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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十二章:取り返しのつかないもの

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604.「こういう時」の為、とはずっと言われてたんだけど

 暗く崩れ始めた曇天どんてんを見上げて溜息を吐いたら、肺が妙に()()()()と蒸されてしまった。


 アスファルトの上にシミが点々と落ちて、すぐに埋め尽くすような大雨になる。


「うわ~、どうすっかな、これ………」


 うっかりしたことに、天気予報を見忘れていた。

 学園から出るのなら、教員宿泊用の一部屋を借りているnew自室に戻って、傘を取ってこなければならない。


「でもこれ濡れるよなあ……」

(((失念していたあなたが、全面的に悪いのでしょう?)))

(そりゃそうなんだけどさ)


 気分は下がりますよね、どうしても。

 この後に予定が無いならまだしも、これからダンジョンで一仕事ひとしごとしようって時に、頭から()()()()()()になるのは、ちょっとダルい。

 

 どうしてこう雨っていうのは、部屋でゴロゴロしたい欲を刺激するんだろうか。解明したらなんかの賞とか貰えそう。克服したら生産性が飛躍的に上昇だ。


 ええい、ままよ!

 今日は配信するって予告してるし、出ないって選択肢はない!

 ダッシュだダッシュ!

 

 意を決して雨宿り場所から飛び出そうとして、頭からワッと浴びせられた。


 豪雨を、じゃない。

 轟音だ。


 アラート。

 学園内のスピーカーが、長く耳触りなサイレンを鳴らしている。

 

「これって……!?」


 避難訓練とかで聞かされた中でも、一番(やく)いヤツだ。

 明胤学園の第二の役割が求められる時の音。


 ってことは——


「ダンジョンか…!?それともイリーガル…!?」


 避難所や、外敵からの防衛設備。

 この学園の広い敷地は、内側に籠城して戦うことも想定されている。


 例えば近くに大きなダンジョンが生まれた時は、その余波から逃げてきた人達を、受け入れて保護するという用途。


 有事の時に、反攻の要となる施設。

 国でも屈指の潜行者達と、魔学に関する最先端の設備、それらが揃ったここは、いざという時の拠点に相応ふさわしいのだ。


 軍が持てない国である丹本に、「ここは最高の学園だからこんなに色々あるんですよ」、という言い訳で作られた、脱法の基地みたいなものだ。

 いざとなったら、生徒達だって守られる側じゃなく、戦って守る側になる。


 この前メガの奴がやらかした直後ということもあって、他のバカが堂々と殴り込みに来たのだとしても、そこまで不思議とは思えなくなった。

 元リーパーズの奴らは、もう失うものがない状態らしいし。


 だからダンジョンやらモンスターやらの関係だと思っていた俺は、学園在籍者用のホームページに連絡が回っている筈だと気付き、スマホを取り出して専用アドレスからそれを開き、




「は……?」




 思ってもみなかった角度で殴りつけられた。


『緊急警報発令。緊急警報発令。これは訓練ではありません。これは訓練ではありません』


 学園に響く、重く冷ややかな文言。


『近辺でのテロ事案発生。各自速やかに、対テロ想定マニュアルに則った行動に移ってください。近辺でのテロ事案発生。各自速やかに、対テロ想定マニュアルに則った行動に移ってください』


「テロ……?」


 飛び込んできたのは、「銃火器で武装」の文字。


「銃が……!?」


 しかも、規模が大きい!

 去年みたいな、殺し屋が社会の隅でコソコソやってたのとは、まるで違う!


 1000人2000人を大きく超える規模!

 そんなもの、もう武装ぶそう蜂起ほうきとか暴力革命とか、そのレベルじゃないか!

 

(((あれ、これまた、なかなかの椿事ちんじですね)))

「今度は何だよ急に!?」


 とにかく、こういう時に学園内の生徒が集合する場所として、学園中央の講堂が設定されている。

 分からないことは後回しだ。理解には情報が必要で、ここでオロオロしててもそれは得られない!

 

 走れ!


 もう濡れ鼠になることなど気にも留めず、水溜まりで靴下をぐしゃぐしゃにしながら最短ルートで足を動かす。


 夏休みの、それも早い時間だって言うのに、結構な人数の生徒が、俺と同じように駆けている。

 これだけの戦力が居合わせていることを幸運だと思うべきなのか、これだけの人が学園内に居る間にこんなことが起こっているのを不運だと捉えるべきなのか。

 

「ススム君!」


 講堂に着くと、ミヨちゃんが入り口前に立っていた。

 殊文君や良観先輩も居る。

 新開部の活動中だったんだろう。


「ミヨちゃん!今どういう状況!?何か新しい情報とか聞いた!?」

「なんにも!ホールの中でみんな待ってるけど、先生達も混乱してるみたいで…!」


 始業式とかで使う第一講堂ではなく、だだっぴろい体育館みたいな第二講堂が開いていて、生徒会の腕章をした生徒達がそこにみんなを誘導している。

 全校生徒が集まったとしても、ギリ収容できる広さがあるのはそっちなので、緊急時の集合場所に指定されているのだ。


 押し寄せる生徒を整理して並ばせるのは手間のように思うけれど、これが一番確実な方法なのだ。


 遠隔で色々と連絡するやり方は、電波傍受とか妨害とかで幾らでも攻撃できるし、天災で分断されることもあり得る。

 魔法でやるなら、特定の能力を持ってる人を常駐させてないといけないし、その人に何かあったら終わりという、構造的な弱点が生じるのを避けられない。


 フェイス・トゥ・フェイス。

 緊急時に召集を掛け、全体を統制するのに、それ以上のアプローチは、今のところ存在しないようだ。


 そしてこの学園の生徒は、集めるとキチンと整列する。

 とても恐ろしいことが迫っていると、戦場に慣れた者の勘働かんばたらきで、人一倍感じている。


 それでも、パニックにならず、恐慌を伝播しないよう、それぞれが抑制的に振舞う。

 幾ら10代と言っても、日頃、命が懸かった選択の連続を経験しているのだ。

 夏休みだから初等部がほぼいないのも、その落ち着きに一役買っていた。


 それでも百と何十人も居たのだから、バラバラにヒソヒソと憶測を交わし合うことはしていたけれど、檀上に人が現れてすぐに、水を打ったかのように静けさを広げた。


「一同注目!」


 上手かみて側に立つ生徒会副総長による励声れいせい

 

「明胤学園理事長、正村十兵衛様より下命かめい!休めの姿勢で傾聴けいちょう!」


 彼自身の祖父である筈だけど、そういったプライベートをこの場で表に出すような人なら、生徒会の実質的な頭として任命されないのだろう。粛々と進行し、舞台中央の演壇に引き継ぐ。


 朝のトレーニングで一緒になる、仙人みたいな老人が立っている。

 チャンピオン最年長にして、明胤学園のトップ、正村十兵衛。


「既に聞き及んでいることだろうが、銃器で武装した一大勢力が、市民を襲撃している」

 

 気遣いに溢れた前置きなど設けず、一人前の戦士にそうするように、単刀直入な物言いで切り出した。


「この明胤学園は避難所であり、とりで。運用想定に従い、現在市民の受け入れ姿勢を進めている。我々教職員一同は、職務としてこの場所の防衛任務に当たる」


 休みの日でも、ここを要塞として運用できるくらいの人員は、ちゃんと配置されている筈だ。

 明胤においては、用務員さんの一人に到るまで、いつでも軍属になれるくらいに、入念な非常時用訓練を受けている。


「だが敵勢力は極めてだいであり、その抵抗激しく、包囲はいちじるしく厚い。交通網が分断され、制空権は目下もっか競合中。本来は得られる筈であった警視庁からの増援、その到達予定時刻が無期限延期状態となった」


 声とも言えないような、惑乱する空気の揺れ。

 それが生徒達の間に駆け巡る。

 

 陸路も、空も、機能不全。

 ことごとく塞がれている?

 そんなことあるのか?


 何千人で、それをやったのか?

 それとも、敵がもっと多いのか?


「相手が人間である為、防衛隊の出動について議論が紛糾ふんきゅうしている。高度な政治的判断が可能な立場の内閣総理大臣は、封鎖の中心に閉じ込められ、他の市民と同じくここに向かっている」

 

 動揺の足音が、より騒がしくなる。

 総理大臣が、包囲されている。

 つまりこれって、暗殺計画なのか?


 そして、彼がここに来るってことは、この学園が目のかたきにされる可能性が高い。

 主戦場が、ここまで移動してくる。


「我々はぬしらを守る。だが、これは慙愧ざんきに耐えぬ仮定だが、防衛線が突破され、学園内部に踏み込まれるようなことがあれば——」




 その時は市民より先に、

 潜行者が敵とぶつからなければならない。




「無論、ぬしらの中にはそれを望まぬ者も居るだろう。特異動体モンスターと戦う覚悟はあれど、人を殺す意思を持てるかどうかは、また別のこと。そのような者は、正直に名乗り出よ。最終防衛ラインから外し、明胤生と分からなくした状態で、避難民の一人として扱うことにする」


 それは温情なのと同時に、リスクマネジメントでもある。

 肝心な時に動けなくなる、相手を攻撃できなくなる兵が混ざっているというのは、それだけで危険な要素なのだ。


 上手いこと運んでいた防衛戦を、瓦解させる一つのほころび。

 それを実戦で起こしそうなら、「護る者」の役を任せられない、という意味。


ぬしらには連絡手段と、専用回線を渡す。じきに司令部から指示があるので、それまでこの場所で待機せよ」


 職員の人達がキャスター付きのテーブルを押して、頑丈そうな端末を持ってくる。

 あれを手に取ったら、その時から、殺し合いの当事者だ。


 人殺しを、迷いなく実行しなくてはならなくなる。


「他がやるのなら、自分も、という半端な想いならばやめておけ。恥や外聞など一切考えるな。できるかどうか。己の命の危機に、人間を殺せるか、それだけを判断材料にせよ。その選択を愚弄ぐろうする者は、誰であろうと私が許さん」


 「以上だ」、

 出来得る限り手短に、この重大な選択を提示した理事長は、自分の持ち場へと滑るように去っていく。


 数秒、それか数分、みんなは固まっていた。

 だけど一人、また一人と、進み出て、無線端末を手にしていく。


 ダンジョンやモンスター、そういった脅威から、誰かの命を守る。

 それが潜行者だ。


 時には命の危険を容認しなければならない。

 時には友であれ見捨てる判断を下さなければならない。


 彼らはそういう世界で生きて来た。

 自分のその手で、命を左右することから、逃げられない業界。


 守るべきものを守る為に、殺す。

 それで尻込みしていられない。


(((導いてみますか?一足先に童貞を卒業したススムくん?)))

(殺人非童貞に優越感とかねえんだわ)


 机の上に座って、無茶苦茶を軽く言ういつも通りのカンナに、

 

 呆れながら、


 俺も端末を手に取った。

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