」

「やっしかないっしょ……」

 

 薄暗いあまれ幕の向こう、視認性が最悪に近い彼方かなた

 人を簡単に殺せる道具が、群れを成してそちらから迫っている。


 その姿は見えないけれど、近付いて来ていることだけは分かる。

 それが、恐ろしい。


『学園内魔素放出シークェンス開始。各自、濃度を確認してください。学園内魔素放出シークェンス開始。各自、濃度を確認してください』


 アラート音と共に届いた放送のすぐ後くらいに、魔力の湧出ゆうしゅつの勢いが露骨に上がる。

 

「来た……!」


 避難しに来た一般の人達が、新たに魔学回路を得てしまうリスクがあるのも承知で、大規模魔素生成システムが稼働を開始した。


 防衛用設備の一つであり、膨大なカートリッジを消費することで、疑似ダンジョン状態を作ることが出来る機構。


 これで学園内の潜行者はリソース供給を受けられるし、俺もちゃんと戦える。


 ただし当たり前だけれど、この状態を維持するのには莫大なコストが掛かる。

 それが起動したということは、敵がすぐそこまで来ているから、全力の迎撃態勢に入ったってことだ。


「受け入れもまだ全然なのに……!」


 ミヨちゃんが言う通り、講堂を始めとして各種施設内に避難民を収容する作業は、とても完了しているようには見えない。

 学園内に長蛇の列がうねって、今もずぶ濡れで不安げにさざめている。


 それだけ広範囲の人間が、ここに駆け込んでいるってことだ。

 今回ばかりは、ダンジョン発生とかの方がまだマシだったと、そう思ってしまう。


 ダンジョンなら一箇所から広がっていくけれど、今はぐるりと封鎖されて追い込まれている。

 キャパシティを超えようと、他に行き場なんて無い。


「俺達の出番、無きゃ無いに越したこったなっす」


 そうだ。

 俺達が戦わなきゃいけないってことは、先生方が負けたってことを意味する。

 そして、この混乱状態な群集を、生徒の力で全て守らないといけない、ってことでもある。

 

 そんな事態。

 どれだけ悲惨なのか、想像がつかない。


「センセー!ちょっと!こら!まて!」


 天候と同じく暗澹あんたんとしていた俺達が、雨宿りをしていた建物。

 高等部座学用の校舎だが、その玄関にもう二人やって来る。


 プロトちゃんと、にのまえ先生だ。


「先生、もう行くんですか?」

「はい。むしろ、長居し過ぎなくらいですから」


 先生は当然、最前列だろう。

 弾丸を使う敵に対して、その能力はあまりに適材だ。


「べっつに、いーじゃん!ビビってんの分かってんだから!」


 だがプロトちゃんは、違う意見らしい。


「センセーみたいな腰がすっぽ抜けたアオビョータンが行っても、ジャマになるだけだって!」


 彼女の口のヤンチャさには慣れっこだったけど、いつも感じていたじゃれるような気安さは無い。


「てゆーか!アタシの後ろに隠れてていーんだよー?それがお似合い!アタシの方がぜんっぜんに強いんだから!」


 余裕が無い。

 追い詰められた時に、それでも見せる反抗的な笑みも無い。


 高圧的に、上から押さえつけるような口調と語気だったのに、

 俺にはまるで、縋りついているみたいに見えた。


「エカトさん」


 先生は膝を折り、視線の高さを彼女に合わせる。


「すみません、エカトさん。私は、行かなければいけません」

「だからっ!おかしーじゃん!強いアタシがまず出てって、センセーは…!センセーはベンチ温めてればいいのに…っ!」


 食い下がる彼女の頭を撫で、落ち着かせながら彼は言う。


「それではいけない。いけないんですよ、エカトさん」

「いけないのは、大人のしょーもないプライドじゃん…!大人しく負けてるの認めて、もっと強いアタシ達に任せれば…っ!」


「いいえ。それは、生徒と教師、子どもと大人の関係ではありません」


 ぴしゃりと頬を張るような、有無を言わせない断定。

 けれど、どうしてか温かさを感じた。


「私の役目を、仕事を、果たさせてください」

「そんなにっ、そんなに死にたいってわけ…っ!?」

「エカトさん。私に——」




——あなたを守らせてください




 ギュッと、シャツの裾に、少女の両拳がしわを寄せる。


「私達教師に、あなた達生徒を、どうか守らせてください」


 続く言葉に、彼女は「そっ!それっ!」、と目をみはり、白黒何度も往復した後、


「サイアクっ!」


 迷子になっていたらしい感情が、結局は怒りとして出力された。


「サイアクッ!自分の力量も、勇気とムボーの違いも分かってないっ!気の利いた説得もできない、サイアクダメ大人!」


 「ほんとに、サイアク………」、

 言動が隅々まで弱々しく尻すぼんでしまった彼女を、最後に2、3回ほど軽く撫で、立ち上がった先生がこちらに体を向ける。


 “あのこと”もあって、俺はつい、半歩下がってしまった。


「皆さん。後方を、エカトさん達を、頼みます」


 一礼と一緒にその願いを置いて行った彼は、答えを聞くこともなく、レインコートのフードを被りながら、大降おおぶりの下へ進み出ていく。


「ばか」


 その背中に、プロトちゃんはねていた。


「先生なんか、キラい。

 お願いしますって言われても、助けてやんないんだから」


 本人に聞こえたのかは分からない。

 いや増すばかりの雨声うせいが、掻き消したふうに思えはする。


 自らの職責に誠実に見えるその態度を、俺は複雑な思いで見送る。

 と、彼が消えた方向から、入れ違いに別の影が生じて、大きくなっていく。

 

 それは車だった。

 黒っぽい、暗い色だと思ったのは、日の光がさえぎられてるせいなんだろうか。


 どことなくレトロと言うかクラシックと言うか、尖ったギラつきを放つタイプでは無いけれど、「高い車」だと思わせるような気品を備えていた。


 それは校舎の玄関前に、横付けして止まった。


 運転席から出て来た、それを職業としているらしい人が、傘を差して後部座席を開く。


 窓にカーテンが引かれたそれの内から、ゴーグルを装着した黒服に先導されて、スーツの前ボタンを外しながら、丸いつばのある帽子を被った男が立ち上がる。


「失礼。人に会いたいのだが……」

 

 その人と、両の目がばっちりとち合う。

 

 みんなの反応を見たかった。

 流石の俺でも、顔と名前を知っているある人物、それに見えてしまったから。

 何かの間違いじゃないか、それを確かめる為、周りを見回したかった。

 

 だが衝撃のあまりか、それとも紳士的な洗練に刺しかれたか、

 俺の体は固まって、舌先したさき一寸いっすんすら、動かなくなった。


「何かが引き合わせてくれたか」


 「まさか、たずびとの方から出て来てくれるとは」、

 肩幅の広い初老の男は、理知の光をたたえた黒眼で、

 閉じ込めるように俺を映す。


僥倖ぎょうこう、僥倖だ」


 内閣総理大臣、三枝聡一郎。

 この国における、行政のトップ。

 

 彼は帽子を取って、


 まるで俺と1対1、上からでもなく下からでもなく、


 両者の間には何の差異もへだたりも無いという顔で、


 ただ友好的に握手を求めた。


「君が、日魅在進だね?」


 漏魔症の俺に、握手を。

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